日本の労働報酬が低い3つの理由「あなたの労働報酬は足りていますか?」


労働によるストレスを強く感じる原因は報酬が足りないから

あなたの労働の報酬は足りていますか?

こんな質問からですが今回の記事で知ってもらいたいことは何も日本の平均賃金が低いであるとかそういう事ではありません。

今回の記事を見て知ってもらいたいことと言うのは、今の日本の社会で一般的に言われる労働に対する意欲換気の方法がおかしいという事。

現代社会はストレス社会だと言われるようになって10年以上の時が流れてまいりましたが、どうしてそれが起こるのかと考えた一つの要因として単純な話報酬が足りていないからであると言えます。

生きていくために必要であるお金は報酬の一つですが逆にそれだけどれほど高かったとしても人は仕事をし続けていくことなんてできるはずがないのです。

例えば労働することで得られるお金がいくら多くても休みなく働かされることにより、体を壊してしまったり、家に帰っての家族の反応こそがストレスとなってしまったりしていたらお金があろうと救われない心因性の異常を体に起こすでしょう。

トータルの報酬がしている労働に対して足りていると感じるときは人はそんなにストレスと言うのを感じません。

なぜならストレスと言うものは本来人が生きるために起こる状態変化であって、生きることに不安がなくなりさえすればストレスがかかることは滅多になくなるのです。

今回はストレスを強く感じる人が多くなった今の日本社会における報酬が足りていない現状についてご紹介させていただきたいと思います。

あなたは今の日本の状況こういう風に考えたことはありませんか?

1.安定と言う報酬が足りない労働が多すぎる日本

最初に日本の社会の中で足りていないお金以外の報酬として安心感と言うものがあると言えるでしょう。

戦時中、戦後、高度経済成長時代はとにかく働く人手を求めていました。

仕事を選ばなくてもそこで頑張れば頑張るほど賃金上昇や出世が期待でき、会社や国がその頑張りに報いてくれるというと言う環境があり、どれほど働かされていてもやっていけるだけの希望が持てたと言っても良いです。

終身雇用神話は勿論、年功序列社会と言うのはある意味で今は辛くとも、例え仕事が出来なかろうとも頑張っていればと希望を持てる要因でした。

しかし今はどうかと見ると会社のためにすべてを犠牲にして働いても給料アップはまず期待できませんし、少子高齢化で市場は縮小気味で成果も得にくい。

能力至上主義と言う常識が出来始めたころから、自分の活かせる職場を選ばなくては昇進への道もなく、頼みの年功序列の社会も悪しき習慣としてなくなりつつあり、既に実績や役職を持つ人たちだけは守られている社会です。

一般企業で言うなら課長クラスではリストラの不安さえある。

リストラをしないと言われる企業でだって労働力は囲い上に必要とされハードルは上がり、頑張っていても体を壊してしまったり、仕事ぶりに不満があるとあっさりと「退職をオススメ」されていなくなって欲しいと言われます。

一体どこまで頑張れば、一体いつになったときからが、どれだけの結果を上げ続けれたら、そうした先の全く見えない不安を感じていると言う人もいるでしょう。

こうした労働に対しての安心感と言う報酬が今の日本の社会の中ではそもそも過去に比べたら足りていないのです。

そうした安心感の欠如が分かる事件として2016年1月の東京都足立区のJR綾瀬駅でホームから人が転落し、駅の約300メートル手前で電車が緊急停止した事件がありました。

人が転落したこと以上に多くの人を驚愕させたことがありました。

それは緊急停車した電車から40代男性会社員が開けて線路に降り、綾瀬駅に向かって歩き出すという出来事。

この男性の行為で、別の線路を走るJR常磐線快速電車や直通運転している東京メトロ千代田線も一部区間で最大1時間運転を見合わせ、10万人以上に影響が出るトラブルになったのですがこの男性がその行動をとった理由がなんと「大事な会議に遅れるから」です。

こんな事があっては仕方がないと思えないほどにこの男性は会社に安心感と言う報酬をもらえていなかったという事がこの事からは感じられはしませんか?

この男性ほどではなくてもちょっとした一般倫理や道徳的な事に反しても仕事先の事を優先しようとしたことがあると言う人は少なくはないでしょう。

それって自分の仕事先に安心出来ないからで、安心感と言う報酬が自分の普段の労働に対してもらえていないと言うことだとは思いませんか?

2.精神的な報酬が足りない労働が多すぎる日本

続いて日本の社会の中で足りていないお金以外の報酬として精神的な報酬が挙げられます。

「夢」や「やりがい」といった気持ちをよく報酬としろと言われていますが、個人個人の夢ややりがいを勝手に決めて、

これで良いだろうと相手のそうした夢ややりがいを満たした気持ちになったところで相手が満たされるものではありません。

また、そうしたものがあるとどうして良いのか?と言うのを答えられない上司と言うものの増加と言うものが、

今の若い世代の社会人からやりがいなんて結局何の役にも立たないと思われる要因にもなっています。

夢があったらどうして仕事を頑張れるのか?やりがいがあるとどうして仕事を楽しいと思えるものなのか?

これを自分なりにでも説明できると言う人はどれだけいますか?

例えば

「夢があり、その夢であった事をしているときには仕事をしていると言う気にならないから楽しいと感じれて、

頑張れると言うかやりたいことがやれてお金をもらえると言う状況になる訳だから、

人からは頑張れているように見えるだけでそもそも頑張っていると言う気持ちは自分にはない。」

という事が言えるのであれば、共感してもらえるかどうかは別として相手に説明できるレベルではあると言えます。

多くの人が「なんとなく」を経験することによって知るわけですが、

学校教育や社会の変化によって学生時代にそうした夢ややりがいと言うものを感じることの出来ない人が多い中、

「経験から分かるだろ?」

とか

「何で分からないんだ?」

と言われたところで経験がないので相手方は答えられません。

価値が分からない相手に対して報酬を与えようともそれを報酬としては思ってもらえず無意味になります。

そうしたことから相手の労働に対して精神的な報酬が今の日本の社会の中では足りない報酬となっていると言うわけです。

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