お金は持っているだけでは意味がない!本当のお金持ちの定義とは?

僕はお金持ちなんだよ、何故なら使っても使っても財布の中には常に500円はある

今の時代で500円と言ったら、「500円で何が買えるの?」といった感じになるでしょう。

しかし、この言葉を発した人は、昭和30年くらいの話です。

当時の大卒初任給は、大体12000~13000円程度なので、その頃で500円だったら、今なら数万円にはなります。

そう、この言葉を言った人は、もの凄くお金なんてなくてもいい、いざという時に困らないだけのお金は常に持っていられる、そのことに感謝しようという気持ちで言ったのです。

逆に、毎月100万円入ってくる状態でいても、そのお金が入ってきてすぐになくなるようでは、決して「お金がある」とは言えません。

もちろん、それは、決して無駄遣いをしていないということが前提での話です。

例えば、ローンやら、借金の返済やらで、すぐになくなってしまっては、使えるお金がないということなので、収入にかかわらず、「お金がない」ということになります。

使えるお金がなければ「金持ち」とは言えない

前の話と一部重複しますが、どんなに収入を取っていても余裕のない人がいます。

例えば、自営をやっていて、仕事に経費が掛かりすぎて、更には従業員の給料の支払いに追われて、逆にマイナスになっているようでは、使えるお金がありません。

また、お金持ちになる方法として、楽して儲けられるというタレコミでネットワークビジネスに手を出す人が多くいますが、

実際は、遠方でのセミナーの参加においても、セミナー参加は有料ですし、そこへ出向く交通費も、そこの従業員ではないから支給されませんし、

ある程度のレベルの人は依頼があれば遠方にも自ら飛び回るので交通費が掛かり、収入自体は高く得られても経費がかかるから額面での高収入の割に余裕はありません。

決して、楽してお金を得ることは出来ませんし、むしろ、やはり、真の「お金持ち」というのは、ただ贅沢するとかそういうのではなく、その金額に関わらず、自分が使えるお金があることではないでしょうか?

それにはどうすればいいか、難しいことですが、節約するとともに、ただたくさん働くのではなく、収入が得られて、出費が少なくなることしかないでしょう。

宝くじで1億円当たっても使わなければただの紙切れと同じ

この言葉は、筆者がたまたま、とある主婦と「宝くじでも当たらないかね~?」

「1億当たったら大事にして貯金しておくんだ」という話をしていたところ、その主婦が発したことです。

筆者は、うまいことを言うなぁって思いました。

確かに、どんなお金でも、使わなければないのと同じことですね。

また、その1億円が、無駄遣いで使い切り、本当に必要な時にお金がない、或いは、その1億円が自由に使えないとなれば、お金がないのと同じです。

その言葉を発した主婦は、特に金持ちでもなく、特別地位が高いわけでもなく、ごくごく普通のおばさんです。

それなら、一度に入るお金は大きくなくとも、必要な時に必要なだけ入って、お金に困ることがないという状況の方が「お金持ち」と言えるのではないでしょうか? 時々、山林等、掘り起こしたら大量の札束が出てきたとか、そんなニュースがありますね。

「そんなお金を埋めるくらいなら、恵まれない人達に分け与えろよ」とか、「埋めるんだったらその金、俺にくれよ!」って思う人はきっと多くいるでしょう。

そうです。結局、大金も使わなければ、ただの荷物でしかないのです。

だったら、生きているうちに有用なことに使った方がいい、それが出来なければ、寄付した方がよっぽどいいというものです。

ボロは着てても心は錦

どんなに豪邸に住んでいても、その豪邸は無理をして買ったもので、豪華な家以外では、家のローンの返済に追われて普段ろくな物を食べていないようでは、「お金がない」というのと同じです。

会社でも同じことが言えます。

高い年商を誇っていても、経費やら、従業員への給与の支払いやら、借金の返済やらで、純利益が少ない、或いはマイナスとなって赤字なようでは、その会社はお金があるといえるでしょうか? それなら、こじんまりとしていながらも、無駄な経費がかかっていなく、従業員に満足な給与を支払い出来ながらも、会社自体が潤っている方がよっぽどいいです。

「ボロは着てても心は錦」という言葉もあるように、お金自体は十分ではないものの、ささやかな暮らしで幸せを感じていれば、お金がないことも悪いことばかりではありません。

「お金持ち」、「お金がない」は、数値的なものだけでは判断出来ず、やはりその内容から決まるものでしょう。

どんなにお金があっても、あの世に持って行くことは出来ない

「どんなにお金があっても、生きているうちに使わなければ、死んでからあの世に持って行くことは出来ない」といった人もいます。

これも、確かにその通りですね。

遊ぶお金にしたって、いくらあっても、生きているうちに使うようにしていなければ何も思い通りになんて使えないのです。

ホワイトクリスマスという物語で、スクルージという守銭奴の老人がいて、彼は金貸し業者で非常に大金持ちでしたが、

思いやりがなく大変なケチで、金貨がどんどん貯まっていく度にそれを眺めてニンマリしていて、クリスマスイブの夜に夢を見ます。

そして、反省して優しい人になるわけですが、この物語にもあるように、ただお金が貯まってニンマリして使わないでいれば、

気持ちに余裕がないので、精神的には「お金がない」のと同じ状態です。

どんなにお金があっても、あの世に持って行くことは出来ません。

また、生きているうちに、必要な時に必要なだけ使えるわけでなければ、金額の数値に関わらず、「お金がない」という状態なのではないでしょうか?

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