付加価値とは一体どうやって決まるのだろうか?

shutterstock_146632865機能充実は昨日まで充実、今は機能明確

付加価値とは一体どうやって決まるのでしょうか?

1.誰だって良く見せたい

最近よく聞く言葉で意識高い系というのがあります。

「周りからデキる奴」と見られたいがために

「自分は周りから一目置かれているし」「自分をもっと向上させるための努力は怠らない」

という雰囲気を行動の中でかもし出していることを言うそうです。

実際には大した実績・功績はない。そればかりか行動も地味である。

特徴としてはやたらに影響力のありそうな人々とのつながりを強調したり、過去の実績を誇張して伝えたりするようだ。

そして課題も多くハードルの高い世界への挑戦をアピールしたり、新技術等への関心の強さをアピールしたりといったことも特徴だ。

一言でまとめると見栄っ張りということですね。

話を誇張して伝えれば飲み屋の世界ではいいネタになって楽しいが、仕事として捉えるとしたら前フリと結果の反動がすごすぎて引いてしまう。

何故では人は見栄を張りたがるのでしょうか?

それはお金と深くかかわっているようです。

2.値が下がるより上がるほうが警戒する

同じものを売っている店が同じような店舗の広さで同じような人数、同等の規模のもと販売しているとします。

100人のお客様がその店の前を通ったときどちらに入るのかといえばさまざまな要因から同じくらい入るのではとい思うのが当然です。

しかし、ここが面白いのですが、人は人数が多い所に行きたがるが、多すぎて自由が利かないところには入りたくないという心理も同時に働くのです。

初めてであればなおさらです。

外から見たとき同じ店であるならゆっくり見たいと思えば人数が少ないほうに行きます。

逆にどうしてこの店は多いのか?流行ってるのかしらと思えばそちらを覗こうとします。

信用信頼というだまされたくないという心理があると後者、その心理を飛び越えた付加価値を期待する心理が働いた場合には前者になるといいます。

店を構えている以上変なものを出すはずが無いという信頼を持つ人ならば、ブランドやネームバリューに基づいて商品の購入をするということです。

つまりそうしたお客の心理を踏まえたうえで販売は作られているのです。

同じ金額を今度は一方で下げてみましょう。そうすると今度は下げたほうに人が多く集まりますが金額がそのままの所は入らないのでしょうか?

これもまた面白いのですがなぜかお客の脚が絶えることはありません。

安いからいくというのは安くなければ買えない人だけが店に来るという結果になります。

逆に安くしたがために何か不都合なものを売っているのではとかんぐられるが為に一定金額の店に入るという事になります。

正札価格とはまさにその時その時のお客様の心理に響いているかどうかなのです。

同じ価値のものが上がったときに人は敏感に反応するのです。

何がステップアップしたのかという価値の比較が直ぐにはじまります。

1円が2円になっただけでもです。

人が見栄を張るのは今までの自分と異なることを示したいとなりますよね。1円の価値から2円になっていると言いたいのです。

それを決めているのが相手であるにもかかわらずに。

正札価格はその人を誰もが妥当だという風に取り決めた価格です。

その価値を大幅にかえたらどうでしょう?何の根拠か説明して欲しいわけです。

それが意識高い系のような説明ではだれも納得しません。

店舗が広くなり商品の数や質もあげてより満足できるものを提供できるゆえに今までのような商品の販売をやめます。

その代わりより皆様が快適に暮らせるような品をご用意しましたので値段が上がることをお許しくださいとした上でどの程度質が上がったのかわかるようにすれば納得するでしょう。

3.上乗せは妥当

一円は一円の価値でしかないのでしょうか?

本当ならばそれが一番いいです。通貨の普遍性は楽ですし平等間があります。

でもそれでは経済は生活は前に進みません。

逆に貧困差が増すことになりそうです。

私は100円もっている。野菜をその100円で買いました。私は100円を失い野菜が手に入った。

野菜を売ったスーパーは店員に100円を手間賃として渡した。

しかし仕入先に、配送してくれた業者に、仕入先は生産者に、生産者は種を販売してくれるところにはそれぞれ100円が入っていきません。

つまり流通が止まってしまうことになります。

そこで出てくるのが付加価値になります。平たく言えば上乗せした金額です。

100円の野菜は店に35円、店員に15円、配送先に15円、種を販売した所に10円、生産者に25円という具合に分配が可能になります。

お金だけを見れば1円は1円なのですが、使うべくして生まれた道具の性質ゆえに使われる対象によって価値が変わってしまうのです。

しかも付加価値という目に見えないものに更にごまかされて変幻自在な生き物へとかわるのです。

タクシーの初乗りが300円台でしたが、今は700円台です。

物価の変動であがっただけですがこれも付加価値です。サービスがあがったわけではありません。

1円が1円の価値でしかないのでしたら同じサービスだとしたらあがるはずが無いのです。

4.テレビのバラエティ番組でわかる価値の変化

お宝発見!スタジオで見るものは本当に驚かされるものが出てきたりしますよね。しかもみなさんよくもってらっしゃる。

骨董品が今では100万円の価値に!

印刷ミスの1000円札が数十万円!

これも立派な付加価値です。

レアなもの=それ固有なもので他に類の無い同じものが無いに等しいという場合につく価値です。

宝石などがそれに入りますし、変動が激しいエネルギー等もその類でしょう。

今あるお金も後の世にはかなりの価値になるかもしれない。

別の言い方をするならば時価です。

現時点での価値。昔は昔の経済流通から生まれた価値なので今では計れない。

100円で買えた野菜も今では買えずに120円になった。まさに時価です。

実は今の経済は実質の価格が決めづらく殆ど時価になりつつあるとさえ言われています。

築地市場に行くとまさに時価での水揚げ取引がなされます。

それは、よりレアかより過剰かなど様々な根拠で価格が変わります。

レアであっても市場性が乏しければ、いわゆる購入者側に購買基準の情報が少なく発達していないが故に売れ残ってしまう。

コレでは値段はつけられません。逆に大量に仕入られても回転率が高い場合に景気の低迷を補填すべくあえて高値でということさえありえます。

特に日本は自給自足に乏しい国ですからどの材料、食料も輸入にたよります。故に海外から入ってくるものが変動すれば自然と変動せざるを得ないわけです。

5.今日のカツオは取引いくら?

時価によって生活が変わってくるというのは不安ですよね。

そこで考えられるのが出来るだけ機能を多く付加価値としてつけて安定させようという動きが生まれるのです。

車がそうです。

ガソリンで動く車は電気も使い走れるようになる。鉄やアルミニウム・ゴム・プラスチック等あらゆる原料が100円でも上がれば使われる量分上がります。

原価100円のパーツを1万パーツ使うのでしたら100万円かかります。

勿論販売するのには付加価値をつけなければならないのですから200万や300万にかわります。

そこに原価が200円となったらどうでしょう?

400万、600万の車は絶対にのれませんよね?

出来る限り節約はしたいが押さえられないとしたならば、今までに無い方法で車を作るか全く異なった仕組みの車を開発しなければなりません。

その時の開発費やカナガタ作製、生産ライン変更を考慮してもです。

もっとも多少なりとも販売価格のアップが余儀なくされてもべらぼうな金額にさえならなければ十分消費者に受け入れられると信じて作られていくのです。

たくさんの機能をつくる。バックモニターつき、センサーによる自動停止装置つき、サイドエアバックつき、チャイルドロック機能つき、ミラー自動開閉つき。至れり尽くせりです。

携帯電話も然りで多機能がもとめられています。

間逆のものもあります。

機能を明確にして洗練されたものにする。

高齢者向けの携帯は若者の携帯と違います。同じものを渡されても使えません。若者なら機能が多数。高齢者はわかりやすくかけられればいい。

コンビニにならぶ高価は食品も同じ理屈です。

機能をたくさんつけることで高くしようとするよりも、その一つを作るために洗練された最高な素材で作り上げたといったプレミアム食品。

時価を感じさせない安定させる方法がいっぱいあるのがわかります。

まとめ

お金という一見すると何時の時代でも同じ通貨価値がありそうなものが実は時代の物質や生活文化、そうした流通の変動によって決められています。

銀行に預けてもすずめの涙的にしか利子はつかなくなりました。

昔社会科の授業で先生が10億円あれば利子だけで一緒暮らせると豪語していました。

今は100億でも難しいといいます。

月に20万近く利子がつきますからその金額で生きていくには固定資産税や国民税、国民健康保険といった公の費用のほか、生活費もかかります。

賃貸でしたら固定資産税のかわりに家賃になります。

しかも配偶者や介護者、扶養する子どもなどがいる場合には月20万はかなり厳しいものとなるはずです。

また、数十年で10倍のお金の価値の変動があるとしたら月20万の利子が10万に変わる事だってあります。

おそらく限られた資源、という前提があるとしたならば20万が倍になることはありえないかもしれません。

あくまでも机上の空論ですが現状を維持し続けることのほうが賢明ですね。

編集後記

世の中はめまぐるしく変わっていきますね。

いま使っているパソコンはかなり古いノート型パソコンです。

この前ファミレスにいきましたらタブレットをカバンから出してきた高齢者がいました。

かっこいいと思ったのですがこちらのパソコンと比較されたら恥ずかしいと思わずしまっちゃいました。

ヤッパリ時代に取り残されない動きがお金の動きにもついていけるのかなぁと納得しちゃいました。

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