資産家の神内良一にまつわる5つの話

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神内良一氏といえば、プロミスの創業者で、現在は神内ファーム21の代表を務めています。

資産は13億ドル以上といわれ、日本の長者番付でも22位にランクインしています。
そんな神内良一氏にまつわる色々な話を紹介しようと思います。

1.出身は香川県である

神内良一氏は、香川県の出身です。
1926年に香川県の農家に生まれた神内氏は、太平洋戦争を経験しました。
幼い頃は、苦労して作った農作物の半分を地主に納めなければならないことに不満を持ち、「農業で成功して大農家になってやる」と思っていたそうです。
17歳のころに行った北海道で、広大な大地を目にした神内氏は、夢の新天地だと思ったといいます。
太平洋戦争終戦後、19歳のときには、食料の買出しに目の色を変えていた国民の姿を見ています。
そしてそのとき、「これからは農業だ」と強く思ったのだといいます。
そのときに思い出したのは、北海道の開拓実習訓練所のことでした。
出身地の香川県から北海道まで汽車を乗り継ぎたどり着いた北海道では、真冬の寒さが待っていました。
開拓実習訓練も受付は終了しており、働くことも、食べることも出来なくなってしまった神内氏は、やむを得ず北海道を後にしました。
いつか再挑戦をすると誓いながら、出身地の香川に戻っていったのです。

2.息子の遺産は歴代3位であり、妻が遺産を受け取った

神内良一氏には息子がいましたが、47歳の若さでなくなっています。
息子である神内英樹氏は、神内氏が会長を務めていたプロミスの副社長でありました。
消費者金融大手のプロミスで、副社長という地位にいた英樹氏は、同社の筆頭株主になっていました。
英樹氏の課税対象となった遺産は、約1578億円にものぼることが分かったのは、2002年のことです。
歴代の遺産額が多いのは、松下電器の松下幸之助氏や、ブリヂストンの会長石橋幹一郎氏と続いていましたが、英樹氏の遺産は歴代3位の金額だそうです。
生前に保有していた1938万株にものぼるプロミスの株式が、遺産の大半だとみられています。
遺産については、妻の神内由美子さんと、英樹氏との息子2人が相続したといいます。
相続した金額は540億円とも言われています。
神内良一氏の息子の遺産は、妻や子どもたちの生活を守るために使われているのです。

3.神内ファームの生産物は自宅でも楽しむことが出来る

神内良一氏が代表を務める神内ファームの生産品は、自宅でも楽しむことが出来るようになっています。
神内ファームといえば、「神内和牛あか」でも有名です。
ですが、北海道にファームがあるので、行くのはなかなか難しいという人も少なくないのです。
もちろん、神内ファームに行っても、和牛やフルーツなどを購入することもできます。
ですが、自宅に居ても神内ファームの生産品を楽しむことは可能なのです。
神内ファーム21では、インターネット販売も展開しています。
主に「神内和牛あか」の販売がメインですが、マンゴーを使ったスイーツも販売しています。
マンゴーのスイーツは人気があるので、販売後すぐに売り切れてしまい、入荷待ちになっていることもあります。
「神内和牛あか」はいつでも、美味しい品質のものを食べることが出来るように工夫されています。
こちらは売り切れることも少ないので、安心です。
神内良一氏が代表を務めている神内ファームの生産品が食べたいのであれば、自宅からのインターネット通販をおすすめします。

4.児童福祉と海外支援に力を入れている

神内良一氏は、児童福祉や海外支援にも力を入れています。
元々、神内氏がプロミスを創業したきっかけは、困窮する児童福祉の現実を目の当たりにしたからでした。
当時、戦後の混乱もあり、児童福祉に関するお金はとても少ないものでした。
子どもたちを守るためには、宗教だけではなく、お金が必要だと思った神内氏は、金融業をはじめたのです。
それが関西金融であり、現在のプロミスの始まりになっています。
プロミスを成功させた神内氏は、児童福祉への支援をしようと考えました。
ですが、現在は児童福祉のために使われるお金も増え、環境は良くなっていたのです。
そこで、自動養護施設の建設から、海外の貧困層を助けるための援助活動を始めました。
海外での支援は、日系の人の支援だけではなく、現地の人の支援も行っています。
児童福祉や海外支援に力を入れている神内良一氏は、海外支援の財団は、自身がなくなった後も続いていってほしいという願いを持っているのです。

5.財産はすべて使い切る」と言っていた

プロミスの創業者神内良一氏は、過去に「稼ぐだけ稼いだら、それを使い切って死ぬというのが理想」と語っていました。
児童福祉のためのお金を作るのに始めたプロミスは、神内氏を一気に大富豪へとのし上げました。
貸金業を始めるにあたって、神内氏は1つだけ、心に決めたことがありました。
それまでの貸金業というのは、人の弱みに付け込む体質を持っていました。
返せないような金額を貸し付けて、不当にお金を取り立てるようなシステムだったのです。
そして、貸し手と借り手が対等になるような仕組みを考案していったのです。
その後、長年の夢であった農業を行うために北海道に神内ファーム21を設立しました。
贅沢をする気はないという神内氏は、海外支援の財団と、神内ファーム21の継続のためにお金を使っているといいます。
稼ぐだけ稼いだら使い切って死ぬという理想を元に、将来にまで長く続く事業を行っていき、そのためにお金を使うことが、神内良一氏の願いなのだと思います。

まとめ

1.出身は香川県である
2.息子の遺産は歴代3位であり、妻が遺産を受け取った
3.神内ファームの生産物は自宅でも楽しむことが出来る
4.児童福祉と海外支援に力を入れている
5.「財産はすべて使い切る」と言っていた

編集後記

神内良一氏の息子や、個人の資産についての色々な話を紹介しました。
神内氏は、社会貢献のために事業を始め、現在に続くまで貢献をし続けています。
神内良一氏の生き方というのは、私たちにとっても、とても参考になるものなのではないかと思います。

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