ソフトバンクの創設者で実業家!孫正義氏の5つの凄さの秘密とは?

SoftBank(ソフトバンク)の創設者としてだけではなく、ツイッターでも人気を集めている孫正義氏。

最近ではそのユニークな発言もネットで取り上げられていますが、本当に凄い方なのです。そこで、孫氏の凄さを知るために5つのポイントをご紹介させて頂きます。

1.孫正義氏は日本で生まれた

孫正義氏は日本で生まれた在日韓国人実業家です。佐賀県栗栖市に生まれ、男ばかりの4人兄弟として育ちます。ちなみに、パズドラといえば今や誰もが知っているゲームですよね。このパズドラのサービスを提供しているのはガンホーという会社です。ラグナロクオンラインでもお馴染みの会社ですが、このガンホーを経営しているのは孫氏の弟である孫泰蔵氏です。
当時は貧しく、掘っ立て小屋のような家で暮らしていたそうで、豚を育てたり密造酒を販売していたことを本人が語っています。近所の食堂の残飯を集めて豚のエサにしたりと、今の裕福な生活からは考えられないような生活をしていた事がわかります。
その後、父親がパチンコ店を経営し、一気に裕福になるのですが孫氏にもこのような時代があったのですね。

2.孫正義氏は高校生の時に渡米をしている

孫正義氏は高校生の時に渡米をしています。ちなみに、きっかけとなったのは司馬遼太郎の小説「竜馬がゆく」でした。この小説を読んだ孫氏は脱藩に憧れたそうで、それが渡米への決意と繋がったのです。
そして、夏休みに短期間の留学でアメリカのカリフォルニアへと渡ります。そして、その後日本で通っていた高校を中退し、サンフランシスコの高校に編入をしました。その時ですが、なんと飛び級をして高校卒業検定試験に合格してしまうのです。そのため、孫氏はわずか3週間で同高校を退学する事になりました。確かに海外では飛び級はあまり珍しいものではないのですが、圧倒的なスピードですね。
そして、ホーリーネームズカレッジに入学した後、カリフォルニア大学バークレー校に編入しました。もう、これだけでその経歴の凄さが良くわかります。

3.自動翻訳機を売り込んでいた

孫正義氏は、1977年にカリフォルニア大学バークレー校に編入しています。そして、そこからわずか2年で1億円という大金を手にしているのです。では、この1億円はどこから出たのか。それは、自身が作った自動翻訳機をシャープに売り込んで得たお金なのです。
自動翻訳機を作る事も凄ければ、それを実際にシャープに売り込むという行動力もあっぱれ。更には、それで手にした1億円を元にアメリカでソフトウェアの開発会社を設立していました。ちなみにこの会社ではインベーダーゲームの機械を日本から輸入する事で大きな利益を得ていたそうです。ちなみに、孫氏は同じ年に結婚しています。まだこの時孫氏は一人の大学生でした。
今の日本では大学生の起業というのは決して珍しいものではありません。むしろ大学生を狙った起業ビジネスが存在する程簡単なものです。しかし、当時アメリカで一大学生が起業をして成功するというのは物凄い事だったでしょう。

4.孫正義氏はコンピュータ卸売事業も行っていた

孫正義氏は過去にコンピュータ卸売事業も行っています。これがSoftBank(ソフトバンク)の前身ともなるユニソン・ワールドでした。この時、孫氏は親戚の在日韓国人から1億円の出資を受けています。出資をした相手は不動産や産廃の事業を展開していた母方の親戚という事で、親戚にも経営者が多く存在しているようですね。このユニソン・ワールドが設立されたのは1981年。それからすぐにSoftBankを設立しています。
これこそが今のソフトバンクの原点だったと語っているのです。この会社を10年で年商500億の会社にすると豪語していたのですが、当時いたアルバイト社員は当然その言葉が信じられません。そして、見限って会社を辞めてしまったそうです。確かに、当時の状況からSoftBankがここまでの会社になるとは誰も想像出来ませんよね。

5.病気を乗り越えて経営の最前線に戻っている

孫正義氏は1983年に慢性肝炎で入院しています。そして、それをきっかけに社長職から会長になっています。慢性肝炎ですが、これは肝硬変や肝細胞癌へと進行する恐れもあります。6ヶ月以上肝機能検査で以上が見られ、ウイルス感染が持続している病態の事で、肝硬変への移行が無いかを特に注意して確認する事が重要だと言われているのです。
しかし、この病気を乗り越えて孫氏は1986年に社長職へと復帰しています。孫氏が経営の最前線へと戻ってきた瞬間でした。そして、1990年には日本へ帰化しています。
日本で活躍している実業家の中には、一度大きな病気によって最前線を退いた後に復活を遂げているケースが多く見られます。これは孫氏にも当てはまりましたね。大きな病気を経験する事によって初めて気づく事もあるでしょう。現在はSoftBank(ソフトバンク)も非常に精力的に活躍していますが、その背景にはそういったトラブルを乗り越えた力強さというのも関係しているのかもしれませんね。

まとめ

1.孫正義氏は日本で生まれた
2.孫正義氏は高校生の時に渡米をしている
3.自動翻訳機を売り込んでいた
4.孫正義氏はコンピュータ卸売事業も行っていた
5.病気を乗り越えて経営の最前線に戻っている

編集後記

普段何気無く使っている携帯電話やスマートフォン。しかし、技術力が詰め込まれた結晶でもあります。今後もソフトバンクの進化に期待するだけではなく、孫正義氏自体の行く末も期待ですね。

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