2020年東京オリンピックの前に知ろう!近代オリンピックの5つの起源

2020tokyo_olympicgames10

2020年東京オリンピック・パラリンピックの前にはいくつも大会がありました。

皆さんの記憶に残っている大会も数多くあるかと思います。しかし、皆さんの知らない近代オリンピックのはじまりとなった大会についてもいくつかご紹介させて頂きたいと思います。

1.東京オリンピックの前に第1回大会について知る

2020年東京オリンピック・パラリンピックの前に、まずは記念すべき近代オリンピック第一回大会についてご紹介させて頂きます。
第一回大会はオリンピックの故郷とも言えるギリシャで開催される事になりました。これがいわゆるアテネオリンピックです。しかし、問題も多くありました。当時のギリシャは経済的な問題を多く抱えていたのです。そんな中、国際オリンピック委員会の会長や多くの方が尽力してようやく開催までにこぎつける事になったのです。
ちなみに、出場出来る選手というのは男性のみでした。これは古代オリンピックと同じですね。8競技4種目が行われましたがヨット競技に関しては悪天候だったため中止になってしまいました。
そして、開催国であるギリシャの選手もマラソンで優勝しました。この選手の名前はスピリドン・ルイス。彼は羊飼いをしていたそうで、これをきっかけに国内のヒーローになりました。ちなみに、ルイスがトップで競技場に入った時、興奮したジョージ親王とコンスタンチノス皇太子は興奮して貴賓席から飛び出し、ルイスに併走したそうです。

2.第2回大会は万国博覧会の付属国際競技大会として開催された

2020年東京オリンピック・パラリンピックだけではなく、近代のオリンピックというのは非常に価値のある大会として知られています。選手の多くがオリンピックでの活躍を夢見て努力を続けてきたのです。そんな名誉ある大会ですが、第2回となるフランスでのパリオリンピックでは、なんと万国博覧会の付属国際競技大会として開催されたのです。
これは同じ年に万国博覧会を開催する計画があったからでした。そのため、運営も非常に大混乱していました。オリンピックといえばメダルが付き物ですが、それも陸上競技での入賞者にしか贈られませんでした。それも、計画に遅れが生じてしまい、実際に選手たちの手元に渡ったのはなんと大会が終了してから2年後だったのです。

3.東京オリンピックについて第3回大会から学ぶ

2020年東京オリンピック・パラリンピックを開催するにあたり、学んでおきたいのが第3回大会についてです。セントルイスオリンピックでは、パリオリンピックと同様に万国博覧会の付属大会として開催されました。しかし、アメリカでの開催という事で今のように交通も整っておらず、参加者はかなり減っています。
そして、オリンピックの歴史において最も不名誉な事件と言われているキセルマラソン事件もこのセントルイスオリンピックでも行われました。これはアメリカのフレッド・ローツが引き起こした事件です。
ローツは40キロのマラソンコースを走っていました。当日は猛暑。そんな中走り続けていたローツは20キロの時点でついに道端に倒れこんでしまいます。そこを親切な運転手がスタジアムまで送り届けようとしてくれたのです。しかし、スタジアムまで約5マイルになったところで車がエンスト。すっかり体力を回復していたローツはそのまま走ってゴールしてしまったのです。
結局運転手が告発した事により繰り上げで同じアメリカのトーマス・ヒックス選手が優勝しましたが、後味が悪かった事でしょう。2020年東京オリンピック・パラリンピックではこのような事件が起こらないようにしたいものです。

4.第4回大会では参加する事に意義があるという言葉が誕生した

2020年東京オリンピック・パラリンピックではやはり日本人選手の活躍が楽しみです。しかし、常人では考えられない程の激しいトレーニングを乗り越えて競技に参加する事になります。そのため、何より参加した事に大して敬意を表したいもの。
オリンピックにおいては、勝利する事よりも参加する事に意義があると言われています。その言葉が誕生したのは第4回となるロンドンオリンピックでした。この時アメリカとイギリスは複数のトラブルの発生により、非常に空気が悪くなっていました。それは選手たちだけではなく、両国民も同じでした。
しかしこの事態を見たペンシルバニアのエチェルバート・タルボット主教が勝利よりも参加する事こそが大切なのだとミサで説いたのです。それが全てのきっかけになりました。

5.東京オリンピックの前に日本が初めて参加したオリンピックを知る

2020年東京オリンピック・パラリンピックでは日本が開催国になりました。では、そんな日本が初めてオリンピックに参加したのはいつの大会なのでしょうか。
それは第5回大会となるスウェーデンで開催されたストックホルムオリンピックでした。政治的な問題も多かったこの時代、オリンピックにおけるスポーツの領域と政治的な領域は異なるのだと明確に示した大会でもあったのです。
この大会にはアジアからも初めての参加となりました。三島弥彦と金栗四三という二人の選手が参加したのです。今や日本がメダルを取得する事も増えてきた時代ですが、当時の結果は悲惨な内容だったそうです。それだけ当時の日本は世界の壁を実感したのではないでしょうか。

まとめ

1.東京オリンピックの前に第1回大会について知る
2.第2回大会は万国博覧会の付属国際競技大会として開催された
3.東京オリンピックについて第3回大会から学ぶ
4.第4回大会では参加する事に意義があるという言葉が誕生した
5.東京オリンピックの前に日本が初めて参加したオリンピックを知る

編集後記

古代オリンピックから受け継がれた伝統は今も近代オリンピックに活かされています。先人達が作り上げてきた時代の流れを2020年東京オリンピック・パラリンピックで日本も再度引き継ぎましょう。
忘れてはいけないのが、1964年の東京オリンピック。

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でお金が無い.jpをフォローしよう!