サラ金でお金を借りるとは?「高利貸しでの借金の実態」

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サラリーマン金融は消費者金融業者の前の呼び名

何時の時代でもお金の貸し借りはあります。
江戸時代から明治に掛けては質屋や高利貸しです。

昭和に入ってからは街金や団地金融などです。
時代の繁栄と変化によって形態が変わってきていますが実態は何も変わらないということです。

高度成長期

人は誰しもが幸せになりたいと思うものです。
人それぞれに個性があるように、幸せの度合いにもその人の数だけばらばらです。

ある人はお金持ちになって何不自由なく暮すことが幸せであると言うことでしょう。

それとは逆に生きていけるだけのお金を確保してさえいれば、家族の健康を祈り常につながっている絆をかみ締めることで幸せを感じる人もいます。

つまり自由な発想で生き方を選ぶことが幸せであるわけです。
堪え難きを堪え、忍び難きを忍んで行った戦争もおわり、敗戦時から更なる忍耐と苦痛が到来していた時代がありました。

闇米が象徴するようにお金の無い人はここぞとばかりに高利貸しにカモられ一生タダ同然の働きを余儀なくされた人もいたそうです。
技術や学がある人はそうした苦難の逆境も即座に脱却できたことでしょう。

あるいは親や親族が戦争前の頃から繁栄していた一族であれば跡を引き継ぐことで良き協力者となって前進の一歩を踏み出せた事でしょう。
その中でもやはり先立つものはお金でありました。

「貸し」が無ければ再起不能であったことは否めません。
また、まじめと呼ばれた日本国民の気質ゆえに融資する国も大いにあったといえます。

おそらく、戦争後にも関わらず、バブル期まで急成長をし続けた国は存在しないのではないでしょうか。

お金を貸すから出来たバブル期

こうした成長とは、まさに人の幸せ感の鏡であるといえます。

貧乏は嫌だ、もっと贅沢をしたい、お金さえあれば幸せになれる、そうした事を象徴する時代がバブル期です。
高度成長までの間はひたすら復興と言う名のものとに「我慢」の世代がいました。

その子ども達は我慢を知っていても親から良き時代になるために今以上の苦労はさせたくないという教育を受けさせられたといいます。

そしてその子どもが親になるころには、「他の人以上に頑張らなければ」幸せにならない、つまり「競争」と言うことを強いられてきたのです。
人との差が幸せのカンフル剤になるという時代。
それがバブル期だったといいます。

ある人が外車に乗っているといえば自分はその外車をセカンドカーと合わせて2台も持っている。
またはある外車は当然で人は億もするマンションを所有しているといった具合です。

高額納税者などという言葉もそうした時期によく出たことです。
団地金融と言えば高度成長からバブル期までの言葉でした。

この背景は前述の世代層があったことに起因しますが、やはり「差」から生まれる幸福の度合いのためにお金を借りることにつながったのです。

サラリーマンは一定の収入がありボーナスもあります。

低賃金ではなく生活していくには切迫するほどの家計のやりくりは必要ないわけです。
しかし、車や夢のマイホームとなればローンを組んでという制約は出てきてしまいます。

サラリーマンがいなければ日本国家は立ち行かない時代ですからどの企業も作業人員を確保しなければなりません。
募集のために青田刈りをしたりもしましたし、社宅割引や福利厚生の面で優遇的な措置で勧誘した企業もありました。
それでもお金に余裕があるわけではなかったのです。

サラ金の繁栄と衰退

ちょっとした事で差が埋まるならばと主婦はお金をかります。
パートに出てその返済に追われてもその時がしのげたならばと考えて金貸しに手を出しました。
それが、俗にいうサラ金です。

当時は雑居ビルの隠れた場所にひっそりとあり、お金を借りるのに後ろめたさがあったといわれます。

特に東京のような大都市であれば人混みにまぎれてお金を借りることが出来ましたが、地方の場合ですと、相当目立ってしまい
後ろ指を差されるほど肩身が狭いとさえ言われました。

それはまるで質屋に出入りするかのごとくです。
しかし徐々にそうした消極的な風潮を払拭する出来事が起こり始めました。

バブルの崩壊と同時に多重債務に苦しむ人が増えてきたことです。

サラ金のもっとも怖い実態は高利貸しである点と返せなくなった時の異常な取り立ててです。

それにより自殺する人が増えていきました。
借り手はどんどん増えるが同時に返せなくなって命を絶つ人が増える。

幸せの為に借りるお金、その幸せの為に会社があるべきなのに、幸せを奪ってしまうというイメージがサラ金と言う言葉の裏に焼きついてしまったのです。

悪の代名詞のような扱いをうけたサラ金は姿を変えざるを得なくなったわけです。

消費者金融台頭

今まであった店舗の存在アピールと商品宣伝にともなうイメージアップ。また、テレビcmだけではなく無人契約機などの導入と不透明であった商品内容を
かなり積極的に公表していったといえます。

サラ金の実態もサラリーマンばかりではなく、その財布を握る主婦層が大半で、また個人事業主の事業資金であったことなどから消費者金融という名前に愛称を変えて行った時期でした。

しかしながら、お金を借りるという実態までは変わらなかったのです。

バブルが無くなったとはいえ、中間層で暮す人々はその上の人々にあこがれて少しでもいい生活、あるいは恵まれた環境を望もうとしていきました。

ただ、賃金と言う部分ではまかなえ切れない「差」であったが為に借り入れを起こすことになっていただけです。
もし、将来設計で多額の金額を必要としてるのならば、銀行という方法での融資に切り替わるはずです。
しかしどの人も、その多くが生活費という名のもとでの借用としていたのです。

取立てや年率は?

今は自由に借りれる点。特に無担保や一定条件の制約などから自由に簡単に融資を受けることが出来ます。
専業主婦であっても借りられる時代です。

サラ金時代にあった取立ても違法扱いですし、100万円以下であれば年率は18%までと決まっています。
年収の3分の1までの融資と言うことを考えると取り立てに合うような大きな金額をいっぺんに借りることはそうないでしょう。

また常連のように完済してまた必要になれば借りると言うことも大いにある時代です。
それはかつての「差」の為に借り入れを起こすのではなく純粋に必要金額が無いが為に借りると言うことが実態として上がっています。

やりくりベタは生きていけない

今の世の中は生活する人全てが経済をわかっていないとならないという人がいました。 全くその通りで、幾ら入っていくら出て行くのか、将来幾らかかるのか、何をしたらお金を生むことが出来るのかといった一見簡単そうでとても深刻な問題があります。 それは、景気の不安定さばかりではなく、世の中全体の生きることの価値観がそうさせているのです。 生きていくにはお金がかかる。お金をかけずに幸せになる方法もたくさんある。 そうしたことを一つ一つ発見していくのが情報です。 その情報を効果的に自分の中に取り入れようとした時、思わぬ出費という事態になりかねないのです。 実はかからないお金であったにもかかわらず、最終的にその結果を求める段階でお金がかかってくると言うことなのです。 それは生きている人々が生きるための権利としてお金を請求する世の中ゆえにいたしかたのないシステムと言えます。 ゆえに何時の時代でもお金が必要になる事態がなくならないかぎり、「貸し借り」に関わる金融機関は存在し続けるわけです。

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