借金が返せない!なら踏み倒してしまえ!歴史から見る借金棒引き事件

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命がけの借金棒引きは、うまくいくのか?

借金をした張本人が、貸したほうに威嚇して、逆に脅しまくる…世の中は非常に見ていて不思議なことが山ほどあります。

実際に借金踏み倒しの話を取り上げます。

徳政令、といえば借金棒引き

鎌倉時代に起きた出来事、といえば「蒙古襲来」。北条時宗がモンゴル軍相手に2度の戦いで勝利し、全国の御家人たちが勝利したことで、褒美となる「土地」をよこせ、という問題にぶち当たった事件です。

日本はこの時鎖国はしていませんでしたが、外国との戦争を経験したことは、ほとんどありませんでした。

日本と大陸との間には大変波の荒い日本海があり、遭難する船があまりにも多かったことから、大陸の人たちは日本の領土を獲ろうとすることさえなかったのです。

ところが、モンゴル軍は欧州から日本まで世界最大の領土を手に入れようとしていました。

その結果、初めて大艦隊によるモンゴル軍が日本海を渡り、上陸してきたのです。ですが、結果は二百十日の大嵐であえなく滅亡。戦った御家人たちは勝利はしたものの、相手の土地を奪ったわけでもなく、ただの「日本防衛戦」を勝ち抜いただけでした。

この際、御家人たちは商人や農民に巨額の負債を抱えていました。

つまり借金をして、集まってきたのです。台風の季節は収穫の季節。つまり、本来収穫で忙しい農民たちを集めて、槍を持たせ、戦いを挑むために、御家人は多くのゼニを配るしかありません。これが巨額の負債となり、あちこちで戦後の揉め事が起こりました。このままでは武士が貧窮する…そう考えた北条家は、御家人の負債を棒引きする「徳政令」を敢行しました。つまり、武士が借金しても、返さなくてもいい、という初めての法律を出したのです。

江戸時代に頻発!徳政令

さて、江戸時代に入ると、徳政令だけでは足りず、棄捐令(きえんれい)というものまで出現してきました。徳政令が「徳」と書いてあるように、良いイメージを持たせる法案になっているのに対し、江戸時代に幕府が財政難に陥った旗本・御家人を救済するためにおこなった棄捐令は、その名も「債務棒引きじゃ!」とネーミングされ、武士の強がりを強調したものになっています。

江戸時代の経済は、米本位制度。金や通貨が絶対の価値を持っていた時代ではなく、米がすべての価値基準ですから、どの藩主も自国領で多くの米が取れるように、我田引水を行いました。こうして収穫した米は、札差という幕府から許可をもらった米問屋が現金と引き換え、藩財政が回っていったのです。

ですが、商人とはどの時代でも他人の金で金儲けをするのが仕事であり、一年に一回しか米が取れない藩の事情をよく知っているからこそ、先に金を貸しつけて、米を貰い受ける際に利息を要求するなど、大変な金の亡者になっていました。武家社会は基本的に徳川政権の仰せの通りにしなければならず、自由経済は紀州徳川家くらいのもの。

結局、どの藩でも戦もないのに、意味不明の家来をたくさん抱えて、出費ばかりがかかる財政に変貌してしまいました。そこで、幕府は債権者である札差に対し、債権放棄・債務繰延を強制し、武士を救済したのが借金棒引き、つまりう棄捐令なのです。
 

明治から昭和まで、借金棒引きの歴史ばかり

明治時代は、借金だらけの国家建設が始まった時代、そのものです。中でも公家の三条実美といえば、藤原家の末裔でありながら、明治政府の影の立役者です。彼は京都暮らしで貧しかった公家連中とは違い、羽振りが良かったことから、歴史上の不思議、と言われました。

ですが、彼の収入は、といえばなんと自分の住む屋敷の一角を「賭場」にして、その場所代やら上がりをピンハネしていたのですから、なんともすごい人物です。明治時代に貴族となりますが、その軍資金は浪人たちの金。そして借金のカタとして貰い受けた刀やら武具やらを、今度は欧米人に売りさばくなど、いろいろやっていた「らしい」。

彼は金の亡者ではなく、借金を棒引きにして、いい人材を育てているとも言われ、なかなかしたたかな人物でもありました。

戦後のハイパーインフレ、これぞ借金棒引きの集大成!

第二次世界大戦直後、貨幣経済は一気に崩壊。

日本は敗戦国であり、物資が不足して貨幣価値があっという間に下がってしまいました。これは、第一次世界大戦後に敗戦国ドイツでハイパーインフレが起こり、それで苦しんだドイツ国民がナチスの台頭を許したことを覚えていたアメリカが、慌ててインフレ対応として「新円札」発行を敢行。

そして今までの円札からの切り替えと、旧円との兌換を制限したのです。

言ってみれば、大金持ちが持っていた財産も、すべて新円にしなければ意味がなく、新円と交換したくても制限をつけたため、富裕層であればあるほど、価値のない旧円を握ってしまってどうしようもないことになったのです。

もちろん、数年かかって旧円はすべて新円に変えられましたが、旧円で借金していた人たちも、返すに返せず、貸していた人たちも受け取れない状態が続き、結局「チャラ」になってしまいました。

借金の踏み倒し

時代の変革期には、必ずインフレがあり、そして借金踏み倒しが国策として出てきます。それは当然のことで、今後も知っておくべきことなのです。

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