社畜はサラリーマンのことでは無い!社畜の本当の意味とは?


社畜=サラリーマンは大きな間違い!どんな立場でも社畜はいる

昨今、サラリーマンではなく別の働き方や生き方を模索し、それに従った生活をする人が非常に増えています。

フリーランスで働く人はもちろん、学生時代に起業をする人も珍しくなくなりました。
高校生や中学生で会社を立ち上げる方もいらっしゃいますね。

そんな背景からか、サラリーマンを社畜と言う人も増えています。
が、そういうことを言う人は、実は社畜の本当の意味を知らないのです。

社畜とは何か?その意味とは?
この意味についてお話していきます。


サラリーマンが社畜と言われるワケ

サラリーマンは社畜の代名詞であるかのような言われ方をすることがたくさんあります。
そう思われるのも無理はないかもしれません。

会社の命令には従わないとやっていけないし、上司には気を遣わないといけないし、後輩の面倒を見ないといけないしと、会社を中心に回っているように見えるからです。

さらにやりたくもない残業をしなければならないとか、給料を自分で決められないとか、いろいろな点で会社に縛られ、また会社に依存している状態でもあります。

見方を変えると、サラリーマンは「会社に養ってもらっている」ともみなされるのです。
つまり「会社がサラリーマンを飼っているから社畜と言われるのだ」ということですね。
こういう背景から、サラリーマンは社畜と言われているように思えてなりません。

課長にペコペコ、部長にペコペコ、経営陣のいうコトにすべて従い、右に行けと言われたら何も考えずに右に行く、というサラリーマン、実に多いです。
自らの保身というか、自分自身を安全地帯に置いておく。
こう言う人に社畜傾向がよく見られます。
彼らなくしては生きていけないのです。

そういうサラリーマンがたくさんいますが・・・。

とはいえ、本当にサラリーマンは社畜なのでしょうか。
そう言い切れるのでしょうか。

実はそういうサラリーマンとは真逆の生き方をしているサラリーマンもたくさんいます。
それは周りの人どうこうではなく、自らの意志で動く人です。

社畜とは言えない人も増加中

サラリーマンは会社の命令や指示には従わないといけない、というように大多数の人が思っています。
しかし、これは錯覚なのです。
それとは真逆の動き方をしているサラリーマンもたくさんいるのです。

仕事ができるサラリーマン、社内外から評判が高いサラリーマンを見ていると、実は会社の指示に従うだけではないのです。

たとえ会社の指示に背くとしても、それが会社の利益になり、お客さんの利益になり、自分自身の利益につながるのなら、従わないケースもよくあります。

お得意さんとの取引の中で、お客様が「ぜひやって欲しい!やってくれないか」と会社の懇願しているのにも関わらず、依頼を受けた会社は「ムリです」の一点張りで請けようとしないということがありました。

そんななかでも依頼を受けたサラリーマンは、自らの意志でその仕事を引き受け、きちんとやり遂げたという例もあります。

それは会社の指示や意向に背く行為であり、罰を受けても仕方のない行為です。

にも関わらず、そのサラリーマンはあえて得意先の依頼を引き受け、しっかりとその仕事を完結させました。

それによってそのサラリーマンは自社の社長直々に表彰を受けたとのことです。

これは私の友人の例で、皆が心配していました。

「会社の指示に背いていいのか?最悪、修行規則違反でクビになるぞ」

という忠告も私の周りではありましたが、彼はそれに耳を貸さず、「自分で決めたことだから」と、その仕事をやり遂げたのです。

会社の意向に背いてでも任務を遂行するサラリーマンはたくさんいます。
そんな人たちが、果たして社畜と言われるでしょうか?

言われるわけはありません。

給料は会社から出ていて一見会社に養われているように見えますが、実はサラリーマン個人の自らの意志で動いているのです。

自ら動き、仕事をこなし、それをお金に結び付けたのです。
つまり、「自分で稼いだ」ということができるのです。

その時点で、会社員でありながら会社から養われず、自分で食い扶持を稼いできたということができます。

個人事業主に限りなく近い立場になるのです。

こういう人は社畜とは違います。
周りに人がいなくても、極論すべてを失っても這い上がれるし、自らの頭と体でやれるからです。

自分で考え、自分で選択し、納得して動くことによって、個人事業主のような振る舞いにいつの間にかなっていきます。
脱社畜という言葉もありますが、それとは違うものです。

社畜から抜けるのではなく、もともと社畜ではなかったということなのです。

私は、一旦社畜になるとそこから抜け出すのは非常に難しいと思っています。
一度ラクを覚えてしまうと、再度努力してとか、苦労してということがやれなくなるのです。

これはある意味では仕方のないことですが、一度ラクをしてしまうとそこから抜けられなくなるんですね。
だから社畜になってしまうと、そこから抜けるのはかなり難しいと感じています。

それは社長さんを見ていてもよく分かるのです。

社長でも社畜

社長や経営者という人達でも社畜はいます。
社員を養っているように見えて、実は「社員に養われて」いるのです。

仕事のすべてを部下に投げ、社長がやらなければならない仕事でさえ、周りの役員や役職者たちに押し付け、自らは社長室で悠々自適にしている社長がいました。

「オレは社長だ!」とふんぞり返り、トップセールスをせず、マーケティングもやらず、遊んでばかりだったのです。

そんな状態なので、会社は社員たちが支えている状態でした。

つまり、社員たちが汗水たらして頑張って稼いだ売上や利益によって社長は生きることができていたのです。

こう言う状態こそ、社畜と言えます。

こうなってしまうと、そこから抜け出すのは至難の業です。
なんとなく想像がついていると思いますが。

家畜は人の世話によって生きることができます。

エサを用意してもらい、食べさせてもらい、散歩させてもらったり掃除をしてもらったり、いろいろ人が世話をして生活ができています。

社畜というのはこれと同じ状態の人のことです。

自らがやるのではなく周りの人が何もかもをやり、売り上げを上げてもらい、進むべき道を決めてもらい、すべて周囲の人間がやってくれる状態ですね。
こういう人が社畜です。

もちろん、サラリーマンでもこういう人はたくさんいます。

たくさんいるから、「サラリーマン=社畜」と言われるわけですが。

むしろ、社長さんよりもサラリーマンの方が多いですね。
以前勤めていた会社にもそういう人はたくさんいました。

なぜ社畜になるのか?

何もしないで仕事は全て部下に押し付け、何もかもをやってもらっていて、周りに人がいないと何もできない。

最初はおそらく、そうではなかったと思います。

会社に入ってきたときは、バリバリ仕事して、出世して、周りから尊敬を集めて、いずれは社長に・・・、ということを考えていたと思います。

そんな、ヤル気に満ちた状態から、どんどんラクになっていくことを覚えてしまうんです。

仕事を外注したり周りにやってもらうことで、自らが何もせずに仕事が進んで完結してしまうことが分かるので、「どうしたら自分がラクしてガッツリ結果を出せるのか?」を突き詰めてしまった結果の副産物、とも言えます。

これ自体は悪いとは言えないのですが、問題なのは「自分が責任を取らずに成果だけ持っていこう」という姿勢です。

良い結果も悪い結果も、いずれもしっかりと受け止めて責任を取るという姿勢があれば、ラクしてやっていこうという姿勢は、むしろ仕事の幅を広げたり利益の源を増やすことにつながります。

しかし、成果だけ横取りしようという姿勢があると、何もかもを人にやってもらうようになり、責任を取らなくなり、どんどん何もやらなくなるのです。

それが行きついた先が社畜ということです。

会社員の人にそういう人が多く見受けられるのでサラリーマンが社畜と見られるんですが、社長でも社畜がいるのです。

そういう面でもサラリーマン=社畜とは言えないということです。

独り立ちしたサラリーマンに

社畜だと、独り立ちしているとは言えません。 何かに寄りかかっている状態なので、自分の足で立っていられないからです。 たとえ会社の意向とは違っても、それが会社のためになって自分のタメになるのなら、自らの意志でそっちの方向へと進めるサラリーマンは社畜ではありません。 これが独り立ちしている状態なのです。 そうなれば会社の看板を借りずとも仕事が出来るようになるし、会社の威光を借りなくてもお客様を集めることができ、仕事の依頼を請けることができるようになります。 そういう状態になって独り立ちして生きていくことが、真に楽しい人生になりますね。

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