「無職でお金がないんです!」と言う前にがむしゃらに生きてみませんか?

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お金がないから助けてほしい!無職の特権です。

これだけを聞くと、たかり屋のように感じるかもしれません。

働いていなければまずお金がないという風に誰もが思うことでしょう。

その人の声を聴いた瞬間、おごらされるあるいは、たかられると感じ防御してしまうのでは?

しかし、そんな人にとっても見方を変えれば特権があるものです。

何もしていないからこそ、なんでもできるという特権です。

その人には制約がないゆえに、自由に時間が使えるという特権です。

それを駆使すれば、お金に窮している無職の懐をさらに開かずとも、助けることができるのです。

無職とは異様なことなのだということを自覚することが最初です。

無職という特権を生かし、お金のないという主張でオーナーに掛け合うこと。

健康な体ならば、日雇い作業員があります。

土方仕事や現場仕事は常に若手不足になりがちです。

そういう現場に赴くだけで重宝がられます。

体がまだまだ機能する状態であるならば大いに売り込めることでしょう。

基本は「なんでもやらせてください」の精神です。

しかし、そんなガタイが健在な人でも不審がられる瞬間が多々あります。

『どうして無職なのか』という素朴な疑問が一般の人にとっては気になり、無視できなくなるのです。

それは“あなたを信頼出来ない”という気持ちの現れです。

すくなからず健康な人であれば何かに関わって携わっています。

学生という身分であれ、主婦という身分であれ、あるいは社会人であれば就職先やパート先があります。

働いているという確固とした信頼先があるから皆、すれ違う人におびえたり、同乗する車両にいちいち恐怖することなどはないのです。

しかし一端、個々で向き合う場面において“無職”とわかった瞬間相手の顔色は変わります。

『どうして無職なのか』

犯罪でも犯したのか、引きこもりなのか、関わると面倒に巻き込まれないかという不安に駆られるのです。

恐らく無職の人にとってはすでに麻痺している感覚かもしれませんが得体のしれない人が部屋に座っていたら驚くことです。

それと変わりのない次元が無職ということなのです。

働きたいのですの連呼ができるでしょうか?

無職な人は交通費もないほどお金が無い状態でしょう。

ほとんどホームレスに近い生活苦になってしまっているケースすらありえます。

しかし、少なからず保護された環境であったり支援してくれる環境であるならばまず働く意思を見せていくべきです。

最初の話ではすでにそれが出来上がっている人ならば体を使う仕事がいいと述べました。

汗をかくことで生きていることへの実感がわいてくることですし、オーナーにもかわいがられるチャンスも増えてきてやがてそこに就職ということもあり得ます。

よくアルバイトが高じてそのまま就職ということがあります。それに似た延長です。

しかし、気質的にそういうことが苦手ない人はスタートラインを変えなければなりません。

無職はあり得ないという考えの次は、スタートラインに立つことです。

それは、役にたつ自分ということです。

災害が起きたとき、みな避難をします。その避難場所で身を寄せ合っていた時、せわしなく働くボランティアの人がいるとしましょう。

とにかく人手が欲しいというとき、その身を寄せ合っている中で、すぅっと立ちあがた人を見たらなんというでしょう?

手を貸してくれと間違いなく近づいていうはずです。

他の人は怪我をしたり悲しんだり、立ち振る舞える気力がないから地面に突っ伏しているのです。

しかし立っている人はそうしたことに留まってはいないという証から立っているわけです。

立つだけで役に立とうとしているという姿に映るものなのです。

そして立ったのならば働くのだという気持ちを持ち続けようとすることです。

役に立つのだ、役に立とう、役に立ち続けたいということが働くという意味になるからです。

実は、自分が無職であることで負い目をもってしまうと何をやっても駄目だろうと思いがちになります。

しかし、そんな人でさえ役に立つかどうかは相手が決めることなのです。

役に立ちたいという意思表示ができるだけで相手は「ではこれはできますか?」と具体的な話に進んでいくものなのです。

無職ではいられなくなる方法

お金がなくても無職故に活躍できる場面は他にもあります。

頭をフル回転させられるほど情報処理能力が高いのならば、ネット環境や通信関連で役に立てないかを調べることをお勧めします。

在宅ワークなどでできるPCを使った情報発信の仕事です。

FXや投資は資金がないのですから出来ません。

ギャンブルも同じです。

そうではなく、依頼された内容をこなす仕事です。

インターネットの仕事とは比較的しやすい反面金額は安かったりします。

しかしそうした色好みばかりをするのではなく、どんなことが望まれているのかを積極的に検索し、自分ならば応えることができる部分に特化するのです。

どんなにインターネット教育が栄えてもやはり専門的な分野においては門外漢なのが今のPC世代の環境です。

パソコン初心者教室は先細になってきている反面一歩突っ込んだ操作を教えてくれる教室は少ないものです。

また、故障や接続環境の見直しをすべきマシーン状況でもそれを指摘してくれる人もすくないです。

そうしたパソコン知識を持っているのならば大いにそこで役に立つべきです。

また専門知識がないならば今ある技術と知識で処理の出来る場所に行くべきなのです。

その場所には明らかにあなた以下の人がいっぱいいてその中の長になることがたやすいからです。

長になれるということはすでに無職から“長”に格上げされたということなのですから。

自叙伝も演出次第

無職とはいども侮ってはいけません。

お金がないことで常に感性はみがかれているものです。

最初はアルバイト感覚で一日一日を役立つ自分というスタンスでモチベーションを保てれば正解です。

やがてその中で抜きんでた人物になればいのです。

なぜ抜きんでる人になるのかといえば、無職という他の人が経験しえない次元をクリアーした人だからです。

誰しもが経験しえない貴重な体験を持ているということはそれだけ、他社への説得力があるということです。

無から何かを得たということは得たものを人に還元することでお金になって帰ってきます。

誰かにその方法を伝えたいあるいは自分がだめだった時からこういうことで気持ちが切り替わりうまくいったという話は、人を勇気づけることができます。

仮にそんな話を文章におこしたり、あるいは動画でドキュメンタリーにしたらどうでしょう?

同じような境遇で苦しんでいる人への大きな影響力として取りだたされるのではないでしょうか?

成功者の多くが艱難辛苦を乗り越えて、ひどく苦しい時期を乗り越えたというサクセスストーリーがあります。

現代社会のように人口も多く多種多様な生き方や職業があるからそうしたサクセスストーリーが共通な現状表現には習いかもしれません。

また似たような話はいっぱいあるからこそ目立たないかもしれません。

しかし、その当事者がもしより良い演出内容でドラマティックに描けるような内容に仕上げられたのならば、見る人は立ち止まるのではないでしょうか。

駅前にあるスタンドの立ち食いソバやは極々普通に見受けられて、利用する客もさほど変化はないでしょう。

同じ内容の蕎麦や出しを使いもし雰囲気のいい日本家屋の古民家を改修し限定蕎麦屋として郊外に建てたならばどうでしょう?

話題を呼び人が車までつかって食べに行ったりしないでしょうか?

演出とそれを広める仕掛けを十分におこなうことでより効果的に広めることができる一例です。

最初は小遣い程度の収入がやがて大きなお金にだって変化するチャンスがあるということなのです。

がむしゃらに生きてみませんか?

怪我や病気で無職という人でも生きることに積極的な人は多いです。 むしろそういう人の方が命あることでそれをバネに何かをしようとしてさえいます。 パラリンピックのように思わぬ記録が続出する事態がまさにそれです。 ふさぎ込んで、自暴自棄になる時間はすでに終わっています。 むしろ希望という今の時間から考えた次の新しい自分をめざそうという気持ちしかそこにはありません。 無職というのならば何にでも化けられる予備群と言い換えてがむしゃらにトライする気持ちでいてほしいのです。 お金がないというのならば、あとはお金をつくるだけだと気持ちを切り替えてほしいのです。 そこには「どうせ」という投げやりな姿勢は一切持ち込まない。 前向きさだけがあるのですから。

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