億万長者になるための5つのポイント「徳は孤ならず必ず隣あり 」


億万長者とはなにか?

昔から成功者の代名詞として語られる億万長者。

それに憧れる人も多く、明確な目標とはいえないまでもそうなりたいと思う人は少なくありません。

億万長者とインターネットで検索するとなんと65万件以上ものサイトがヒットし、多くの人の関心を集めているという事が分かります。

企業としては1億円企業はある意味登竜門として意外と高いレベルではありませんが、個人で大きな収入が入り始めた時に最初の高い目標として設定するのにも億万長者と言う人は多いでしょう。

しかし億万長者と言うぐらいなので一億円を持つことが出来た人の事をそう呼んでいるように思えるのですが、良く考えたら「億万」と言う単位は存在しませんし、一億円を持った人の事を指しているのであれば億長者で良いでしょう。

では億万長者とはなんなのでしょうか?

そうした地位の名前や称号なのか、誰かを指した代名詞だったのか、それともまた別のものなのか?

今回はそんな億万長者になるために億万長者に関して考察をしたいと思います。

億万長者の定義

億万長者と言う言葉とは非常に多くの金や財産を持っている人、簡単に言うと大金持ちの事であり、1億円がその基準。

という訳ではないようです。

言葉を分解して考えてみるとそのことが良く分かります。

億万とは、億や万と言う単位のように「一杯」と言う意味であり、「八百万」と書いて「やおよろず」と同じような言葉です。

こちらの言葉に関して誤解している人はいないでしょう。

億万長者の「億万」が大体そんな意味合いを持った言葉であるという事は多くの人がなんとなく分かっている事です。

しかし億万長者の「長者」と言う言葉には誤解を受けている人がいます。

日本語においては「年長者の省略として」「一門一族の統率者として」の長者と言う意味合いもありますが、億万長者と言う言葉で用いられる「長者」の意味としては異なります。

「お金持ちの事だろう?」と思う人もいると思いますが実はそれもまた正解とはいえません。

この「長者」とはもともとは仏教用語で、富める学徳のある在俗信者の事を指しています。

そこから転じて資産があって更にその上高い徳を備えている人の事を指す言葉です。

昔話で語られ多くの人が聞いたことぐらいはあると思われる「わらしべ長者」も京都東寺の座主(ざす)の事を指す長者も資産のあるなしだけで長者と呼ばれたわけではないのです。

「億万」と呼べるほどの多くの資産があり、「長者」と呼ばれるほど資産に負けないほどの徳の高い人。

その条件を満たす人こそが億万長者なのです。

例えどれほどの資産があろうとお金があるだけでそれに見合った徳がなければ億万長者とはいえないでしょう。

どれほどで「億万」になるのか?

まず億万長者を知るために最初は「億万」と言う言葉に注目していきます。

「億万」は「億ほど、万ほど、沢山」を意味しているという事は分かりましたが実際のところどれほど資産があると現代において「沢山」と呼べるだけの資産といえるのでしょうか?

一般的な生活を営んでいる人の中でも余裕があると言われるのが年収が300万円の人である、と言われていますが逆に言えば300万円の資産では沢山とはいえないでしょう。

では一つ桁を上げて1千万円ではどうでしょう?

1千万円となってくると大金のようにも感じますが実際にそう考えると1千万円の資産があっても年収300万円の人が余裕をもって3年間生活するほどの金額でしかないとも言えます。

以外と安心できる長いといえるだけの期間、と考えたとき1年は短く、5年でも人によってはまだ短いという人もいるでしょう。

では10年であったらどうでしょう?

ここまでくると大半の人は長い時間安心できるという人が大多数を占めて来ます。

300万円の10年分で3000万円、恐らくこの辺りからが「沢山」の資産という事ができるでしょう。

長者に相応しいほどの徳とは何か?

続いて億万長者の「長者」について考察します。

長者である事の要素は2つで一つは資産、こちらに関しては数値化できてわかりやすく、先程説明させていただいたのでいいでしょう。

問題は「徳」という所です。

徳と言うと善行であったり精神性の高さなどを連想する方が多いようですがその言葉の原点は少し違います。

この徳とは元は神仏などから授かった加護やめぐみ、恩恵の事を指し、転じて生まれつき備わった能力、性質、才覚などを示す言葉です。

こうして説明されると一気に俗っぽく感じるようになる人もいると思いますがそれもまた違います。

なぜなら全ての人に平等にそうした神仏による「徳」は与えられており、個人によってその差が出てくるのは与えられたものを自分のもとと出来ていないからとされるからです。

与えられた「徳」の表出する形は人それぞれなれど、倫理的、道徳的「善」にしてそうあろうとする意志の恒常的志向性。

「善」である事を良しとしてそれを実現させることの出来る恒常的能力を誰もが本来与えられている。

しかし人はそれを自分のものとするためには修練により見出さねばならない。

徳を身につけるとはそうした与えられた徳を自分のものと出来るかどうかという事である。

このような感じで宗教的、哲学的に「徳」と言うものは捉えられており、一般的に精神の修養によってその身に得たすぐれた品性を「徳」と呼ぶ事が多いです。

その際たるものが人徳。

多くの人にわかりやすく、且つその人の徳が最も感じ取ることが出来るとされているものが人間関係において感じ取れるこの人徳でありコレがあると認められるようになることが「長者」と呼ばれるだけの「徳」を持つことになるといえるでしょう。

人徳を持てると億万長者になれる?

徳万長者になるために必要なのは億満の資産と長者と呼ばれるに相応しい徳です。

しかし徳を積む事よりも現実問題として資産を作ることが大変だという人も多いです。

衣食足りて礼節を知るという言葉があるように、明日食うものがなく飢えた人に命の尊さを解いても受け入れられにくいように、足りない、苦しいと言う人に精神的な事を説くのはナンセンスです。

先ずは資産形成のための方法を知るところから初めた方がいいのですがその際の注意点があります。

それは「どんな方法でも良いから資産を作ろう」と言う方法を取らないこと。

違法行為はもちろんの事、犯罪すれすれの事やギャンブルで築いた資産、所謂「汚いお金」では億万長者にはなれません。

徳の話はもちろんの事、そうして稼いだお金には不安が付きまとい、他の方法で資産を形成するノウハウが得られないのです。

全うな方法で3000万円の資産を作るのはただ漫然と労働をしているだけではかなりの時間がかかりますし、下手をすると一生とどかないという事だってあります。

頭を使い、体を使い、人脈を使い、もてる資本を使い資産運用をすることで3000万円の資産は現実味を帯びてきます。

こうして自己を高め、方法を考え、努力することで人徳を初めとする徳は自然と高まっていくでしょう。

逆にただ漫然と労働するだけで3000万円を貯めることが出来ればそれは努力と我慢の賜物であると言えそうした得をつめたという事も出来るでしょう。

全うな方法で3000万円の資産を作るという事はそれ自体が人徳を作り、その人徳こそが3000万円の資産を作ったといえるでしょう。
 

億万長者に欠かせないこと

億万長者と言うものになるために億万長者について考察して来ましたがやはり簡単になれるものではないようです。 億万長者になるために投資をしなさい、インターネットビジネスにかけなさい、貯金をしなさい、土地を買いなさい。 アレしなさい、コレしなさいと色々な事が言われていますがそれを実践してみて億万長者になることが出来る人はほんの僅かでしょう。 資産を稼ぐのに最適な方法は時代によって変わりますし、いくらの資産で生活を長いこと安定させることが出来るのかという事も時代によって大きく変わるので資産に関しては確定的な事は言えません。 現段階では資産で資産を生む新資本主義と言われる経済活動が億万長者を目指す最適な方法と言われていますが何年有効か分かりませんし、そもそもそれ出来る人は最初から決まっております。 いつになっても変わらないのは寧ろ資産についての事ではなく「徳」の部分、 論語で「徳は孤ならず必ず隣あり 」と言う言葉がありますが、本当に困った時に助けてくれる人は「徳」で繋いだ人間関係です。 たまには億万長者の「億万」ばかりではなく「長者」の部分にも注目して見てください。

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