貧しい人はお金の正体を知らない?稼ぐ前に知りたい3つのこと

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お金の奴隷となる人々

世の中を見渡すとお金のために働く人々は大勢います。

お金自体は生活に必要なので当然ですが、際限なくお金を稼ぎたい人も存在します。

生活にかかるのは15万円程度なのに30万円近く稼いでいてまだ足りないと嘆く人を見かけたこともあります。

生活が苦しいわけでも、何か目標があるわけでもないのにお金のために心身をすり減らす必要があるのでしょうか。

彼らはお金があることが社会的強者の条件と信じ、お金を失うことが死ぬことより怖いと怯えています。

お金のために働いているようでお金に働かされている、お金の亡者になっていることに気付いていません。

お金が無いと嘆きながら趣味嗜好に多額を投じる人がいます。

お金はあるけど使う時間が無いと諦める人もいます。

もし自分が当てはまるのなら一度お金の本質について見直してみると良いかもしれません。

お金の歴史

そもそも大勢が求めて止まないお金とは何でしょうか。

食べて美味しいものではありませんし、お金自体を着ることも雨風を凌ぐこともできません。

発行された国以外では価値を持たない紙切れを汗水流して手に入れ、生活も経済も成り立っています。

ここから少し道筋が反れますがお金の本質を語る上で外せない、紙幣の成り立ちを紹介します。

紙幣の歴史はかつて全ての物流が物々交換だった時代から、利便性に優れて希少価値もあるゴールド(金)が価値の基準になった時代までさかのぼります。

この頃は金をゴールドスミス(金匠)に預けて必要になったら引き出す、というやり取りが普通でした。

そして出し入れに必要だったのがゴールドスミス・ノートと呼ばれる約束手形(預かり証)です。

物品の売買において少額なら金で十分だったのですが、高額のものは金でやりとりするのには不便で危険も多かったのです。

そこでゴールドスミス・ノートを受け渡すことでやり取りの簡素化を図ることにしました。

するとそちらの方が便利なので少額でもこのやり取りがされるようになり、結果現在の紙幣のような形になりました。

紙幣はいつでもゴールドに交換できる約束手形、という認識のまま時代は進んで1971年、この根本を揺るがす事態が発生します。

ニクソン・ショック、お金をゴールドに交換することが出来なくなってしまいました。

ここからお金の本質はゴールドではなく別の性質に変化することとなります。

お金の本質

では新しいお金の本質とは何か、これは様々な主張があり未だ確たるものはありません。

しかし私はお金とは集積された情報を可視化したものである、と思っています。

どういうことか、確たる基準がなく様々な要因によって価値が変動するものになったということです。

例えば、とある田舎に1坪1万円の土地があったとしましょう。

しかしここは5年後に新幹線が開通して駅前になることが明らかになったとします。

この時点で土地には何の変化も無いのに未来の情報で地価は何倍にも跳ね上がることになります。

これは私たちが受ける給料にも当てはまります。

例えばITバブルと呼ばれた時代、ITと名の付く業界に勤める人々の給料はうなぎ登りでした。

しかし現在ではIT事業が多すぎる、という情報から仕事は変わらないのに給料は苦しくなっています。

またこの性質からお金は裏付けが無くとも作りだすことが可能になりました。

例えばAさんが銀行に100万円預けたとして、Aさんの通帳には100万円と記載されます。

では銀行がこの100万円をBさんに融資したとしたらどうでしょう。

Aさんの通帳から100万円は消え…ずそのままあるのにBさんの通帳にも100万円、その銀行には合わせて200万円あることになります。

基準が無くなったが故に外的要因によって価値が変動し、それどころか根拠のない価値すら生まれることになります。
根拠のない価値、というのはバブル崩壊後の不動産価格などでよくわかることでしょう。
このように情報となったことでお金は変動的で不確実なものへ変化しました。

 

貧しい人は値段の本質が見えない

これによって商品の値段は物の価値に情報の価値が追加されることになります。

例えばペットボトルの水はコンビニで買えば100円ですが富士山の山頂では500円です。

これは同じペットボトルの水に「山頂まで運ぶのにかかったコスト」という情報が追加されたからです。

運ぶのにかかった燃料や労力は目に見えませんが値段と言う形で可視化されることになります。

このような構造となったことで、正しい値段を見極めるのが難しくなったと言えるでしょう。

富士山の山頂に運ぶコストは当然ですが、何を根拠に+400円なのか購入する側からはわかりません。

なので「本当にこの価格を払う価値があるのか?」を考えないとどこまでもお金の使い方を誤ることになります。

例えば某牛丼屋チェーンでは恐ろしいほどの低価格でメニューを提供していますが、これは何に基づいたものなのか。

例えば人件費を徹底的に削減した結果なら、その影響は従業員の接客やモラルにも表れるかも知れません。

材料費を徹底的に下げているのなら味や栄養価の問題として跳ね返ってくる可能性もあります。

逆に1泊10万円のホテルがあったとして、大抵の人は「高い」という印象を抱くでしょう。

しかしそれは自分の財布を基準においての判断、毎月数100万円稼ぐ人にとっては「安い」かも知れません。

その様な人たちはいざ泊まってみたら部屋やサービス、接客や料理の味からすれば10万円は安すぎるという評価をするかも知れません。

特に現代では不景気からか、価格が高いか安いかを自分の財布で判断しがちです。

ですが高い安いの基準は、物・サービスの総合価値に対して価格が割高か割安かで決まります。

あり得ない例えではありますが、自分の財布の中身が5000円のとき1カラットのダイヤモンドが10000円で売っていたらこれを高いと感じるでしょうか。

値段の本質を見ずに表面的な数字だけで判断すると安物買いの銭失いとなりがちです。

お金で買えるものはほぼ1つしかない

お金は便利なものであれば大抵のものは買えますし、あればあるほど色々なものが手に入ります。

しかし実はお金で手に入るものの本質は1つ、「時間」しかありません。

時間はあらゆる商品・サービスの価格を設定する上で大きな基準になります。

例えば塩むすびを食べたいとして、手に入れるためにどれくらいの時間がかかるでしょうか。

田んぼを用意して稲を植え、刈り取り脱穀精米を経て炊き上げた所でようやくご飯が手に入ります。

塩も基本的には塩田、海水の塩分を濃縮して漉して煮詰めてと手間がかかっています。

これだけの時間を短縮して塩むすびを手に入れるツールがお金なのです。

素材や作り方にこだわった塩むすびなら時間もかかっていますので当然値段は上がります。

一方化学調味料を使って機械的に作れば時間もかからないわけですから低い値段で手に入ります。

他にも東京から大阪に行くのに新幹線(自由席)では13620円で3時間40分かかります。

対して飛行機を使ったら22600円かかりますが1時間10分で到着します。

つまり約9000円払って2時間30分という時間のアドバンテージを買っています。

これは私たちの給料にも言えることです。

大半が機械化されている工場で作業をするなら時間もかかりません、そのような情報が給料に反映されます。

逆にその人の能力を以てでないと解決できない問題を、骨を折って解決すれば高い報酬が得られます。

商品やサービスの対価にしろ時間や手間がかかって解決が難しいものほど高い値段が払われます。

また多くの給与形態も、時給にしろ月給にしろどれだけの時間働いたかによって上下します。

この様に価格の大半は時間や手間が大きな根拠となっています。

お金を払うとき表面的な値段で無く、その裏にある根拠を探ってみると良いでしょう。

価値観が変わって今まで安いと思っていたものが実は高く感じられるかも知れません。

お金で幸せは買えるか?

恐らくこの世にお金ができた頃には既に議論されていたことだと思います。 私個人の考えとしては、賛否両論あるでしょうが幸せをお金で買うことはできると思います。 というのも何を持って幸せとするかは人によって絶対に違うからです。 例えば前々から欲しいと思っていたフェラーリをお金を貯めて手に入れたならきっと幸福なことでしょう。 美味しい料理を食べて恍惚となる人もいれば、スマホゲームで欲しいカードを得て狂喜する人もいます。 価値観が違って当たり前、だからこそこの世には数え切れない商品・サービスが存在します。 しかし物やお金の価値が不変でないように、幸せの形も時間の経過によって変化します。 あれほど欲しかったフェラーリも乗り慣れる内に飽きて、または思ったより乗り心地がよくなかったのかも知れません。 価値を見誤ったり、長い時間をかける内に価値は失われていきます。 所で私は「魚を与えるより釣り方を教えよ」という言葉が大好きです。 食べ物を与えるより食べ物の得方を教えれば子供が独り立ちしても食べるのに困ることはない、という教訓です。 これはお金や幸せはお金で買えるか、にも大きく当てはまります。 この例えでお金はとちらかと言えばもちろん「釣竿」、そして幸せは「魚」です。 お金は使って初めて価値をもたらすもの、持っているだけでは何の意味もないので魚ではありません。 お金が魚(幸せ)なのではなく、釣竿(お金)を使って何らかの魚(幸せ)を得るのです。 しかし魚を得る方法は何も釣竿を使うだけに限りません。 銛や網、慣れた人なら手づかみでも可能なように幸せを掴む方法はお金だけではありません。 お金を稼ぐ前に、自分にとっての幸せを考えてみましょう。 その幸せはお金で手に入るものなのか、だとしたらどれくらいのお金が必要なのか悩んで下さい。 お金の本質、そして幸せの形を探すことで物事の価値観は大きく変わって正しいお金の使い方ができることでしょう。

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