「リカード」と「穀物法」論争‐経済思想に強くなろう3

古典派の完成者といわれる「リカード」の思想を理解しよう

前回は「アダム・スミス」について、彼の著作である「国富論」と「道徳感情論」を中心にみてきました。

そして今回は古典派経済学の完成者といわれる「リカード」について、彼の遍歴と共にみていきたいと思います。

ポイントとしては、彼と知人の経済学者達の「論争」を通じて、彼らの思想を理解しつつ批判的に考えることです。

リカードと「ロスチャイルド」家

デイビッド・リカードはイギリス「古典派経済学」の完成者とも呼ばれるユダヤ系の経済学者です。

主著には『経済学および課税の原理(初版1817年)』があり、これは現代でも経済学者の必読の書として沢山の言語で翻訳出版されています。

リカードを初め「人口論」で有名なマルサスやジョン・スチュアート・ミルの父親であるジェームズ・ミルなどは当時から不況の原因などについて論争をしていました。

当時はいわゆる「学会」がなく、経済学の「同好会」や「クラブ」に類する集まりが存在していました。

そこでリカードなどの経済学者は様々な専門家と議論を重ねることで自らの学説を洗練させていきました。

そして実務の面でも、彼はわずか14歳にして家業であった「証券仲介業」を父親から引き継いで行っていました。

つまり、理論面だけでなく実務の面でも、とりわけ突出していた人物だったのです。

このように数学や科学が好きな非常に優秀な青年だったわけですが、21歳のときにユダヤ人ではない女性と恋愛関係になります。

このため家族と絶交した後、ユダヤ人社会からも離脱してしまいます。

しかし既に家業である証券仲介のノウハウをもっていた彼は、当時ヨーロッパ全体が巻き込まれていた「ナポレオン戦争」の際に巨万の富を得ることに成功します。

今で例えるならば、大学生時代に億万長者になるようなものです。

ちなみに、彼は元ユダヤ系であるにも拘らず、商売上の最大のライバルはあの「ロスチャイルド家」でした。

「ロスチャイルド家」については、「お金」についての考え方や哲学について非常に勉強になるので別記事で取り上げますが、いずれにせよ、リカードは当時絶頂期ともいわれるロスチャイルド家に実質的に負けてしまい、そのまま商売の世界から身を引いてしまうのです。

具体的には時のイギリス政府から国債を引き受ける権利を巡っての争いだったわけですが、これには多分に政治的な駆け引きや組織力が必要とされるため、当時まだ20代前半だったリカードは脆くも敗れ去ってしまったわけです。

そこから彼の経済学者としての本格的な人生が始まります。

リカードと地金論争

リカードが本格的に経済論壇に登場するきっかけとなったのが、彼が避暑地で手にしたアダム・スミスの「国富論」でした。

彼は「国富論」におけるアダム・スミスの主張に魅了され、ますます経済学の道に傾倒していったのです。

当時はいわゆる「地金論争」という、ある経済現象の原因に関わる論争が論壇で一種の流行となっていました。

当時のヨーロッパはフランス革命後にナポレオンが台頭してきた頃です。この時期はイギリスでも経済が非常に不安定になっていて、金と正貨を兌換(だかん)する制度がうまく機能しなくなっていました。

兌換(だかん)とは、要するに取り替えたり引き換えたりするという意味です。

当時イギリスでは、金本位制の奔りともいえる金と貨幣を兌換する制度が存在していたのですが、特に1791年から1821年まではこの兌換自体が停止されていました。このため、国際的な信用取引が著しく不安定なものになっていたのです。

なぜならば貨幣の信用を裏付けるのが、公に価値が認められている「金」との交換が可能であるという事実だったわけですから、金との交換が不可能になれば貨幣自体の信用は揺らいでしまうからです。

それに伴って「金」の価格が高騰し、物価も上昇の一途を辿りました。一方、一般貨幣であるポンドは著しく価値が下落しているインフレの状況だったわけです。

これらの現象の原因を巡っての論争が、いわゆる「地金論争」といわれるものです。

当時の「イングランド銀行」は、市場のニーズに合わせて通貨を発行しているのだからこちらには何の問題もないと主張していました。彼らは、作物の不足や輸入の増加が、さきの経済現象の原因であると言っていたのです。

この主張に対して敢然と反論を試みたのがリカードでした。

彼は、イングランド銀行が貨幣を過剰発行しているためにインフレが発生しており、金価格も貨幣に対して相対的に暴騰しているのだと主張しました。

同様に、異常なポンド安も中央銀行であるイングランド銀行の政策の失敗であると糾弾したわけです。

結論をいえばリカードの主張が全面的に正しいわけであり、当時のイングランド銀行は金融政策を完全に間違えていたわけです。

ちなみに国と年号とインフレとデフレを入れ替えると、つい最近までの我が国と瓜二つのような経済状況であり、中央銀行の政策失敗まで一緒であることを考えると、やはり経済というものは繰り返すものであると感じます。

また国は違えど中央銀行の「言い訳」も当時から全く進歩していないようにしか思えませんが、この辺りは本筋ではないので割愛します。

リカードと「穀物法」論争

さきの地金論争に伴って、リカードは様々な経済学者とも論争をするようになります。

特に有名なのが、いわゆる「穀物法」に関しての論争でした。

「穀物法」は当時の政界で100年近くもの間、議論の絶えなかったトピックであり、これについての論争を通じて現代経済学が発達してきたといっても過言ではない程の重要なものです。

そして「穀物法論争」は1815年にリカードとマルサスやその他の学者達の間で勃発した論争で、これはリカードが「穀物の低価格が資本の利潤に及ぼす影響についての試論」を発表したことがきっかけでした。

当時のイギリスでは穀物の値段を保護政策の一環で高めに設定していましたが、リカードはこの政策に異を唱え、穀物を低価格にする方が経済全体にとってプラスになるのだということを同試論で展開しました。

これに対してマルサスの陣営は全く違う結論を導き出し、リカードと激しく論争しました。

彼らの主張を簡単に要約すると、マルサスは穀物法に賛成で保護貿易論者でしたが、リカードは穀物法廃止論者であり自由貿易賛成派だったのです。

当時、ナポレオン戦争の影響で穀物の価格が約半分にまで低下しており、地主や議会勢力に対して著しい打撃を与えていました。

当然、地主達は穀物法を盾として、穀物価格の高値維持を声高に議会などで主張するわけです。

そういった勢力に対して、リカードはさきの試論で自由貿易を主張しました。

即ち、貿易を自由化すれば穀物が海外から入ってくるので価格は低下するが、それが却って資本家の利潤率を高めることになるという主張です。

それが地主以外の資本家階級や労働者

つまり、穀物法自体は地主階級の利益にしかならないが、貿易が自由化されて穀物価格が低下すれば、地主以外の全ての階級が恩恵を受けることができると説いたわけです。

 

リカードと「差額地代論」

穀物論争時にリカードが設定していた命題は、いわゆる「差額地代論」といわれるものですが、これは「限界地」での投下労働量で交換価値が決まるというものです。

やや難しい表現になっていますが、簡単にいえば、それぞれの土地の生産性には差があるので、労働者が土地の所有者に地代を支払って穀物を生産している場合、穀物の価格は一番生産性の低い土地(これを「限界地」といっています)での生産に見合うように決まるという説です。

この前提には、生産性の高い土地から低い土地へと耕作が進んでいくという仮定が置かれています。

そしてもう一つ、リカードは「賃金と利潤の相反関係」についても言及しています。

これは次々に土地の耕作が進むにつれて、地代が上昇し、それにともなって土地を耕すために投入する労働力の量も増えていきます。

そうすると、差額地代論に従って一番肥沃な土地から貧しい土地に向かうに従ってどんどん地代が上がっていくことになります。それによって、資本家の利潤が圧迫されていくという主張です。

どういうことかというと、土地を耕して穀物を生産しそれを売ったものが資本家の総利益なわけですが、そこから地代を払い、耕作人に賃金を払った残りが利潤となります。

従って、生産性の低い土地に耕作を増やしていく分の地代の上昇と難しい土地を耕すためにかかる耕作人に払うための賃金の上昇の結果、利潤がどんどん圧迫されていくことになるわけです。

リカードは、これが行き過ぎると最終的には利潤がなくなってしまい、資本家は土地を借りて農産物をつくること自体を辞めてしまうような長期的な停滞に陥る危険性について示唆しています。

これを回避するために、リカードは貿易の自由化を主張します。

貿易の自由化によって穀物価格が低下し、それが賃金の低下の誘引となります。

それによって利潤の圧迫が回避され、それがイギリスの全産業の成長を可能にしていくというのが彼の主張の趣旨でした。

リカードはこれによって、世界で始めて「階級利害の対立」について言及した経済学者ともいわれます。

即ち、階級利害のかたちでの所得の分配とアダム・スミス以来の成長論を結合をしたのが彼だったわけです。

無論、彼の説には「最劣等地は地代を生まない」などの誤った前提を用いている場合もありますし、ここでは述べなかった「投下労働価値説」などは、現代の視点からみれば明らかに

間違っているだろうと思われる主張もあることは確かです。

ですが、当時のイギリス社会において「貿易の自由化」を訴えることはかなり革新的なことでしたし、別記事で詳しく書いた「比較優位」説などはリカードを自由貿易論者として世界的に有名にしました。

また、後に登場するマルクスなどとは違い、階級の利害対立をいかに調和させるかを念頭に理論を展開していた人物であったともいえます。

このようなリカードの主張を踏まえたうえで、次回は、彼の主張についての批判とそのポイントとなる「セイの法則」を生み出した「ジャン=バティスト・セイ」についてみていきたいと思います。

「リカード」について学ぼう

経済学を知っている人ならばある程度馴染みがある「リカード」ですが、この分野に興味のない人にはあまり知られていないと思います。 しかし現代の経済を語る上でもリカードは非常に重要な経済学者です。 興味のある人は、リカードをはじめ「古典派経済学」全般についても勉強してみると面白さがわかると思います。 ※参考文献一覧 デイヴィッド・リカード「経済学及び課税の諸原理(kindle版)」吉田秀雄訳. ロバート・L. ハイルブローナー(2001)『入門経済思想史 世俗の思想家たち』八木甫ほか訳,筑摩書房. ナイアル・キシテイニー(2014)『経済学大図鑑』小須田健訳,若田部昌澄監修,三省堂.

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でお金が無い.jpをフォローしよう!

「リカード」と「穀物法」論争‐経済思想に強くなろう3
Reader Rating 3 Votes