「確率」のお話‐確率論を知って「投資」に強くなろう!

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「確率」に関する様々な論点を学んで、正しい結論を出すための参考にしよう

 「確率」といえば、学校の数学の時間に勉強したことを思い出す人も多いでしょう。

よく出てくるのが「くじ引き」や「組み合わせ」、あるいは「サイコロ」についてだと思います。

人によってはかなり苦手意識をもっている人もいるかもしれません。
 

今回はこの「確率」に関して取り上げます。

実は「投資」の世界でも「確率」についての知識やスキルは必須であり、自らの「資産」を増やす上でも知っておいて損はない内容です。

「株価」と「確率」

 

「証券投資」の世界において「確率」といえば、ほとんどの場合「当該証券の値段の上昇や下降」について分析するときに使います。

そのため安定した「投資」を行う上で、「確率」について考えることは避けては通れません。
 
そこで、「株式」を例に「確率」を考えてみます。
 
たとえば将来、A社の株価が1/2の確率で13000円になり、1/2の確率で8000円になるとします。

同様にB社の株価は確率1/2で18000円、確率1/2で7000円になるとします。
 
両者の現在の株価が同じ10000円だったとすると、「バラツキ」が大きいのはB社ということになります。

言い換えれば、B社の株の方が「リスクが大きい」ということです。なぜそういえるのでしょうか?

それを理解するためには「期待値」や「分散」、「標準偏差」について理解する必要があります。

「確率」と「期待値」・「分散」

「証券投資」における「リスク」を正しく認識するために必要となるのが「期待値」という考え方です。

これも数学の時間に勉強したことを思い出す人も多いと思いますが、簡単にいうと「将来の値の平均」のことです。言い換えれば、将来期待できる値という訳です。
 
先の例の場合、A社の株価の期待値は、「1/2×13000+1/2×8000=10500円」となり、B社の株価の期待値は「1/2×18000+1/2×4000=11000円」となります。

これにより、B社の株価の方がA社の株価よりの「期待値」が大きいことがわかります。

B社の方が「リスクが大きい」にも拘らず「期待値」も大きいというのは違和感があるかもしれませんが、「証券投資」の世界における「リスク」とは「バラツキの大きさ」のことですので、表現上、問題はありません。
 
そしてこの「バラツキ」を統計学では「分散」や「標準偏差」で表します。

ちなみに「バラツキ」のことを「偏差」ともいい、平均値からの差を表します。

「偏差」は平均値より大きければプラスとなり、逆に小さければマイナスになります。

ちなみに「偏差」を全て足し合わせると必ず0になります。
 

「分散」というのはこの「偏差」の二乗を足し合わた数値を、全体のサンプル数で割ったものであり、「平均を中心として、そこから結果にどれぐらいのバラツキがあるかを示す指標」です。

そして「標準偏差」は、「分散」の平方根の値となります。
 
上の例で、A社の株価の「分散」は、6250000(※)となります。

そして「標準偏差」は、分散の値の平方根なので2500円です。

(※計算式は「1/2×((13000円-10500円)を2乗したもの)+1/2×((8000 円-10500円)の2乗)」
 またB社の株価の「分散」は、32500000(※2)となり、「標準偏差」は、約5700円となります。

(※2計算式は1/2×((18000円-11000円)を2乗したもの)+1/2×((7000円-11000円)の2乗))」

 つまり、B社の株価の方がA社の株価より値の「バラツキ(分散ならびに標準偏差)」が大きいことがわかります。

今の両社の株価が同じ10000円だと想定すると、以上の計算からB社の株価の方がA社株価より期待値も大きく、株価のばらつきも大きいということになるのです。

これをB社の株はA社の株よりも「ハイリスクでかつ、ハイリターンである」といったりします。

 ちなみに上記の例をみればわかるように、「分散」はその算出過程でプラス・マイナスの効果を排除するため2乗しています。

従って、今回は株価のバラツキだったのでほとんど関係ありませんが、これが仮に長さのバラツキであれば、長さの2乗(例えばmmの2乗など)の単位を持つようになってしまいます。

しかし通常長さなどの「バラツキ」を判断する場合、同じ長さの単位で評価する方が判断しやすいため、一般的に「バラツキ」を表すときは、「分散」の平方根である「標準偏差」が用いられます。
 
さて上記の例において、投資家はA社の株とB社の株、どちらに投資するでしょうか?

「分散」と「標準偏差」の計算により、B社の株の方が「ハイリスクで、かつハイリターン」であることが明らかとなったとしても、投資家によってはB社の株はリスクが高いから投資しないと判断する人もいれば、「リターン」がいいから投資しようと考える人もいるでしょう。

様々な状況によって、あえてリスクを取りにいく場合もあれば、リスクを避けようと考える場合もあるでしょう。
 
このように、「確率」を用いて投資対象のリスクに関する選好を理解したり、実際に投資対象の判断に役立てることができるのです。

 

「確率」判断を支えるもの

 
ここからは「確率」を考えるうえでの注意点を挙げたいと思います。
 
たとえば一般的に、印象的な体験をすると多くの人はそれを信じてしまいます。

その印象的な体験が無意識のうちに「確率判断」に影響しているということは、意外によくあるものです。

そのため、できるだけそういった「バイアス」を取り除いて客観的な判断をする必要があることはおわかりになるでしょう。

 そこで問題となるのは、そもそも私達はどのようにして出来事の生起確率を判断しているかということです。

一番確実なのは、起こりうる可能性を全部数え上げて確率を計算することです。

先ほどの株価の例のように、起こる結果が予め全て分かっているのならば確率を計算することは容易です。

そこに余計な「バイアス」はほとんど入り込む余地はありません。
 
しかしそんなことは通常ないといっても過言ではありません。

なぜならば、現実世界において全ての可能性を挙げようとすれば、大変な時間がかかってしまうことが多いですし、ほとんどの場合それは不可能だからです。
 
そこで、私達はこれまでの経験や知識をもとに、より簡単なやり方を使って「大まか」に確率判断を下すのが常です。

たとえば、直感的に「今度の日銀の金融緩和は8割がた行われるだろう」などという予測を立てることがあります。

この場合、人はこれまでの知識や経験、または現時点で入手可能な

情報をもとに意識的ないし無意識的におおよその確率判断をしているということになります。
 
このようなやり方を「ヒューリスティクス」といいます。より厳密に言えば、正確な解答を得られるわけではないものの、相当のレベルまで正解と思われる答えを出すことのできる方法のことです。これを心理学的に解釈し、人間が意思決定を行う際に用いている、不文律や暗黙の基準を指すようになりました。

「確率」と「利用可能性」

「ヒューリスティクス」は「利用可能性」と「代表性」の2種類が代表的なものです。

 まず「利用可能性」についてですが、これはその結論を導き出すために、どれだけの実例を思い出せるかを基準に発生確率を推し量る方法です。論理学にひとつの結論を様々な事実の共通点を見出すことによって導き出す「帰納法」というものがありますが、まさにそのアプローチの応用といえます。
 
この方法の利点は、実例が思い出せる限りにおいて、様々な場面で応用可能だということです。

しかし逆に言えば、ほとんど実例を思い出せないような場合はあまり利用できないということです。
 
私達は、すぐに利用できる情報(周囲にある情報から頭の中に記憶されている情報まで)がどれだけあるかをベースにして、全体としてどれぐらいの頻度で生起するかを見積もっています。

人間はこの「利用可能性(ヒューリスティクス)」を使うことによって、ある程度まで正確な確率を見積もることができます。
 
ですが、やはり完全な事実に基づいて結論を出しているわけではない以上、誤った結論を出してしまうことがあります。

私達が「利用可能」な情報がメディアなどによって歪められた情報ばかりだった場合や、マスコミに報道される回数に大きな開きがある場合など、正しい結論が出せないこともあります。

 たとえば、かつての「ナチスドイツ」の蛮行は、毎年のようにテレビなどで私達の「反省や教訓」として番組が組まれます。しかし、旧ソ連や中国など「共産圏」の国が行った虐殺や異常な国策に関して取り上げる番組はほとんどありません。
 
おそらく今の我が国で「ナチスドイツのヒトラーと旧ソ連のスターリンはどちらが多くの人を殺しているか?」という質問をしたら、「ヒトラー」と答える人がかなり多いのではないでしょうか?

実際は「スターリン」の方がヒトラーの2倍ないし3倍以上の多くの「人民」を殺しています。

ちなみに中国共産党の「毛沢東」の方が虐殺した人間の数は遥かに多いです。
 
このように、判断の基準となる情報に偏りや誤りがあると、正しい判断が出せなくなってしまいます。

「利用可能性(ヒューリスティクス)」を使って重要な決定をしようとする場合は、利用可能な情報がメディアなどによって偏ったものにされていないか十分注意する必要があります。

「確率」と「代表性」

 
もう一つの「代表性(ヒューリスティクス)」ですが、これはある事象がどれぐらいの発生確率をもっているかを考える場合に、その事象に典型的な特徴を持つ事実に対して過剰に反応してしまうことをいいます。

要は「代表的」なものや「目立つ」ものほど「よくある」と思い込んでしまうということです。

 たとえば、近所で火事が頻繁に起こっていると仮定して、その原因として「放火」の可能性がでてきました。

ここでもし放火の容疑者として「スーツを着た一般の社会人」と「いわゆるヤンキー系ファッションの少年」の2人が挙げられた場合、どちらがより犯人であるとされやすいのでしょうか?
 
おそらく直観として「少年」と思う人が多いでしょうが、実は集合論などで考えると、そのような服装をした「少年」の母集団は、「一般社会人」の母集団より少ないことがわかる筈です。

確率論で考えるならば、当然「一般社会人」の方が可能性としては高くなる筈なのですが、「少年」はそのファッションに対するイメージや特徴が、放火という犯罪を犯しそうな典型として認識されやすいために、多くの人が自らの「主観」以外の根拠がなくても、「少年」を放火犯として選んでしまうわけです。

 これは言い換えれば、人間が何かを認知する場合に、それが常に自分のもっている「前提認識」や「思い込み」とどれぐらい類似しているかを判断基準にしてしまいがちであることを表しています。
 
正確な「確率」判断をする場合には、その基準となった「前提認識」や「概念」あるいは「典型例」が適切であるかに注意しなければなりません。また客観的に考えて妥当な「確率」判断をしているかを常に意識し、「代表性」に固執してしまっていないか、自分自身を省みる必要があるのです。

8)

「確率」に詳しくなろう

「確率」を判断する際には、「期待値」や「分散」などの考え方を利用して、できるだけ「論理的」に結論を出さなければなりません。   また、このような技術を使わない場合でも、「利用可能性」や「代表性」などの確率判断を誤らせやすい「ヒューリスティクス」の特徴には注意しなければなりません。 ※参考文献一覧 E.B.ゼックミスタ・J.E.ジョンソン(1996-2002)『クリティカルシンキング‐入門編』(宮元博章・道田泰司・谷口高士・菊池聡訳) 北大路書房. E.B.ゼックミスタ・J.E.ジョンソン(1997-2002)『クリティカルシンキング‐実践編』(宮元博章・道田泰司・谷口高士・菊池聡訳) 北大路書房.

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