貧乏でお金がない家庭で育ったからこそ学べたこと


『夢の国で・・・お金がない!!』

修学旅行、それは中学校生活最大のお楽しみ行事。仲良しの友人と三日間、お風呂も食事もずっと一緒。それが、人生初の東京!しかも出来て間もない某テーマパークとなると、ワクワク感はもう最高潮!!
そんな楽しい一大イベントで私が遭遇した『お金がない』涙々のエピソードをお話させていただきます。

■一大イベント!修学旅行

修学旅行、しかも行き先が花のお江戸、東京にとなると、関西の田舎町育ちの私たち中学生だけでなく、まわりの大人たちにも大事件。去年までは船で行く「九州めぐり」だったのが、私たちの代から変わったのです。
まだ走りだった新幹線での移動も、皇居や国会議事堂もそっちのけで、みんなの興味は出来て間もないやっぱり某テーマパーク!身近で行った事のある人はほとんどいなかったし、今のように気軽にネットで検索できる環境でもありませんでした。とにかく、未知の世界で、噂と期待だけが一人歩きしていました。
母は会う人会う人に私の修学旅行の話をし、親戚中に電話をしました。聞かされた側も、小学校の伊勢旅行の時とは明らかに反応が違いました。近所のおばちゃんに「○子ちゃん修学、旅行東京なんやてなあ。ウチの姉ちゃんもうらやましがってたで」と話しかけられることもしばしばありました。

■人生初!大金が舞い込んだ!!

かくして私の元には、親戚以外にも、母のパート仲間や父の将棋仲間、近所のおっちゃんからも「お餞別」という名のおこづかいが続々と集まってきました。学校側からは「3000円まで」と決められてはいましたが、みんなこっそりと多めに隠し持って行くつもりでした。
毎年貰うお年玉もすぐさま「将来の為の貯金」と母に没収されいた私にとって、生まれて初めて持つ大金。「お選別返し」の使命がある私は、1万円ほど持参する事にしました。お財布には決められた額の3000円を入れ、まわりの友人たちに習って荷物の中に隠し財産7000円を忍ばせました。先生たちも、そこは暗黙の了解、知ってて許してくれていたのだと思います。
ボストンバッグの中の7000円は、そんな小さな嘘とみんなの愛情もあって、とても特別なものに感じました。

■ついに来た!夢の国!

いよいよ夢にまで見た修学旅行の日がやって来ました!実は人生初の新幹線、車中も友人たちとのおしゃべりに花が咲き、初日の遊覧船や白糸の滝もハイテンション!宿泊先の旅館でも、お約束の枕投げをしたり、先生に見つからないよう男子の部屋に行ったり、布団の中で好きな子の話をしたりと楽しく過ごしました。
そして、みんな明日の某テーマパーク行きを前に、興奮していました。

二日目は、午前中観光して食事を摂り、それからやっと、お目当ての某テーマパークへ!前日からみんなお土産もの屋さんはスルーで、ここまでお金は取っていました。
だって、あの夢の国なんですもの。なんで午後からなんだととブーブー文句言っていた私たちでしたが、お城が見えた瞬間、もう嬉しくて嬉しくて・・・。パーク内で出会うキャラクターたち、おとぎ話の世界のような景色に、もうテンションはMAXでした。
少ない時間で効率良くまわらないといけないし、お土産も買わないと!とりあえず耳のついた帽子を買って、あとはとにかく早足で移動、今思えば本当に若くて元気でしたね。パーク内を駆け回りってお目当てのアトラクションを楽しみ、集合時間よりかなり早めにお土産探しの買い物に向かいました。

■可愛いグッズにうっとり!念願のショッピング!

これが一番の楽しみ!と言っても過言ではないくらいのお土産探し。当時私たちの地元ではまだ、可愛いグッズが買える場所も少なく、店内はまるで宝箱のように感じました。
自分で使うステーショナリーはもちろん、最後まで、「私の時は九州だったのに!」と文句言ってた姉にはいっぱい注文されていたし、おばちゃんにはこれ、母にはこれとウキウキしながらカゴに入れていきました。たっぷりあると思っていた時間ですが、あっという間に過ぎて行き、のんびり屋の私は、とっくにレジを済ませた友人たちに「集合時間遅れるで!」とせかされてやっとレジに向かいました。
ちゃんと頭の中で計算してはいましたが、お金は足りるのかと少し緊張しながら・・・

そしてそこで事件は起こりました。

■な・・・ない・・・!お金がない!!!

ない・・・入れたはずのお財布がないのです。
もう一度、見ても、ポケットにも、どこにも・・・胸がバクバクして、喉の奥がザラザラとして来ました。
なんで?どうして?だって帽子買った時はあったよ?そんなはずはない・・・
友人も一緒に探してくれましたが、ありません。レジのお姉さんは困った顔もせずに待ってくれていましたが、一向に見つかりません。私たちは大パニックになっていました。
引率の先生も近くにいないし、友人たちはみんなお金を使ってしまっていたし。そして何より、集合時間はもうすぐでした。
私は観念して、「あ、すみません、買えないです・・・」と伝えてお店を出ました。

■人生最大の悲しみ

大人になった今にして思えば、先生を呼び出してもらったり、事情を話して後日郵送してもらったり出来たのかも知れないのですが、なにせそこは中学生。絶望感でもう脳内フリーズ・・・
レジのお姉さんが出て行く私に何か言ってくれてたのも全く耳に入りませんでした。友人たちも、何と声をかけていいのかわからず、みんな無言でした。
集合場所では、ヤンキーの子も、根暗な男子ですら、みんな笑顔で大きな袋をぶら下げていました。うつむいて手ぶらなのは私一人・・・そんな私を見て驚いている先生に、友人たちが事情を説明してくれて、先生があちこち問い合わせてくれてはいましたが、そのまま出発となりました。
みんなとはしゃぐことも辛い私は、移動のバスの中で寝たふりをして過ごしました。でも、目を閉じると、お餞別をくれた人たちの顔が次々と浮かんで来て、余計に悲しくなりました。
ああ、みんなの好意を台無しにしてしまった。
姉は意地悪く笑うだろうか。母はいつものように「あんたはほんまにボケてるなあ」と呆れるだろうか。父は何も言わないだろうな。でも、将棋にお土産も持たずに行って何て説明するんだろう・・・
いろんな想いがグルグルとまわり、いつの間にか本当に寝てしまいました。

楽しいはずの修学旅行で「お金がない」なんて・・・

まとめ

あの後、アトラクションの椅子の下に落ちていたらしいお財布は、キャラクターからの手紙と共に無事手元に帰ってきました。そして、先生とパーク側の配慮で、選んだお土産たちも郵送されて来たのです。おかげで私は「お餞別ドロボー」の不義理をしなくて済んだのです。
あれから今まで生きて来て、一人暮らしで「お金がない!食べ物がない!」なんてことも多々あったし、レジで「クレジットカードが期限切れ!」なんてこともありました。
でもやっぱり、まだ14歳だった「あの日」が一番。
みんなが笑顔のあんなに楽しい場で「寝たふり」しないといけない程、辛い出来事なんてそうそうないと思うのです。

編集後記

今では母となり、子ども達を連れて訪れる「思い出の場所」。可愛い帽子をかぶってはしゃぐ制服姿の学生たちを見る度、あの日の出来事が昨日のことのように浮かんできます。そして今でも、あの日の幼かった自分が懐かしく、くすぐったい気持ちでいっぱいになるのです。
「いい思い出」とは、30年以上経った今も、言えませんけどね!

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