お金がない時の過ごし方『暇なのは自分ではなく相手』

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多少はかかるけど

都会の中心部に行くための交通費。
人がたくさん集まりそうな場所で長居できる喫茶店かファミレスかあるいは駅の待合室でもいい。
そこで飲み物を飲むための使う小銭。
これだけあれば相当楽しめる。
ちょっと意外かもしれないけれども、学生時代よくやった勉強方法です。
持ち物はコピーして使わなくなった裏が白い紙数枚とペン。
後は携帯電話くらいでしょう。
何の勉強か?
人間観察です。
その1000円にも満たないような準備金があれば、かなり大収穫になるかもしれません。

気分はまるで作家

作家はよく喫茶店で情報交換をしたりします。編集者、知人、友人、情報提供などのモニターやヒヤリング。
時には人間観察をするのにうってつけとも言われています。
様々な人がその場所で落ち合い、意外と聞こえてくるその話の内容に執筆のヒントが生まれるそうです。
そんな便利な場所を有効利用をしない手はありません。
シンガポールに旅行をした時、店の前にとある老人が無表情で立ちすくみ、道行く人を見ていました。
次の日も見ると同じ人がいました。気になりどうしてそこにずっといるのかを尋ねると、人を観察しているといってました。
人は面白い。それを見ているだけでまるでテレビを見ているみたいに楽しめる。
どんな気持ちでそうしてるのか推し量ると本当に愉快だといっていたのが印象的でした。
そうした人間観察をわずかな金額で出来るというのはありがたいです。

何のために?

別に作家になるためにそうした場所に行く必要はないです。またそうした場所にいったからといって作家じゃないですから観察は
不必要かもしれません。
また、そこ以外でもどこでも観察は可能といえます。
ただし、シンガポールのようにただ町で立っていては今のご時勢でしたら通報されます。
渋谷の待ち合わせ場所ぐらいでしたら可能ですが雑音がひどすぎて声まで聞こえません。
観察等必要ではないという人、是非そうは言わずにやってみてください。
理由は、発見が多いのです。
普段自分が思っていたことや、とっていた行動と比較することはとても参考になるんものです。
それは、実は自分を良く知ることにも繋がってきます。

比較

自分を客観的に知るって言うことは、これからどう進んでいくかの大事な指標になるはずです。
地図を見る時今どこにいるのかのポジションを確認しますよね?
むやみやたらに進むということはまずないはずです。
そのポジションをつかむために高い所に立ってみたり、目標物を探してそこに近づき今どうなのかを探る。
其のこと自体は当たり前の行動ですが、自分の人生ということにお置き換えて考えた場合、そのポジションを確認するということは実際にはないと思いませんか?
長い人生何があるかわからないし、目的目標もどんどん変わるし、否、そのゴールすら決めてはいないという方が適切かもしれません。
医者になる、弁護士になる、スポーツ選手になる。結婚する。会社員になる。
それぞれ目標は立てます。でも目的ではないですよね?その目標の達成の後はなんだか惰性で生きているようで張り合いがない。
そういう迷った時が実はポジショニングが必要になっているときなのかもしれません。
ポジショニングは目的がなければ意味を成しません。
そこを何故抜け出すのか?抜け出したいのか?
目標は「向かう先」です。
目的は「何故か」です。
二つとも同じような方向性をもったものですが、そもそもコンセプトが違うのです。
お金がないということを考えた時、何故ないのかを考えることは皆さんします。
入ってくることばかりを考える癖がついてしまっているからです。
それはどこに向かうかを考えずに何に乗るかを考えて地図を見ているのと同じです。
行き先もなく、船を選び、車を使い、飛行機に乗る。
目的を持っている人から見たらおかしすぎる方法です。
あそこに向かうために便利だからアレに乗ろう。そしてあそこに待っているものは私たちの幸せだ!という簡単な図式を説明できないだけなのです。
そうした自分のおかしさを発見するために地図を持っていて進んでいる人、そうではなくただ持っているだけで何もしていない人をたくさん観察する。
比較をするだけで見えてくるかもしれないのです。

人を見るときのポイントは?

中々本音というものは見えてきません。
仲のいい人同士の中であっても、別の人への不平不満を言っていた時、その人の本音っぽく聞こえてて来ますが、話している相手に対しても、
本来の自分とは違う自分を演出していると思います。
家族に対してでさえ演出することもあるくらいです。
冷静にその人が話していることに耳を傾けていくうちにおかしなことがわかってきます。
あるいは「人はどうでもいいことをとやかくいっているんだなぁ」という場面が多々あることがわかってきます。
特別必要ではないことでも大げさに話したり、そんなに其の話題を広げる必要ではないのに、
いつまでも語り続けるなど、結局暇なのかと思うようなことが多々あります。
最後に「そんなに暇じゃないんだから私も、いい加減にしてよね」という台詞を聞いた時、飲んでいたお茶を噴出すかもしれません。
持って来た紙にそういうものをいっぱい殴り書きにしていくのです。
すると、たくさんのパターンが生まれてきます。
愚痴を言い続けるタイプ。
自慢話を言い続けるタイプ。
人の話ばかりを聞いてるタイプ。
次に今度はテーマを決めて聞いてみるのです。
不満をいう人はどんな人?
感謝をいい続ける人はどんな人?
たわいもないことで盛り上がる人はどんな人?
こうしたテーマに約束事や決まりはありません。
自分が気になったテーマですからそれでいいのです。
それを何日か続けると。それを書いている自分は何なのかわかってきます。
分析できる自分は何のためにそれをやるのか?
分析した結果自分には何が出来るのか?
そういうちょっとしたヒントが「お金のない」というネガティブな自分を脱却するチャンスに変わってくると思いませんか?

商売をしてる側からすると、消費者の生の声というのは非常に必要で重要です。
それをダイレクトではないにせよ、かなり広い意味で反映している声が観察で聞こえてきます。
必要とされている商品なのか、世の中に出てもいらないものなのか。
そういうことを考えている自分、其の考え自体が必要なのかどうなのか?
そんなコトを考えながら毎日を送っている人は成功を信じて邁進している人のようですね。

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