お金がなかったから「地下鉄サリン事件」から助かり得難い価値観が生まれました

お金がないので2駅区間歩く

お金がないと辛い思いもします。そのためバイトに行くのに二駅ほどの区間を歩いていたことがありました。心持ちとしては運動にもなるし、肥満も防げるということで交通費節約にもなり一石二鳥(最初に区間運賃を申告しておくことで定額の支給だったので)、毎日早めに家を出てテクテクと歩いて通勤していました。雨の日も風の日も、雪の降る日もです。東京の2駅区間というと、例えば千代田線の千駄木、根津、湯島といった短い区間もあります。といっても私の場合、荒川という大きな川の橋を渡らなくてはならないので大変な距離でした。そう、北千住という駅を目指して歩いていたのです。そこから日比谷線上り電車に乗るのです。中目黒行きで午前8時前後に秋葉原を通過します。そのためには毎日荒川を7時過ぎには歩いていなくてはなりませんでした。

運悪く靴の底がはがれる

平成7年3月20日(月)のことでした。時節柄そろそろ花見の季節だなぁ、と少し浮かれ気味の面持ちで、いつものように橋の上を歩いていると突然右足から靴が脱げてしまったのです。あれ?うは!靴底がベロンと、かかとからはがれてるではないですか。もう中間地点まで来てるのにどうしよう。駅に着いても早朝から靴屋さんなんか開いていません。たとえ応急修理ができたとしても大遅刻です。靴が・・・と、その理由を申し開きしたところで言い訳にしか過ぎず気まずい空気になること間違いなしです。第一そんな状態で仕事になんかなりません。

やむなく一時帰宅

さんざん迷ったあげく、家に帰って靴を履きかえることにしました。右足を引きずりながら戻ること30分。う〜ん、もう戦意喪失。すぐさま電話だけはしておかなくてはと受話器をとったはいいが、遅刻しますとすぐさま言えない気持ちに支配されて、いったん受話器を置いてしまいました。遅刻よりは休んだほうがいいかという思いにかられてしまったのです。靴をはきかえて遅刻してもいいじゃないかと思うでしょうが、実はこれまた情けない。その替えの靴がボロ過ぎて・・・

体調不良という理由でずる休み

そんなわけでずる休みを決め込んでしまったのです。でも・・・あーあ、これで一日分の稼ぎが飛んでしまった・・・。職場の信用も落とします。それだけじゃありません。靴を新しく買わないといけません。これが痛いのなんの。交通費を差額分儲けようとしたことが、かえって出費を招いてしまったのかと真剣に悩んでしまいます。しかも貧乏な上に仕事を休んでろくなもんじゃありません。自己嫌悪やら反省やら、半ばふてくされてゴロンと横になり寝てしまったのです。約4時間後、あぁ〜よく寝たなぁはいいが、何か後ろめたさとやるせなさ全開のままトイレに立ち、コーヒーを淹れテレビのスイッチを入れました。

え?まさか!!

まず目に飛び込んできたのは緊迫した様子のテレビ画面です。うん?何か事件かな?そう、この日は他でもない、あの地下鉄サリン事件その日だったのです。あのまま何事もなく出勤していれば、わたしは今この世にいないかもしれません。ちょうどその時間帯に地下鉄に乗っていた毎日だったのですから。普通に交通費などけちらず最寄りの駅から乗っていれば靴もはがれたりしなかったかもしれません。しかしそのおかげで、その後の20年を生きてこれました。

お金がなくともよいことは沢山ある。いや、なかったからこそ命を長らえられていると思えてきて、お金がないことを苦にしなくなった瞬間だったのです。

人生観が変わる

この機を境にわたしの人生観は変わりました。ある側面から見れば、辛い情けないみじめと思われることでも、ものすごくラッキーなことだってあるんだという開き直りです。人間、良い意味での開き直りができると堂々としていられるのです。人に後ろ指さされず、せいいっぱい生きて、それで、なおかつ貧乏ならそれを快く受け入れよう。そう思えてきたのです。

そうして何故か、どんな些細なことでも感謝する気持ちが芽生えてきて、貧乏であることがむしろ誇らしくさえ思えてくるのです。新約聖書にイエス・キリストの言葉がたくさんありますが、その中に「貧しき者は幸いなり」というのです。ははぁ、もしかするとこういうことを言わんとしたのではなかろうか。わたしはキリスト者ではありませんが、ききかじりとはいえ、なんだかキリストってはやり凄い人だったのだなと思えます。

お金がなくとも自分で世の中は変えられる

ある人が言いました。この世は仮想空間に過ぎないのだと。ヴァーチャルだと言うのです。仮想空間なのだから自分の考え方次第でどのようにも見えるというのです。つまり世の中が向こうから変わることはありえず、自分が変われば世の中が違って見える、変わるというのです。この人の言葉を聞いたのはずっと後になってからです。須藤元気という若い格闘家の言葉です。う〜ん、これまた凄い人がいるもんだなと思いました。この限りなくポジティブな考え方を身に着けていれば何も怖いことなんかないと思いました。

「お金がたんとなくとも人は幸せになれる!!!」と思うのです。

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