大学に入ったはいいけどお金が色々必要になり困った体験談

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大学に入ったけど授業料が当然要ります

高校を卒業した私は国家公務員なって上京、勤務は東京都目黒区、住処は横浜市緑区、田園都市線で通勤していました。

昭和55年ころ当時、7万円ほどの給与だったと記憶しています

実は大学職員だったのですが、夜間大学に入学して通うことになりました。

入学

兎に角、公立大学の方が入学金も授業料も安いと言うことで、勉学に励んだつもりですが、残念ながら国公立大学には落ちてしまいました。

でも私立でも入学金も授業料も安い大学がありました。なんとかそちらには入学出来ました。安いので貧乏公務員の私でも学費を払う事が出来て有りがたかったです。

東京田町駅から歩いてすぐの大学です、ちなみに慶応ではありません。

駅前には立ち食いに安い食堂が並んでいました。学食もありましたが、どちらも安かったなあ。

5時過ぎに仕事を終えて、目黒区の大岡山駅から大井町線で大井町に出て、京浜東北線で田町でした。

夕食をいただいて、確か授業が終わるのは9時だったかなあ。2時限しかありません、だから5年制でした。教職課程も取りました。

夏季の集中講座もありましたが、隔年の講義もあるので、一つでも落とすと卒業までに教職免許は取れなかったのでした。

部活動と課外活動

私はもともと運動神経が鈍くて、体育の時間が嫌いな子供でした。そんな私が唯一できたのが卓球、で、運動不足解消の為に卓球部に入りました。そこで一緒に卓球をやった後輩が漫画好きで、一緒に同人誌を発行することになる訳です。

また、入学した時の部長さんがやさしい良い人で、スキーウェアを貸していただいて、生まれて初めてスキーに行ってきました。一緒に行ったのは軟式テニス部の友人で、部室が隣だったというのがきっかけで仲良くなりました。

このスキーがきっかけでスキー大好きになって、その後何年もスキー場に通う事になります。

テニスの合宿にも行った事があります。その後、卓球部にはろくな人間がおらず、疎遠になっていきましたが、同人誌を作った友人とは今も連絡を取り合っていますし、テニス部の友人とは一緒にバイクのツーリングに行ったりと、こちらも今でも連絡を取り合っています。貴重な友人を得ることが出来ました。

いろいろな学生

夜間大学なのでいいろいろな方が通って来ます。昼間は働いて、夜大学に来る勤労学生はあたりまえ。正社員で働いてる人もいれば、バイトで食いつないでいる人も居ました。

年配の工場長さんも居ました。工場勤務の人も居れば、事務職の人も居ます。

いろいろな職業の人が集まっているので話をすると楽しい事もありました。

夜間大学の方が入学試験は簡単なので昼間の大学に入れなかった人が夜間に来ているというケースもあります。

教職課程

教職課程も無事に取れたので、5年の時は教育実習をしました。

付属中学・高校がありましたので、そちらで2週間の実習をしました。

先生と言うのは実は小さい子の学校ほど成るのが大変です。小学生は勉強だけでなく、人間としての教育もあるので、さらに勉強が必要です。

中学・高校の先生の免許はいただけました。大学の先生になるのが実は一番簡単みたいと聞きましたがほんとかなあ・・。

卒業

結局、この大学を卒業したのを機に国家公務員を辞めて、民間企業に入社しました。

その際、夜間大学は短大と同じ扱いだと言われて、ちょっと頭にきた私は、普通大学からの入社希望者と同じ試験を受けさせてくれと申し出で、希望通りとなり合格して、大学卒として入社しました。

夜間大学だからといってそういう差別はやめて欲しいものだと思いました。

しかしながら折角入社したのですが、家の都合があって1年で退職し、実家の長野へUターンしたのでした。

人生はどうなるのか、なかなかわからないものです。

それでもこの会社の一年は貴重な経験となっています。

まとめ

風の便りで母校の学費も随分と値上がりしたと聞きました。当時は私学で一番安かったのにね。で調べてみたら夜間部も無くなったとの事でした。これも寂しい話です。

なんだかんだで入学した夜間大学でしたが、いろいろな友人が出来ました。

音信不通になってしまった人も多いけどお互い様かもしれません。昼間の大学に通うよりも、良い勉強になったと思っています。

自分の子にもこんな経験をさせられたら良いと思いますが、きっとそうはいかないでしょう、今すぐお金が必要になりそうです。

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