自由人という名の束縛された人生の選択「楽しい人生とは?」

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自由という解放区で生きていく

自由≠束縛。

自由でありたい。束縛されたくない。そんな人生を自由きままに送りたい。

そう願いつつも、なかなかそうならないのが人生。なんの規則もなく、なんの束縛もなく、誰にも邪魔されず、誰をも邪魔せず、楽しい人生を送りたい。どうしたら、そうなれるのでしょうか。

自由とは〜自由人は楽しい〜

自由とは。責任がない。旅人みたい。束縛のない日々。規則に縛られない毎日。楽(ラク)。Etc…

学生は学校へ行く、そのことだけで、自由から遠ざかる。社会人は会社へ行く、それで自由は失われる。では、学生でもなく社会人でもなく、何からも束縛されていないグループだけが自由人の称号を得られるのでしょうか。

自由とは、とてもとても難しいのです。それは、心が持つものだから。時間があってもお金があっても、自由を感じられない人もいます。学校にいても会社にいても、のびのびと楽しそうな人がいます。自由なのか、鈍感なのか、はたまた我が儘なのか。自由人は楽しいはずです。気持ち次第なのです。

束縛とは〜自由人に課されるもの〜

自由人は自由でなければなりません。自由という規則の中で生きていかなければなりません。相反することですが、自由とは、簡単に得られるわけではありませんが、大きな心を持っていれば、自由を得る可能性は高いでしょう。

自由とは余裕の産物でもあります。余裕とは、裕福とは違います。心です。束縛されない心の持ち主が自由人になれるのです。しかし、自由な時間が得られた時、何をしますか?ぼおっとしたい。ですか?

したいですよね。

ぼおっと、何も考えることのない自由な時間、欲しいですよ。疲れた毎日を癒したいですよね。それは自由ではなくて、休憩です。自由とは、体を休めることではありません。自由人になるには、強い心が必要なのです。

自由人としての覚悟

何度も言いますが、自由人は自由でなければなりません。

自由である覚悟が必要なのです。誰かに頼ったりしてはいけません。誰かが負担を感じることをするのは自由人ではありません。ただの我が儘きままな人です。自由人という自覚をもって、のびのびと楽しく生きなければなりません。

自由人にも生活があります。お金を稼がなければ生きていけません。親のお金や遺産で暮らせる場合、それは自由ではなく、ただのすねかじりです。自由人が自由に生きるにも稼ぐことが必要で、それが辛いとか言ってしまうと自由人ではないのです。

自由に稼ぎ、自由に生きる、それが自由人なのです。自由人は覚悟して生きているのかもしれません。
 

本当の自由を求めて旅をする

束縛のない人生。そこには、人との出逢いや触れ合いはあるのでしょうか。たった一人で、誰とも何とも、関わらず、つながらず生きていくこと、って、難しいというより、無理ではないでしょうか。

人との出逢いがあり、つながりがあって、生きることは成立し、その生き方は、人との出逢いやつながりの形によって、大きく違ってくるものではないでしょうか。

上手に生きられれば、誰だって、悩まず苦しまず、楽しめるはずですが、上手に生きられないから、悩んで苦しんで、それを乗り越えた先に、きっと光が射す、と信じて頑張ったりします。

自由に生きるために頑張るのも、なんとなく変でしょうかね。自由人であるために、自由を得るために、きっと、努力するんだと思います。それも人生。

 

自由人の定義(Wikipediaより)

自由人の定義はWikipediaを引用しますと、「何ものにも強制されず自らの運命を自分で決めることができ、思いのままに生きる人もしくは人々。(奴隷と対置)」とあります。奴隷と対置ですから、奴隷じゃなければ自由人なのでしょうか。

そうかもしれません。奴隷制度があった時代、奴隷制度ではなくても、いつの時代にも階級の差はあり、下は上の言うことを聞かなければなりません。そのことが、既に完全な自由を奪っています。階級の差のない場所はどこでしょうか?

自由人でいるためには、組織から離れなければならないのでしょうか。

しかし、奴隷制度と比較すれば、今の世の中は、解放されています。自由に外を歩けます。自由に人と話すことができます。先人が辛い時代を乗り越えて、新しい時代を作ってきました。十分に自由です。奴隷と比べれば・・・

人はどうしても、誰かと比較をしてしまいます。

どうしても、隣の芝生は青く見えるのです。自由人になりたいですか?自由人になりたくないですか?自らの運命は自分で決めることはできます。努力が必要です。自由を得ることも自分が選ぶ選択の一つです。 赤ちゃんを産んだばかりのお母さんは、朝から晩まで、そして、夜中じゅう、産んだ赤ちゃんのお世話にために、自分の自由を奪われ、我が子のために尽くします。 将来、産んだ子の自由のために尽くすのかもしれません。産むのも産まないのも選択ですが、産めない世の中になっているのも事実です。自由人・・・憧れますが、簡単には、なれないものかもしれません。

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