貧乏とは資産のないこと?それとも収入が少ないこと?

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間違っていないか?貧乏の実態

「おれは貧乏だなあ…」そう感じる時はどんなときでしょうか?

六本木で飲んでいた時に、派手なロレックスに高そうなジャケット、美女を相手にクルーザーやら別荘の話をペラペラ披露…そんな男性を横目にしたとき、自分とは違うなあ…とがっかりすることがあるでしょう。

ところが、年収5,000万円あっても貧乏と感じている人もいるどころか、2億も5億もあっても貧乏、と言い出すひとがいる世の中です。本当の貧乏とは、どういう状態なんでしょうか?

貧乏とは、時代が決める

貧乏の反対は金持ち、です。金持ちとはどういう人を呼ぶのでしょうか?考え方のひとつに、どんな時代でも資産のある人を金持ちと呼ぶことがあります。資産というのは価値が下がらないものを指しますので、例えば「金」「お金」「不動産」といったものが代表的でしょう。

金は、金メダルの金のことです。金地金を家に置き、金庫にしまっている人がいますが、こういう人は金そのものの価値に惚れ込んでいるか、金を「保険」として考えています。そもそも、金地金を普段持ち歩いている人はいませんし、価値があるのはわかっていても、普段見たことのないものは、実感が湧かないものです。

金貨を集めている…という人は意外に多いのですが、だからといってお金持ち…という評価には結びつかないのは、取引されているのを見る機会がなかったり、1g単位での価値に、ピンと来ないことがあるからでしょう。

普段は古着屋で買ったようなシャツに、古ぼけたデニムパンツ、ヒゲもだらしなく伸び、乗っている車も錆だらけ…そういう人が家に金貨をジャラジャラ蓄えている…そういう人も結構いるようですが、こうした人たちは貧乏といえるのでしょうか?

要は、貧乏の定義は、その人が決めるのではなく、客観的な条件と時代が決める、と言えるのです。

子沢山貧乏って、本当?

子供が5人も6人もいる人が、たまにテレビに出ていることがあります。大阪府知事や大阪市長を務めている橋下弁護士には7人のお子さんがいるそうですが、7人もの子供を育てるにはそれだけの住居の広さや食費、学費などがかかります。

よく、一人の子供にかかるお金は、22歳までで1,500万円などといいますが、7人もいれば軽く1億円は超えてしまいます。

ですが、実際には7人にそれぞれ1,500万円を銀行口座に振り込み、そこから毎月何がしかのお金を引き出すようなものではありません。子供は成長とともに、時代とともにその時代に必要なものを与えられ、体験しなくてはなりません。例えばスポーツがそうです。

体力は何にも勝る将来の収入作りですから、健康面で強い肉体が必要になります。

野球もサッカーも水泳もさせてやりたい…そう考えると、お金はいくらっても足りないものです。

ですが、子供が7人もいれば、周りの人たちが「大変だね」と納得してくれるでしょう。5,000万円の収入でも出費が膨大ですから、金持ちとは言えないでしょうし、本人も貧乏だなあと感じているかもしれません。

ただ、子沢山は、貧乏であっても周りからは親切にされたり、喜ばれたりすることが多く、意外に貧乏という実感は別のものかもしれないのです。

貧乏とは「孤独」なこと

では、貧乏とはどういう状態をいうのでしょうか?一番問題なのが親の脛にかじりついている「ニート」という存在の人たちです。

親が元気で働いているうち、そして年金をもらっている間は、ニートで無収入でも問題はないかもしれません。ただ、親が高齢化して病気がちになり、家から出るのも大変になった場合、ニートである子供が無収入のままの場合が大変です。

社会とは関わりなく生きてきた人たちは、働くことや他人との意思疎通が億劫です。ですが、2ヶ月に一度必ず国から年金が支給されていたため、その範囲内で生きる術を磨いてしまった年月が長ければ、なかなか人生を変えることは不可能に近いでしょう。

親が二人とも亡くなってしまえば、もう収入はなくなります。

なあに、生活保護があるさ…という人も結構いるようです。

ですが、生活保護の目的は「障害を負ってしまった」「難病で働きたくても働けない」といった、相互扶助の考え方から始まったものです。

憲法に生きる権利として認められてはいますが、憲法には「勤労の義務」が明記されています。つまり、ニートの場合はこうした対象者に適合するかどうか、本当に大問題なのです。

 

考え方が貧乏

一方で、考え方が貧乏という人たちがいます。例えば、立派な家に住んでいながら、食生活には気を使わず、栄養バランスが悪い人たち。月の所得が200万円あっても、支払いが多くて借金が止まらない人たち。

医療費ばかりかかって、楽しいことができない人もいれば、お金を使いたくても、使えないように管理されてしまう人もいます。

こうした人たちの多くは「お金の価値」を自分で作っていません。誰もがアルバイトや就職で自活することで、生きる力を見つけていきます。

100円を稼ぐためには、その何倍もの努力が必要であって、その才覚は誰にでも備わっているはず。ですが、相続した財産が不動産賃貸であったり、株式の配当で、それも巨額である場合は、何もしなくても食べられることがあるでしょう。

そうした人々がお金を使うことで、世の中に仕事が生まれ、多くの人たちがお金を手にするチャンスがあるはずですが、どうしてもお金の動きが滞ってしまうことがあります。お金を稼ぐことが生きがいという人たちです。

何十億円もの資産があっても、それを使わずにより儲けることに集中する人たち。こういう人たちも、実は稼ぐだけの「貧乏」と何も変わりないのです。

貧乏かどうか、それは自分次第

お金で得るものは、最低限のインフラ。日本では健康や治安、水や水道、電気といったものは完全に整備されています。

ドイツで救急車を頼んだら、日本円で8万円の支払い請求があった、という日本人旅行者がありましたし、アメリカ・カリフォルニア州で盲腸の手術を受けた際の請求書には 160万円 と書かれていた、という人もいます。

それに比べて、日本はどうでしょうか?空気も水も十分にあり、労働意欲が高い人々の間で、貧乏になることは不思議なくらいです。チャンスはいくらでもあります。

まとめ

貧乏だなあ、と思うのは隣の芝生を覗いたからであって、日々生活で楽しいことや新たな発見があれば、貧乏とは言えないはずです。思考回路をぐるっと前方方向に変えれば、貧乏とは無縁な社会に出られるのです。

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