ホワイトデーにお金をかけないで過ごす過ごし方法


まさに、かもられちゃう?ホワイトデーのお金の使い道

バレンタインデーにいただいてしまった。

ならばそのお礼に、お返しというものが当然存在することはわかります。

もらった当日や後日という女性への返事をする風習です。

しかし、どういう流れかいつの間にか、3月14日という決まった日に返すというしきたりに変わってしまいました。

なるべくなら簡単に、あるいはお金もかけずに、さらに言えばどうにか逃れたい。

何かいい方法はないものなのでしょうか?

もらわない人はお金はかからない!それがホワイトデー

ホワイトデーにお金をかけないで過ごしたいのならば、そもそもバレンタインデーにプレゼントをもらわないということです。

あなたに思いを寄せている人が2月14日に言い寄ってきてプレゼントを渡そうとしても突っぱねて「いらない」と断るのです。

ただし、いきなりそれをやってしまうと、単なる感じの悪い人物だとして相手に印象づけられてしまいます。

またせっかく好意を持たれているのにお断りするのも気が引けます。

否、彼女がいない人にとっては願ったかなったりのシュチュエーションですから、断るなどもってのほかです。

ですから積極的にこの機会を利用し逃してはいけません。

でも実際にはそうした意中の人からの誘い水的なバレンタインプレゼントではない場合ならばやはり断るべきです。しかも傷つけずに。

そのために行う術は、金品のやり取りは遠慮したいというスタンスである自分を如何に演出していくかにあるのです。

日ごろからもらったりあげたりという行為をなるべくしない。とくにお土産の交換などは一切行わないという覚悟がなければ自分を演出できません。

あの人はこういうことに関してすごく嫌う主張があるから、そのこだわりを尊重しようと仲間内から噂されるくらいのことがなければ意味がありません。

付け焼刃で数日間そういうスタンスを貫くくらいではかえって仲間から嫌な奴だと煙たがられてしまうからです。

もらわない代わりにあげない、それもどうしてなのかまで相手に伝え続けなければなりません。

その理由がたとえば宗教上のでもかまわないですし、先祖からの遺言だでもいいです。

しかし、そうはいっても事情が事情のことも出てくるでしょう。

その場合には年に2回そして身内の諸事情の数だけということで断ってもいいでよう。

それはお正月と自分の誕生日、それから身内の誕生日と冠婚葬祭といった場面だけというのです。

これならば、いくらスタンスを貫いているといってもそのことが、自分の固持したことではなく理にかなった考え方なのだと伝わりやすいものです。

ここまでやれれば、バレンタインデーにもらうこともないわけですから、お返しも必要がなくなりお金を使うことすらありません。

もらってしまったけれど何とかお金をかけずホワイトデーを乗り切りたい

お金がかかっていたりかかっていなかったりということがあっても、人からものをもらうのに悪い気はしないのが普通の考え方です。

しかも、好意を寄せてくれている人からいただいたものならなおさらです。

そうはいても、お返しを考えることは重要です。

そもそもこの発想はどんな人でも常識として考えることでしたが、3月14日というこだわりはまたくなかったものです。

特に日本人にかんしては“ただより高いものはない”という考え方があるように律儀に色をつけて倍返しにする風習すらあります。

女性も自分があげたもの以上の価値如何によってなりふりを考えるという人すらいるそうです。

しかし、注意してほしいのが、あくまでもイベントとして成立しているホワイトデーは何とかお金を使わせようとする企業の思惑があります。

通常小銭で済む商品も形や見栄えを変えただけで数千円に跳ね上がってしまうことです。

女性の目を気にしながらのお返しほど試されていると思われるものはないです。

ゆえに、実際には心がこもったプレゼントに対する“プライスレス”なお返しがいちばんの方法になると思います。

思いやりのある態度や言葉はどれほどその人によい印象をもたらすことができるかです。

あげた人はお返しを期待しないことは0とはいいません。

しかし、高価なものをもらって喜ぶことよりも、どれほどあげた人への想いを大事にしてくれているのかの反応がみたいものです。

その形の一つとしてお返しがあるのです。

お返しの形

お金をかけない方法でたとえばこんな話があります。

ご近所で食材や調味料がなくなったので貸してほしいという場合があります。

金がないわけではないですし、たまたまの不測の事態というケースもあります。

いずれにせよ買にいくよりかは、ある程度の仲でしたら無償で貸してくれることを期待して行うやり方です。

しかし、借りた人はそのお返しに借りた以上のものを届けたがるものです。

わざわざ買ってきて返すことはせず、何か別の形で返そうとします。

それが借りた食材や調味料でその家庭で喜んでもらえそうな食品に変えて返す場合もあるでしょう。

あるいは、何か新しいものが手に入った際に、自分のところで試すことはせずまずその貸してくれた方に報告するなりして試してもらうといったことをよくやります。

その姿勢というのは、“他の誰よりもあなたに知らせることによって楽しさを分かち合いたいのです”という意味合いがこもっているものなのです。

実はこうした考え方が根強く日本人の想いの中にあることが、バレンタインデーやホワイトデーをより発展させていったようです。

「あなたの思いを確かに受け取りました。その答えはこうした考えとして表します。」

という純粋な想いが形となっていることを考えるんならば、お金をかけなければならない人ではない限り分相応というわかりきった範疇でことが片付くはずです。

身の丈を超えようとするがゆえにお金をかければいいと思ってしまうものなのです。

たとえば、テレビで1つ数万のフルーツが飛ぶように売れているというものを見れば、それが世の中の常識と思うようになり、お返しもそうしたものを返すことで、常識にのっとた形だと勘違いをしていってしまいます。

その人が望んでいるのならばそうせざるを得ません。

しかしそうしたことを望んでいる人と付き合いたいかどうかは別です。

「あなたの思いは受け取りましたが、私は残念ながらお付き合いができません」という気持ちで高価なフルーツを返すのは本末転倒です。

あくまでもその人への思いを表現することを主としなければ意味がないのです。

ホワイトデーにお金をかけない方法は、かもられないことです

世の中の仕組みを冷静に見れば、バレンタインデーで散財をしている女子からプレゼントされ、律儀に返すような男子は少なくなるのではと思います。

逆にやめた方がいいとアドバイスすることだってできます。

景気の回復ということで貢献しているとしても、しなくてもいいことをして回復させては身が持ちません。

商戦の奴隷化してしまいます。

イベントに乗っている、つまり時代の流れと慣習に寄り添うことで生きている実感があり楽しめるからいいのだという人であれば大いに貢献すべきです。

しかし、お金をかけたくないという人でしたら、自分に対してかけてきた人に素直にかけられない旨を伝えるべきなのです。

わずか数千円のお返しに躊躇するような男はいやだと思われるかもしれません。

たかが、お返しでどうしてこうも意固地になって難しく考えるのか疑問だといわれるかもしれません。

しかし、この姿勢がかもられないということの証であり、その相手も教育できる術になるのです。

返したいのは想いであって、思いを形にするには安すぎると逆に言ってあげた方が格好がいいものです。

むしろ自身の行う返し方に、異論や文句を言う人ならば逆に願え下げだというほうがよほどスマートです。

かける価値があるんならばホワイトデーも充実させるべき

お金をかけるかけないという論点でいえば、経済活動でしか生きていけない私たちの生活土壌がある故に難しい解決になります。 むしろかけない人はかけない生き方しかできないとさえいえます。 しかし、かけるならば、かけるに値する人と付き合うあるいはかけなければ、その人生すら全うできない時に行えばいいということになるでしょう。 そのためのホワイトデーならば、キリスト教のバレンタインデー以上の価値のあるイベントとして十分に意義のある3月14日ということだと思います。

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