誕生日なのにお金がない!そんなときの過ごし方とは?

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祝ってもらおうと思うことがそもそも間違い

自分の誕生日こそ、最大のイベント。

そう思うことが当たり前です。誰も異論はありません。

豪華な食事に、プレゼント、これ以上ないくらいの“もてなし”を期待するのが普通です。

ここに実は落とし穴があるってしっていたでしょうか?

その盲点をじっくりみてみましょう。

誕生日ってうれしいからお金をかけて祝いたい!でもお金が・・・

誕生日にお金がかかる理由はズバリうれしさの表現だからです。

夫婦の間で望まれて産まれてきた子供。だからこそかけがえのない家族としての絆を大事にしたいし、その思いを表現したものが誕生日です。

親は“産まれてきてくれてありがとう”という気持ちでいっぱいなものです。

周りの兄弟や仲のいい友達も“君がいてくれてありがとう”という心でもてないしたいのです。

もてなしの大きさやこだわり方でその人への愛情度が試されるといっても過言ではないかもしれません。

また人が多くかかわれば関わるほどその時におもてなしを受ける当人と、それに被られる関係者の対応で規模が変わってきます。

自宅で行う予定が店を借り切っておこなう、親戚一同の規模になりパーティールームで行うことになったりと多々出てきます。

結婚式や祝賀会ほどではないにせよ、祝いたい人へのサービスの本質は同等かそれ以上なものです。

主催する側が予算ということを考えるものです。

主催者側とは親であり、あるいは友達であったりです。

まだ子供が小さい場合には料理もプレゼントもさほど金額が張ることもないでしょうから低予算でやり過ごすことはできるでしょう。

しかし、小学校から中学、高校と歳があがるほどマンネリ化した誕生会では済まなくなり、予算も段々と上がってきてしまいます。

成人にもなると平均4万円がプレゼントなどで使われる予算だそうです。

一般的に子供にかかるプレゼント予算平均は5000円から高校生までで2万円といわれています。

あくまでもプレゼント平均ですからこれに食事までを考えた場合、大人数で5万円くらいは優に出る可能性はあります。

そこに子だくさん、また親の誕生日を考えたらどうなるでしょう?

5人家族で3.5ケ月に一度5万円が飛ぶ計算です。あくまでも平均的な計算方法で友達などを呼んだ場合にです。

約1万5千円を毎月貯める計算です。少しきびしいものですよね。

誕生日は自分を祝うもののではなく産んでくれた人を敬うもの?

お金がかかる誕生日をかけないで済ますには、考え方をガラッと変えてしまうことがいいです。

もてなしたいという周りの人々に誕生日の当事者が感謝の意をあらわすやり方に変えてみるのです。

子供であれば産んでくれた親にありがとうを伝える。

もちろん低学年の域ではそうしたことも難しいかもしれませんが、慣習化した考えを親自らかえてみるのです。

自分の親に誕生日になって会いに行く。その姿勢を子供たちにみせる。

小さい内だから伝えやすいものです。

親への感謝は手紙でも花でもいいです。

写真やアルバムをもって昔話に興じることであって感謝の念を伝えられるものです。

その際に祝い膳という形もふさわしいものですが、双方で「ありがとう」を言い合う場面ですから特別でなくても咎めることはありません。

ふさわしい、ふさわしくないというのはその人々のこだわりや価値観が作り出した偶像です。

メインは“感謝したい”ことが伝えられるかなのでおいしい食事を食べたいというのは周りの人の願望です。

産まれたときは母の乳がごちそうでした。産んでくれた母の食事は点滴です。

苦しかった最初を二人で乗り越えたことで、こうして大きくなれたのですから豪華などはそこにはないのです。

後づけで華やかに縁取った誕生というものへ変化させました。小さい子供ゆえに親が祝うことが一般的なことでその形が疑いもなく続いて行ったわけです。

物心がつく時分には、子供もありがとうを母や父にいう習慣を身につけさせるべきなのです。

今の自分がいるのはどんな事情があれ親がいてくれたからです。そしてその親がいるのはその先祖がいるからです。

つまり、誕生日とは、自分を取り巻く先祖様への感謝をする日ともいえます。

祖父や祖母がいないのならばお墓参りにいくのもいいでしょう。実家が遠くそうしたことができないのならば、実家が入っている宗教におすがりして祈りを伝えるのもいいでしょう。

自分がその宗教に入っている入っていないは関係ないです。感謝を伝えるだけなのですから。

それを両親と行える人がどれほどいることでしょうか?

お金をかけないで過ごすということは、物事の本質を貫くということです。

節約や倹約という小手先だけの方法ではありません。

そうした姿勢がいけないわけではありません。

手段でお金をかけないようにするのではなく、かかるはずがないということを言いたいのです。

誕生日はその人の考え方如何でお金はかからなくなる

実際に誕生した時はいくらかかったのかを考えたことがあるでしょうか?

出産にかかる費用は自宅出産でも25万円以上は必要です。

総合病院ですと35万円以上はかかるでしょう。

個人病院ならばさらにかかり40万円以上もかかります。

出産一時金が42万円ももらえるのですからチャラになると考えがちですが、産まれてからお金がかかることを考えたならば、その費用を頼っていたら当然赤字になるものです。

こうしたことを考えますと、人ひとりに如何にお金がかかっているかわかるはずです。

そのために父や母が稼いでいるわけです。

その人々への感謝を祝ってもらうことであらわすというのはやはりおかしいと思う人もおおいはずです。

よくテーマにされるのが誕生日は家族で一緒に過ごすが、特に母親といっしょでできる限り母を楽にさせるイベントにしたいということがあります。

普段の家事やあるいは小旅行に連れて行くということです。

お金がそこでかかることでしょうが、もし金銭的に無為な場合ならば、ちゃんと両親にわけを話してお金をかけないやり方のアドバイスを受ける人もいるそうです。

むしろお金をかけてくれる方法より、感謝されていることへの感動が両親にしてみたらうれしいものだからです。

出産にかかった費用と、育ててくれた費用を清算してほしいと願う親はいません。

むしろ誕生日の人が親になった時に、自立して自分たちと同じように子供を無事産んでほしいというきもちでいっぱいなのです。

形だけを重視した誕生日より、そうした親の気持ちを素直に受け入れて感謝しているという言葉だけが一番ほしいものなのです。

それでも誕生日会をしたいなら、これっきゃない?

お金もかからない方法としては、思い入れの地にいってみることがいいかもしれません。

一生に一度くらいはお金がないことを逆手にとって、一番の思い出づくりに励むのがいいでしょう。

何回も使える手ではないのがこの方法です。

もっともオーソドックスな方法は産まれた病院を訪ねるということです。

なくなってしまっている場合には何も手立てがありませんが、仮にまだ病院が存命であれば当時の部屋やあるいは先生や看護師の話を聞いてみたりもできるはずです。

ここまでをやる人は早々いません。

やる意味がないという意見もあるでしょう。

しかし、誕生日会が、クリスマスと同じくらいの当人にとっての意味合いをもたらせるものならば、そのくらいの探求はしてもおかしくはありません。

形骸化したクリスマスに乗じるからこそ、誕生日会もお楽しみ会の延長になってしまうのです。

これではお金がない場合には誕生日はやらないという事態になりかねません。

思い入れの地は父と母がであった場所でも、あるいは住んでいた場所でもいいでしょう。

普段ではできないことをする日として大きな意味合いのあるイベントなのですから。

独りさみしく過ごす誕生日だけはさけましょう

お金がないので誕生日はありませんというのは、陣痛で苦しんでいる妊婦に、産婦人科医師がいないので産まないでくれと言っているのと変わりがありません。 我慢をすることではありません。子供は産まれたがっているからそのサインを母に出しているのです。 自分たち先輩方の事情などは聞いていません。 お金という道具の事情などと誕生日は全く関係がないものです。 それはイベントに固執した人が、いじけて誕生日をやらないと結論付けているだけで、アイデアを本質から導き出せれば済むことだと思うべきだとおもいます。

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