老後にお金がないことへの危機感!必要なお金がないとどうなるのか?

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もう人生も終盤なのにお金がないって!

身近に頼る人がいればいくら老後で不安でも少しは気が休まります。

でも、その協力者も収入が安定しなかったり少なかった場合、毎月の生活がとても不安になります。

そして誰も頼る人がいないなかで夫婦二人で生きていかねばならないとしたら?

蓄えもなければ生きた心地がしないものです。

そうした不安を今のうちに考えておくことも大事だということです。

いっそのこと海外脱出?

老後になってお金がないという事態の場合まず心配なのは衣食です。

住に関しては家賃のある家以外は持家でその固定資産税だけを念頭に入れればいいものです。

あるいは身寄りの者との共同生活であれば心配はいりません。

しかし食べていくことは毎日のこと故に必須です。

着るものも四季にあわせ、また素材の耐久性にあわせて必要になってきます。

物価高な日本にいるよりもはるかに安い地域の話を聞いた人はその国の生活を見てみたいと思うかもしれません。

また、家賃などを払っている年配者は妻との生活と日々かかる税金や生活費のことを考えて積極的に海外情報を得ようとするかもしれません。

そうしたことを考えてアーリーリタイアメントという言葉まで存在するようです。

ちなみに、東南アジアなど日本の物価の10分の1程度ともいわれ多くの日本人老夫婦が移住するとも言われています。

気候的に寒いという環境ではないので老後に心配な血管系の病気にはかかりにくいこともあるでしょう。

さらに、顔つきも日本人にどことなく似ていることから親近感がわき言葉の壁さえ乗り越えればと安易に思うのかもしれません。

しかし、考えてみますと、現地にわたる年まで長い間有してきた、日本人の発想や考え方あるいは文化は諸外国にはありません。

食べ物も異なれば、生活習慣も違います。

ごみの捨て方やトイレの使い方であっても異なります。

つまりそうした環境毎受け入れられない人は、同じ国の中で異国の日本を作らなければ生活に耐えられなくなるようにやがてなってしまうということです。

いってみれば田舎のコテージを借りて安い家賃を払いながら、ガス水道をひっぱって、水洗トイレやらオール家電やらに改造しなければ生活水準を保てないということです。

そのために諸外国にない、日本の技術を、あるいは製品を取り寄せて設置することになるのです。

また生活がスタートしてから死ぬまでにそのメンテナンスも取り寄せなければならないという事態が余儀なくされるのです。

一食文化をとってみても、最初は慣れ親しんだアジア料理も、だんだん体から距離をおきたくなり、日本のソウルフードが恋しくなります。

その度に食材店で日本食材を買うようになります。しかも輸入品ですから高価なものです。

物価が10分の1であっても長い間住み続けると日本にいる以上にかかってくることに確実になるのです。

理由は簡単で、“がまん”の生活空間だからです。

そもそも、必要なお金がないとどうなるの?

お金がないという事がどういうことなのか。

どんな影響力があるのでしょう。

一人一人の生き方や考え方が関係してくるということです。

例えば大金持ち。

彼らはやりたいことの制限がまずお金によって解除されるケースが多くなることです。

欲望と探求心が多いのがこうした人々であることは歴史が物語っています。

成功者でお金持ちではない人がドラマチックに描かれるケースは多々あります。

それはそうした人々を取り上げないと、それ以外に人たちの夢や希望が無くなってしまうからです。

労働意欲がわかなくなったら社会が崩壊してしまいまいます。

かのスウェーデンの老後はかなり保証された制度で有名ですが、その時期までの間はまるで国の奴隷のよううに働かされます。

税金が働けば働くほど持って行かれる、多い人は半分とられるといいます。

これでは目標や目的をもってもその対価等価が自分に返ってくるのではないと思われてしまいやる気が無くなるというのです。

老後になれば帰ってくるとしても若い人はいつ死ぬかすらわからないのですから、今すぐ還元されたいということの現れです。

お金持ちが常に前に向くような人が多いのはこうした、自分への還元が確実にあるからなのです。

お金があればなんでも実現可能だと描かねばならない理由はそこです。

経済活動の基本は働く人、消費してくれる人、それらを操作する人があって成り立つわけです。

そして、お金持ちの多くが操作する側にまわり、自分たちも生きていけるように循環させているのです。

つまり、お金という手段に支配されているのが今の世の中ということです。

お金がなくてもという考えは気持ちだけ?

老後にお金がないということはとても苦しいことです。

それは現代社会がそのような仕組みになっているからということは先ほど説明したとおりです。

老後はリタイヤした点において操作対象から一見外れているかのようですが、実際には死ぬまで外されません。

人の手を介している以上逃れられないものです。

そこで考えられることが、多くを求めない、あるいは欲望だけを満たそうとしない、身の丈にあった暮らしを望むという人々です。

ここにはお金持ちもそうではない人もいて、生きていること自体に悦び、人生に尽くすという考え方です。

その中に大事なものを見つけることができれば、お金に翻弄されることがないわけです。

お金に限らず、自分にないものばかりを数えている。

この考えを持ち続けるとお金持ちの先ほどのような流れにしか身を置くことができず苦しくなるものです。

しかし、逆にあるものに対し感謝すること。

そこに心を使えば人として豊かな日々を過ごせるものです。

全くお金がなければそうした気持ちの上で豊かになることは難しいことでしょう。

生活することがやっとの時に「これでいい」では解決されません。

「明日の食い扶持は大丈夫?」という考え方が先に来るのは当然で、そうしたことも考えていない人は異常でしょう。

ひいては、サラ金や身近なひとからの借金で大事な人との繋がりを無くしたり、その人の人生をも狂わせたりすることにもなりかねません。

あくまでも生活が脅かされないという条件です。

のしかかる現実

年金収入に関して言えば、月額の年金支払金額平均があります。

国民年金だと5万円以下です。

厚生年金であれば15万円以下です。

月にこれだけで生活するのは無理といえます。

厚生年金と国民年金あわせて20万ならばかなり節約すれば行けそうです。

また65歳以上になっても働くということをしてみるならば、年金支給額と合わせて月46万円を超えないという条件が課せられます。

厚生年金ならば31万円以下の職探しとなるわけです。

妻がいないのならばそれでも十分ですが2人とすならば、今までの生活水準を考えるとかなりきついです。

20万をもらっている人であればまずまずの生活ゆとりはあるでしょう。26万円までは働けるのですから。

しかし、役員以外でそれだけの稼ぎを出す会社はあるでしょうか?

実際には警備員やレジ打ち、あるいは軽作業、さらには日雇いの地域の手伝い要員くらいにしか仕事はないはずです。

月に数万円の仕事があるだけです。

高齢になれば無理はききませんし、労働時間も普通の人とは異なってしまいます。

結果的に、老後は少ない年金と収入も安定しないという状態が確実にあるということです。

現在の世論調査で、高齢者の平均貯蓄額を調べたところ、1200万円をもっているといいます。

65歳以上で何かの時のためということです。

90歳が寿命と考えれば25年の余命で1200万円を夫婦二人で使うということです。

また平均葬儀代が200万円

さらに平均お墓代が200万円

夫婦二人で800万円になり、1200万円から引いた400万円を25年で使っていくということです。

1年間で16万です。1ヶ月1.3万円しか使えません。

年金、副収入、貯蓄の切り崩しでもやっていけるかどうかが現実です。

経済観念をきちんと植えること

お金の使い方をもっと小さいうちから身に着けさせることも大事な教育です。 経済観念が乏しく後悔することがしょっちゅう起こるのが普通の人間です。 やはり教育は読み書き算盤と昔から言われるように学校で、もっと経済の仕組みについての指導が必要なことですが、だと思うけど今の学校では義務教育はそこまでは行っていない。 中学高校でも科目としてはありません。 せいぜい大学で選択してから始まるものです。 親の教えがあれば良いのですが、学校や塾へ丸投げが現状でしょう。 普段の生活常識さえ教えない今の子供の親世代には無理なのかもしれません。 おそらく老後の資金不足はその考えすらなかったことにも一因があるかもしれない。

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