家を出たいのにお金がない?自由に生きていきたいはずなのに足かせが多いときの解決策

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いろいろな世代から沸き起こる家を出たい症候群

若い人々とりわけ物心がつき、いよいよ自己主張が強くなってなんでも自分でできると勘違いし始める高校生や大学生。

そのくらいになるととにかく世の中に反発し、特に家庭に反発することも多くなるでしょう。

ちょっとませた中学生くらいでも同じように家族が、家庭が“ウザイ”として遠ざけたりします。

あるいは自分から近づかないようにしたりすることでしょう。

胸中はまさに「家を出たい」それなのに一番のネックはお金がないという次元のことがあるかと思います。

最近同じように「家を出たい」と願う高齢者であってもいるって知ってましたか?


そもそも・・・

家を出る?

お金がない?

それでも出たい理由ってなんなのでしょうか?

アンケートに依ると99%の人が家出願望があるらしい。

年代別で理由は大きく変わるでしょう。

願望だけで終わるか実行するかは其々のその理由が大きく関わってくるものです。

普通の考えであればまず、勇気そのものがないのでできないことです。

さらに言えば一人での生活ができるだけの、自分を賄うべきお金がないからと多くの人達あきらめてしまうかもしれません。

「出たいなぁ」「でれたらなぁ」と思うだけで終わってしまうのが極々普通の考えのはずです。

日常の生活に翻弄されていくことで、やがて、思った事でさえ忘れてしまうかもしれません。

よく考えてみましょう。

この日本では、たとえお金がなかったとしても、道端に転がって喘いでいるのに見捨てられるような人はいません。

そうして無碍に転がしたままの人も居なければ、ものごいをしてる人もいません。
(かつての戦後はそうした物乞いもあったことです)
後進国でしたら、空港や駅などに行けば外国人相手にそうした極端にお金のない人はいます。

彼らは生活そのものが脅かされていますから、生きることに必死なのです。

しかし、私たちの国を見た場合、そうした“生きる”そのものに逼迫しているほどの事情はありません。

つまり、家を出たいというのはのっぴきならない事情から“生きる”ために考えたことではないということなのかもしれません。

もし仮に彼らのように物乞いまでしなければ生きていけないのならば、極端にいえば亡命者のようにその国からでさえ、逃げて出ていかねばならないでしょう。

家を出たい理由とは?

お金がないから家を出れないという人にとって、そもそも家を出たい理由って何なのでしょうか?

年代に依って出てくる理由の違いはどこにあるのでしょう。

若い人々にとって家とは今まさに自分を構築させるステージです。

義務教育期間に親に守られていてやりたいことや行きたいところも制限され続けてきました。

親にとっては「まだ早い」を理由にわが子を囲うのです。

それはどこかへ行ってしまうかもしれないというさみしさもあるかもしれませんが、大きな理由は、“危険”からわが子を守る行為そのもののはずです。

未知な世界にある危険を先に進んだ先輩として回避させるために「まだ早い」を連呼するのです。

子供にとってはそれがどれだけ危険なことかはわかりません。知っているのは親だけです。

親は経験したり、体験したりあるいは見聞きして学習したことで状態を予測できるのです。

しかし、実はこうした予測ですら、その親の代もその親から教えてもらったことの受け継ぎでしかないものです。

この受け継ぎが慣習化しているに過ぎないのです。

言ってみればひどく古い考え方を踏襲し押し付けていることなのかもしれません。

例えば“火は熱い”ということは誰もが知っています。間違っても口に入れたりすることはしません。

ですからガスコンロを子供に触らせたりはまずはしないことでしょう。

でも、IHヒーターを親が“火は熱い”の延長で教育されてきたらどうでしょう?

それでもわが子に熱いからダメとほとんどがいうはずです。

子供はそうではないだろうと直感で感じて触ろうとします。

この時親と子の意見の対立が出てしまうのです。

そうした対立の連続が不信感につながり、「この家にいても知りたいことがわからないままだ」と結論付けてしまうのです。

やがて、「家を出ない限り、無知のままで、やりたいことができない」と思うようになってしまうのです。

これが家出を考える若い人たちの思考パターンのようです。

年配者の方はどうなのでしょう?

年配者が家を出たい場合にはお金がないからなのでしょうか?

とある60代人でこんな例があります。

諸事情で夫と別れたいけれど経済力がないために家を出ることができない。

毎日毎日夫の顔を見ているのもつらい。

何か頼まれると流石に無視はできないまでも嫌味を言って相手の心を傷つけていく。

夫もそんな妻に対しだんだん嫌気がさしてきているが、縁あって結ばれたのだからこうしたこともるだろうくらいにしか思っていない。

やがて妻は死んで欲しいと迄まで思うようになっていったそうです。

はたから見れば決断すればいいだけなのにとおもいますが、出たいと言い続け、10年が過ぎている現状があります。

お金だけの問題ではなく、いざというとき誰かが支え相談に乗ってくれるそうしたよりどころを持ちたいと思うものなのです。

本来であればその役目が旦那さんのはずです。

しかし、妻にあるいは夫にその思いやる心が無くなってしまったならば、相談はおろか今後の話し合いですら億劫になるだけです。

こうした結果の中にある場合、毎日の暮らしの中でどれだけ人との関わりを大事にして生きているのかが重要になってくるものです。

その関わりを大切に育んでいるのかでお金だけの心配を大きく変えていくこともできると思います。

見受けとして空き部屋のある友達や知人などであれば家賃などとらずに共同生活を進めてくれるかもしれません。

あるいはシェアハウスという若者の積極的なライフスタイルを自ら実現することでさえ考えられます。

人間関係が生み出す“コネ”の延長が彼女をお金以外のプロセスとして導いてくれるはずです。

生活のレベルの問題

家を出たいが出れない理由にお金以外にこんな問題も直面している?

老後の生活資金は3000万円は必要であるといった発言が目立ってきました。

あるいは、これだけ貯めないと暮らせないといったまるで脅しのような本もたくさん出回わってさえいます。

本来、国民が40年間せっせと支払った年金がるのですから、そのお金で国が安定した生活ができるようにするべきことのはずです。

北欧のように福利厚生すべてにおいて老後や子供などを大事にするような社会制度が整っているのならばもっと違った形で老後が安定するかもしれません。

支払った年金で、高額な医療費を支払えばその月に生活すらできなくなることも防げるものです。

安定がされていないために支払いつづけたはずであるにも関わらず、物価スライドや、受けとる年金額も勝手に減らされていくような事態に陥るのです。

しかも、そのことに対する文句すら言えない状態です。

国民年金だけで暮らせないと言う不条理なことをもっと誰もが自分の事として考えていかねばならないはずです。

生活のレベルで考えるならば、自由に生きていきたいはずなのに足かせが多すぎてできない事態が目の前に広がっていると感じてほしいものです。

こうした事態を国を変える位な気持ちを持たなければいけないのではないかとつくづく感じてしまうほどです。

そして、実際には、発言力があって、影響を様々なところに飛び火させる力のある人は、企業年金等のプラスの収入源がある人が主であるものです。

大きな力のもとはその根拠や基盤が確実に権力としてある故に物を言うことができるのです。

そうした権力者は、低所得の国民年金生活者ではないから、押しやられる人のためには声を上げてはくれないし、またその人達に届くような動きはしてくれません。

生活の安定というお金とも深いかかわりがある国民としての問題も家を出れない状態を作ってさえいるものなのです。

本当は家など出ることはないのですが・・・

お金の余裕のある生活をしてたら暮らしのゆとりがあり、家を出たい等の考えはでないものです。 独り立ちし自立という観点からすれば当然社会人のたしなみで独り暮らしもあり得ることでしょう。 しかし、そんな現在は社会人ですら家を出ない人も増えてきました。 持家があるなら余計な出費をしないで、結婚するまでは家にいるという考え方です。 あるいは、結婚したとしても、2世帯同居を望む親や子供ということも多いといいます。 もし、若い時に家を出たいという考えが起こり、その考えがそれでも変わらない気持ちであれるならば、自分で出る準備としてお金を貯めるしかないでしょう。 老いてこんな筈では無かったと気づいた時にはとりかえしが付かないです。 若い時にキチンとした人生設計を立てておけば良かったと思っても計画通りに行かないのもまた人生なのですから。

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