敬称略!異形の経営者堀江貴文と江副浩正いったい何が違うのか

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客観的に事実だけを見よう。堀江貴文という男の軌跡

あまりにも有名な男、そして巷ではホリエモンと呼ばれ、20代の若者に最も影響力のある人物、堀江貴文。

彼の生い立ちや、学歴などはここでは割愛することとして、事実だけを淡々と思い出していきましょう。

1972年生まれ、弱冠40代にして、起業経験は数多く、その中で有名なのが「株式会社ライブドア」です。

もともとあった会社を譲り受ける形で、インターネットサービスを基本とする企業を大きく育てました。

彼は学生時代に起業した「有限会社オン・ザ・エッヂ」が、成功したことが、人生の始まりであるかのように、次々とアイデアを生み出し、事業を展開していきましたが、そこには必ず仲間がいたこと、あるいは出資者がいたことがポイントです。

つまり、彼は「どうしても会社をやりたい」という強い信念から起業したのではなく、面白いことをして、結果的に収益が上がる…という経験を積んでいたわけです。

「有限会社オン・ザ・エッヂ」では、インターネット広告事業という、今ではごくありきたりのことを1998年に始めています。

1998年は、MicrosoftのWindows95から98へと新しいOSが発売された年です。

95は、パソコンがLAN接続によって、インターネット環境が整いつつあるきっかけになり、98は、いよいよネット接続に対応するための様々なシステムが構築できた基本ソフトとなりました。

98年は、世界中で多くの企業が新しいビジネスモデルを作ろうと、活躍し始めた時期にあたり、特に97年創業したエム・ディー・エムは、三木谷 浩史代表 率いる「楽天」であることを考えれば、20世紀最後の数年が、日本の何度か目のイノベーション時期に当たっていたわけです。

楽天の三木谷浩史、ライブドアの堀江貴文。

この2人が直接激突したのは、プロ野球球団「近鉄バッファローズ」買収というあまりにも派手な立ち回りでした。

日本では、アメリカメジャーリーグのような「プロ野球オーナー」は存在しません。

なぜなら、12球団すべてが所属企業の持ち物になっており、ネベツネの通称で著名な、渡邉恒雄 読売新聞グループ会長でさえ、いわば会社の一員であり、巨人軍は彼の所有物ではないからです。

それが、「堀江貴文」による買収か、それとも「楽天の三木谷浩史」の手に落ちるのか、という世評が立ちました。

つまり、プロ野球チームを所有する11球団は、会社が育て、会社が守ってきた、という日本のスポーツ文化に、個人オーナーが入ってくることを、非常に心配したと言われています。

堀江は、直截な物言いが時には子供のように映ることが多く、世間からは興味深く思われていたのは事実です。

ただ、問題は「どうやって、何をやって、何千億ものお金を得ているのか?」というところが、全くわからないのが問題でした。

つまり、彼は正業なのか虚業なのか、ごく一部の人たち以外には、それが皆目見当がつかないまま、彼はソニーを買収しようとし、そしてプロ野球球団を所有しようとしましたが、残念な結果に終わりました。

ただ、その躍動感から、社会を変えてくれるのではないか?という若い人たちの支持を受け、自民党が衆議院選挙候補に持ち上げ、広島の選挙区で大物の亀井静香代議士に一戦を交えたのです。

江副浩正、風雲児と呼ばれた人生

生没年1936年 − 2013年、東京大学在学時に学生新聞を発行していました。

この新聞の創業は1920年。

当時は「帝国大学新聞」、それが「東京大学学生新聞」、現在の「東京大学新聞」となり、2011年には寄付金が税控除として認められる、公益財団法人に認可されています。

現在、週刊紙で1部170円の読み物になっていますが、江副は主に「広告担当」として才覚を発揮しました。

その経験を生かし、彼は卒業後すぐに「大学新聞広告社」を創業、1960年には「日本リクルートセンター」という社名に変更しました。

リクルート…といえば、誰もが「就職」を指す言葉だと知っているのは、まさに江副の才覚でしょう。

彼は「広告」を通して、様々な企業と接点を作り、企業に優秀な人材を送り込むという「イノベーション産業」を生み出した、と言えます。

1988年、日本の経済界で最大の事件、と言われる「リクルート事件」が起きます。

当時は法制化していなかった「未公開株譲渡」、つまり、株式市場に上場していない会社の株式を、時の自民党幹部、公明党、官僚、NTT、学者など首相引責辞任につながる疑獄事件に発展しました。

リクルートグループは、次々に関連企業を立ち上げ、最後にデベロッパーである「リクルートコスモス」を創業。バブル時期にも重なり、マンション需要に応え、新しく土地開発にも参入したのです。

その時に、江副は若かったこともあり、上場予定(店頭株式、現 ジャスダック)のリクルートコスモス株を上場前に様々な人脈形成のために譲渡することを「訳知り顔の年長者」から、指南され、実行しました。

株は、上場した途端に値上がりしていきます。その時にタイミングよく売却して、1億円もの利ざやを得たひとりが、森喜朗元首相。

これが、スキャンダルとされ、江副は逮捕され、リクルートから身を引くことになります。

経営者、起業家。その価値は時代が定めるもの

あなたは 堀江貴文、江副浩正 この2人にどんな感情をお持ちでしょうか?

堀江の一挙手一投足は、常にマスコミの注目を浴びています。

彼は現在、宇宙開発に非常に心を奪われており、実際に様々な宇宙関連のベンチャー企業に投資を怠りません。

それはロシアであったり、日本であったり、国籍は全く関係無く、あくまでも小さな集団に投資しているのが特徴です。

実に面白いのは、その考え方でしょう。

インターネットは、発信する人と受け取るの両方が存在して、成り立っています。

アメリカ テネシー州ノックスビルで生産された、はちみつ用の木製スプーンがネット上にアップされ、それが世界のどこかの受信者によって発見され、商売に繋がっていくとしましょう。

はちみつを料理に使う国は世界中にあります。

カナダ、アメリカ、アルゼンチン、グアテマラではなんとコーヒーの花からはちみつが生産され、メキシコではオレンジの花、台湾ではライチの花、ベトナムではカシューナッツなのです!

はちみつ、をキーワードにするだけで、実際に世界様々な場所で作られていることがわかり、はちみつ用スプーンとはちみつ、そして、はちみつ料理や、ドリンク…と、その奥深さがどんどん知られていきます。

堀江貴文の起こした起業は、実は人々がネットを通して様々な仕事を見つけ、顧客が世界中にいる可能性を教えました。

その点で、彼が動く先には「何か面白そうだ」という世評が立っているのです。

リクルートという実態に命を吹き込んだ、江副浩正

堀江貴文は、一貫して個人の時代、個人で起業する時代を当たり前と捉えてきました。

そして、いかにリスク無く手間をかけずに収益を上げる方法として、アフィリエイト広告を呼び込む、その土台に才能を傾けました。

これと全く正反対なのが、江副浩正でした。

リクルート、という会社を検索してみてください。

就職、転職に関するリクルート、住宅情報、「ゼクシィ」の結婚、「カーセンサー」の自動車販売情報、進学ネット、「じゃらん」「ゆこゆこ」「AB-ROAD」の旅行関連、「ホットペッパー」「ポンパレ」などの物販など、事業の一部だけでもこれだけのブランドが出てきます。

そのほかに、医師や看護師の転職といったリクルートエージェントなど、転職そのもののプロが日本の医療界を改革しつつあります。

江副が放った矢は、次々とその後継者たちによって受け継がれ、日本の産業が発展し、あるいは再発見される橋渡し役をしています。

彼はあくまでも、「事業」に主眼をおいてきました。

個人の才覚で起業化することには賛成していましたが、リクルートという大きなチャレンジング集団は、分裂するどころか、社内ベンチャー化してリクルートグループをどんどん大きくしていったのです。

個人で生きるか、チームで生きるか。選択肢はあなたの手にある

堀江貴文と江副浩正。

異形の起業家、経営者について、これだけの違いを知って、あなたは改めて自分の立ち位置を振り返ってみているかもしれません。

人はどう生きるのか。

FXや日経225オプション、株…そういった投資で生活するのも良いでしょう。

むしろ、国がどんどん借金を増やして、ますます増税になるのはわかりきっています。

誰もが副収入を得るために、何か内職をする…それがアフィリエイトで十分だと言えるでしょう。

ですが、ネットに「文字を打ち込む」のは、人間です。

そこには、人間がいるから、人間であるから新たなデザインを創造し、ネット上に反映できるのです。

大事なことは、本当に好きなことをすることです。

堀江貴文が、なぜ叩かれたのか?それは、何をしたいのかよくわからず、ただプロ野球球団を所有したい、サッカーJリーグチームを買い取りたい、ニッポン放送を手中に収めたい、代議士に立候補した…という事実です。

何をしたいのか?

会社を大きくすることで、株を分割し、上場してさらに投資を呼び込むことで、資産を増やすことはできます。

ですが、何をする会社なのか?何をしたいのか?

彼には、それが明白ではありませんでした。

ですから、今堀江は「宇宙」という分野にようやくたどり着いた、といえるでしょう。

北海道芦別市、人口15,244人(2015年3月)に 植松電機という会社があります。

この会社が行っているのは、なんと宇宙ロケット開発です。

CAMUIとよばれる、アイヌ語で「神」を表すロボット、北海道大学との協同とはいえ、完全な民間主導の世界でも珍しい会社です。

この会社で働いている人たちは、ごく普通に人たちであり、投資やポートフォリオなどには無縁の人たちです。

ですが、好きだから、という一念でなんども失敗を重ねながら、少しづつ大学や研究者を巻き込んで進んでいます。

堀江は、以前この会社に出資しようとしましたが、断られた、といいます。

その理由は定かではありません。

しかし、堀江貴文の生き方と江副浩正の生涯、本当に違うのは「残す」ものにあります。

企業文化や役所の規制、政治という障壁に立ち向かう、個人の力を示している堀江貴文。

一方、新たな企業の誕生への抵抗を、未公開株という袖の下でなんとかしようとした、江副浩正。

堀江貴文と江副浩正との違いについてご紹介しました

二人の大きな違いは、その後にあります。 個人で変貌しながら生きていくのか、それともチームとしてのチャレンジングスピリットをチームとして継承していくのか? あなたはどちらの道を選びますか?

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