国産ロケット「H2A」のビジネスは成功するか?

国産ロケットは、世界で戦えるか?

 先日、種子島宇宙センターから、国産主力ロケット「H2A」の改良型が打ち上げられました。

このロケットの特筆すべき点は、初の民間受注だということです。

ロケットビジネスの世界では、他の国に水をあけられている日本ですが、この「H2A」打ち上げ成功で、日本のロケットビジネスは今後どうなるのでしょうか。

国産ロケットの歴史(黎明期)

日本における国産ロケットの歴史は、幾つかの段階に分類することができます。

まず「黎明期」とも言える時期は、戦前の1931年までさかのぼります。

この年に日本では、兵器開発の一環として、外国の資料を基に陸海軍の「噴進砲」などの固体燃料ロケットや、「イ号ミサイル」や「秋水」などの液体燃料ロケットの開発などが行われましたが、決して基にした資料は十分なものとは言えませんでした。

村田勉氏などが、これらの研究開発に携わっていましたが、終戦後に一時中断することになります。

国産ロケットの歴史(初期

  戦後、日本の航空機開発は禁じられ、戦時中に活躍した航空技術者たちは職を失うことになりました。

サンフランシスコ講和条約の締結後は、航空技術開発が再開されることとなりましたが、7年間の中断は想像以上に大きい損失となっていました。

そこで、外国に後れを取っていた開発を挽回すべく、東京大学教授である糸川英夫氏は、「東京大学生産技術研究所」に航空技術研究班を設置しました。

そして、1955年4月に国分寺市で長さ23㎝、直径1.8㎝の「ペンシルロケット」の水平発射実験を行いました。

この実験が、わが国の戦後最初のロケット実験とされています。

実験に使用した「ペンシルロケット」は、初めは「ロケット航空機」の開発と関連したもので、「国際地球観測年」の会議を契機として、地球観測のために打ち上げることになります。

糸川氏は、これより前にアメリカで研究を行っていましたが、それを切り上げて帰国した1953年には、既に糸川氏の頭の中には「有人宇宙開発」があったと言われています。

  当時、ロケット開発で先頭を走っていたアメリカやソ連(現ロシア)は、大きなものを小さくして実用化しようとしていましたが、糸川氏は逆に、小さなロケットを大きくする計画を立てていました。

当初、水平発射をおこなっていた「ペンシルロケット」ですが、大型化なるに伴って、都市近郊で実験を行うのは危険性に問題があるとのことから、実験地を秋田県の道川へ移動し、そこで打ち上げることにしました。

この実験では、以前の「ペンシルロケット」よりも一回り大きい「ベビーロケット」を開発し、最終的に6㎞まで到達するようになりました。

その後、気球から発射する「ロックーンの計画」と地上から打ち上げる計画とが同時に行われることになりました。

しかし、「ロックーン計画」は開発が難航し、その後廃止されました。

一方、地上から発射するロケットでは、「カッパロケット」が徐々に到達高度を伸ばしていきました。

このロケットは、その後気象観測などに使用され、1985年には「国際地球観測年」に情報提供を行いました。

当時のロケット開発には資金が足りなかったため、全て手作りで作製され、しかも「追尾レーダー」も手動という状態でした。

実験で毎回失敗を繰り返しながら、試行錯誤を繰り返して生産され、結果的に多くのタイプのロケットを製造することとなりました。

1958年に、「カッパロケット6型」は、高度40㎞に到達し、その結果日本は自力での観測データを入手し、「国際地球観測年」に参加することができました。

そして、1960年に「カッパロケット8型」は、高度200㎞を超えました。

このとき実施された実験において飛距離が伸びたことが影響して、実験場所を太平洋に向いた鹿児島県内之浦に移動し、より大型のロケットの発射実験を行うようになりました。

国産ロケpットの歴史(発展期)

  1960年代になると、『人工衛星計画試案』が立案されました。

これよって、「カッパロケット」の後に「ラムダロケット」が開発され、より高く打ち上げるための研究が行われました。

1963年には、科学技術庁が「航空宇宙技術研究所」を設置しましたが、ここでは、宇宙技術の基礎的研究を行いました。

しかし、航空設備が十分でなかったため、宇宙技術の開発はできませんでした。

そこで、航空技術のみが「航空宇宙技術研究所」に残る形で分離し、1964年に科学技術庁は「宇宙開発推進本部」を設置することとなりました。

一方、東京大学には「宇宙航空研究所」が設立されました。

改良を行いながら「ラムダロケット」の開発は進行し、ついに高度2,000㎞に達するまでになりました。

1970年2月11日、全段無誘導の「L-4Sロケット5号機」によって、日本初の人工衛星「おおすみ」の打ち上げに成功しました。

このロケットは、国内技術だけでロケットと人工衛星の打ち上げに成功したことになります。

宇宙開発推進本部は、1969年10月に科学技術庁の「特殊法人宇宙開発事業団」として組織化されました。

当初防衛庁の施設があった新島で実験を行っており、ロケット基地を設置しようとしましたが、安保闘争の時代であり、防衛庁のミサイル基地への反対運動が起こった結果、鹿児島県種子島をロケット発射基地として移転しました。

宇宙開発事業団は、初めは独自の液体ロケットの開発を行う予定でしたが、実用・商業的なロケットの必要性から、アメリカと「日米宇宙協定」を結び、アメリカから技術を導入することとなりました。

1977年にアメリカからの技術移転で作られた「静止気象衛星ひまわり」をアメリカのロケットで打ち上げました。

また、「さくら」や「ゆり」なども米国のロケットで打ち上げることになりました。

これ以降、宇宙開発事業団は、大型化衛星の要求に応えるため、「N-Ⅱロケット」の開発を開始し、300㎏近い「ひまわり2号」を静止軌道に投入することに成功しました。

しかし、高度なアメリカの技術を導入していても、不具合が生じた時に対応が遅れなどの懸念があるため、ロケット全体を自ら我が国の技術で開発することが必要となり、国産での開発を始めました。

宇宙開発事業団の生産したロケットは、急速に増えた通信衛星や放送衛星、気象観測衛星などを打ち上げていきました。

「H-Ⅰロケット」は9機生産され、すべての打ち上げに成功し、日本で初めて複数の衛星の同時打ち上げに成功しました。

国産ロケットの現在

  1998年、北朝鮮がミサイル実験を行って以降、世界では過去には行われていなかった情報収集衛星の打ち上げやミサイル防衛など、防衛を目的とした宇宙利用が行われるようになりました。

また、東西冷戦が終結した後は、ヨーロッパや中国、インドなどの各国は宇宙開発を進展させ、それによって国際環境が変化し、日本独自の宇宙開発の意義も変わってきました。

さらに、宇宙研究・開発や科学だけでなく、商業や産業に対する実用化や、宇宙開発に協力する国内民間企業の利潤などが宇宙開発の課題となりました。

これらの問題を解決するため、宇宙開発のイニシアチブを文部科学省から内閣総理大臣の責任の下に移すことが考えられ、2008年に「宇宙基本法」が制定されました。

この法律によって、内閣の下で宇宙開発の計画や管理を一元化することが決定し、同時に防衛への利用についての法的根拠等も整備されました。

この法律が制定された後、内閣に「宇宙開発戦略本部」、内閣府に「宇宙政策委員会」と「宇宙戦略室」が相次いで設置されました。

また、今まで文部科学省内の「宇宙開発委員会」が行っていた計画・管理も、内閣府の「宇宙政策委員会」が行うこととなり、新しい宇宙開発計画体制が確立されました。

国産ロケット「H2A」の意味

  今回打ち上げられた「H2A」ロケットが搭載していたのは、カナダの企業の通信放送衛星で、赤道上空約3万6千㎞の静止軌道に投入されます。

今回の受注のポイントになったのは、不利と言われていた種子島の立地を克服することです。

静止軌道は、地上から見た衛星の位置が変わらず、商業利用も多いと言われます。

当然ながら、赤道付近から打ち上げれば効率が良く、例えばヨーロッパの「アリアン5ロケット」は、ほぼ赤道直下から打ち上げています。

しかし、種子島から打ち上げた場合には、衛星を回る向きを大きく変える操作が必要になってくるのです。

これまでの打ち上げでは、約30分後の高度約300㎞程で衛星を切り離し、その後は衛星の燃料を使っていました。

今回の改良型では、衛星を載せたまま約4時間半飛行し、静止軌道近くでロケットエンジンを点火する方式に変更しました。

こうすることで、衛星の燃料を節約でき、それまでの寿命を数年延ばすことできます。

従って、ロケットの搭載する機器も増やせます。

打ち上げは2007年から三菱重工業が請け負い、改良は「宇宙航空研究開発機構(JAXA)」が行っています。

三菱重工業の小笠原営業部長は、「改良がなければ受注につながらなかった」と話しています。

JAXAの話では、近年は赤道付近での打ち上げを静止衛星が増えているとのことですが、2003年以降は世界で打ち上げられた商業衛星のうち、従来型の「H2A」で対応可能なのは7%程度ですが、今回の改良型ならば、約半数が可能になり、世界の受注競争に参加できるとのことです。

国産ロケットの世界進出は、今からが正念場である。

 世界に後れを取った日本のロケット開発ですが、今後は日本の高い技術力を背景に、官民一体となって、売り込みにまい進していくことになります。

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