3億円のヴァイオリン「ストラディヴァリウス」を買う目的とは?

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クラシックの華、ヴァイオリンを巡るお金の話

クラシック音楽の世界、といえばヴァイオリンやピアノ、あるいはフルートなどをイメージする人が多いのではないでしょうか?

世界でも指折りの実力を持つ、オーケストラといえば、ドイツの「ベルリンフィルハーモニー管弦楽団」ですが、日本のNHK交響楽団、通称「えぬきょう」や読売日本交響楽団、通称「よみきょう」などは、今日、間違いなく世界レベルに達しています。

「ベルリン」や「ウィーンフィルハーモニー」、「パリ管弦楽団」、「ニューヨークフィル」など、世界一流のオーケストラは、世界中でファンを持ち、多くの定期会員とバックアップする企業、個人がお金を出し合っています。

そんな中、日本のNHKと読売新聞社は、国内を代表するマスメディアです。

特に NHKは国の予算も計上されている部分があるのは、よく知られている事実。

ですから、オーケストラの楽団員は安定した収入を保証されてはいますが、だからといって、7,000万円も、8,000万円、いや2億、3億といったお金をもらっているわけではありません。

ですから、持てる楽器にも限度があります。

オーケストラの花形、ヴァイオリンは、全楽団員の中でも一番高額な楽器を手に入れなければ、なりません。

なぜか?

高価であればあるほど、楽器として素晴らしいのはもちろんですが、鳴り響く音の大きさが非常に強いのです。

そして、そのヴァイオリン奏者のトップ、コンサートマスターともなれば、最高級品で弾きたいし、お客さんに聞かせたい、と心から思うわけです。

ですが、楽団員の給料は年収1,000万円代がせいぜいです。

仮に3億円のストラディヴァリウスが手に入る、としても、単純に30ヶ月はかかってしまいます。

いいえ、もしかすると10年、いや20年かかっても無理かもしれません。

欲しい!と思っていても、お金のある投資家が買ってしまうかもしれない…

そうなんです。

実は、オーケストラの楽器の中には、音楽家が手を出せないことをいいことに、裏で投資家が買い集めるケースがあるのです。

今回は、楽器を巡る裏話しを書いてみましょう。

イタリアの名器、ストラディヴァリウスを巡る攻防

アントニオ・ストラディバリ(Antonio Stradivari、1644年 – 1737年)はクラシックの世界では伝説になっている人物、そしてイタリアのクレモナで弦楽器製作者としてあまりにも有名です。

彼のいた時代、クレモナはまだミラノ公国という諸侯の領土であり、イタリアはまだ統一していませんでした。

そのため、スペイン王の領土になったり、オーストリアの領土になったりと、非常に複雑な歴史の渦中にあったのです。

そして、アントニオの生きている時代、富豪で有名なオーストリア貴族、ハプスブルク家のものになっていました。

ここで、中学・高校の歴史の授業を思い出してみましょう。

日本では戦国時代を経て、徳川家康が江戸幕府を開いたのが1603年。それから、260年もの間、日本には戦争はありませんでした。

ところが、欧州ではだいぶ様子が違います。

ドイツもイタリアも1600年代は小さな王国や公国などが集まる集合体でしかなく、イタリアが天下統一したのは1861年ですから、まさに日本の明治維新直前のことだったのです。

イタリア人はスペイン王やフランス王、オーストリアの貴族などに国を治めさせても平気だったのでしょうか?

実は、これが面白いことに、イタリアの「名を取らず、実をいただく」という民族性を表しています。

普通ならば自国の領主が外国軍に攻められれば、領民は戦う…と思いきや、イタリア人は違いました。

良い領主であろうと、悪い領主であろうと、仕えるふりをして密かに自由を謳歌したい…そうしたDNAは、あまりにも複雑な歴史を生き抜いてきた証なのです。

今日、イタリアが抱えるものは「ブランド文化」です。

ベネトンやヴェルサーチ、フェラガモといったモード・宝飾、細身で美しい家具、エスプレッソマシンなどの電化製品、フェラーリやランボルギーニといった究極のスポーツカー、そして弦楽器などは今なおイタリアが世界を誇る超一流のものばかりです。

もちろん、イタリア製の紳士靴は、日本製とは違って「当たり外れ」もあるのはよくあります。

イタリア製の全てが良いわけではなく、とてつもなく高価なものがとりわけ素晴らしい、というのがイタリアの文化でもあります。

そのなかで、アントニオが作った弦楽器は、約1,000丁。

製作されてから300年の時が過ぎ、ストラディヴァリウス(ラテン語でストラディヴァリの…)は、今ちょうど響きの最後の全盛期を過ごしているところと、言われます。

ストラディバリウスのヴァイオリンは、表板はスプルース(ドイツトウヒ…松に似ており、葉がやや薄い緑)を用いており、重要な裏板は、カエデを用いています。

良質のスプルースは一部のヤマハのピアノにも用いられており、非常に華やかな音を出す要因。

カエデは、木目がトラの模様のようになっているものや、バーズアイ(鳥の目)のような節が見えるものなど、非常に美しいものも使われます。

アントニオの楽器の中で、ヴァイオリンは特にこの美しさが素晴らしく、上塗りされたニスも厚みが滑らかになっており、300年経った今、音に艶が出て良いコンディションのものが多いのです。

テクニックを持った素晴らしいアーティストの手にかかると、素晴らしい音が3,000人の大ホール末席まで鳴り響き、楽器本体の美しさはまるで美術工芸品…それならば、是非とも家宝にしたい、というコレクターもいないわけではありません。

3億円?世田谷の100坪に50坪の家屋敷を建てれば、安いもの…そんな感覚の人が間違って買ってしまう、そういう時代も実はあったわけです。

もはや、手が届かない!世界の名手でさえ買えない、ストラディヴァリウス

クラシック愛好者の中には、ふんだんにお金を持っている人が次々と現れ、それを儲けの対象にしようと考えたのがイギリスの楽器商人のフロリアン・レオンハード氏でした。

彼は2008年に「ファイン・バイオリンズ・ファンド」なるものを発表、90億円もの資金集めに入りました。

優れた楽器商人であり、修復家でもあるレオンハード氏は、ストラディヴァリウスや、アマーティ、ゴフリラといった名器を買い付け、修復しては高く売ることで、利ざやを稼ぐ商売を始めたわけです。

そして、彼が商売としているのは、数億円から数十億円ものストラディヴァリウスを買い付け、修復して価値を上げて、有名な投資会社に売却するか貸し出します。

彼らは著名な演奏家に、楽器レンタルを行うことで、年利10%もの安定した利益を生むわけです。

なんだ、それなら誰かにお金を出してもらい、楽器を転がすだけか…と思われるかもしれませんが、何しろ300年も前の楽器を修復することは、大変難しいことでもあるのです。

楽器は木でできており、補強板ももちろん木製です。

接着剤はニカワを自分で製作しなければなりません。

美術品と違うのは、なんせ、音を出さなければならない…という点です。

ですが、現在のところ、レオンハード氏は世界中で商売をうまくやっているようです。

300年前の楽器をうまく調整する技術もあるのでしょうが、それよりも、彼がこの世界で世界一の目利きであり「フロリアンが本物だ!」というなら、絶対にこの楽器は本物、と誰もが信じているためです。

それはいわば、千利休が「この黒樂茶碗は絶品なり」と称えれば、あっという間になんの変哲もない、無粋な黒茶碗が高い値で売られるようになるのと、同じこと。

冷静になって考えたいのは、確かに現代は300年前よりも響きのよい、音楽ホールが増え、ヴァイオリンの音色を引き立てるピアノもピアノ弾きもデビューしている事実です。

ですから、さぞかしストラディヴァリウスの音色は、素晴らしく響き、聞こえるのは事実でしょう。

ですが、2015年に2月、フランク・ペーター・ツィマーマン(ドイツ、1965-)は「Portigon Financial Services AG」という金融関係企業からのストラディヴァリウス(1711年製 名称“レディ・インチクイン”)の12年に及ぶ貸し出し期間を終えて、買取商談に入った途端、破談となったことが知られています。

現在の ”レディ・インチクイン” の相場は約500万ユーロ。1ユーロ135円では、実に6.75億円にも上ります。

ところが、かの金融屋さんは、さらに1億円以上もの上積みを求めて、買取交渉を願ってきたとのことで、さすがにドイツきっての名手も「それは払えない!」と地団駄を踏んだ、という結末でした。

50歳を越えたフランクにとって、残りの寿命でどのくらい稼げるかはわかりませんが、ここで言えることは、ヴァイオリン弾きが買う値段ではとうの昔に終わっていて、今のストラディヴァリは、投資家が趣味で楽器を弾いている、そういう時代になってしまった、というのが本当のところなのです。

芸術なのか、それとも投機なのか?文化を破壊しつつある、金の使い方

今、世界のお金はどこに向かっているのでしょうか?

多くの人はアメリカ、といい、または中国といいます。

確かに、中国の投資家の桁外れなスケールは、驚きを隠せないレベルに発展しています。

ただ、本当に残念なのは、そのお金の使い方が、せっかくの数百年もの文化を「遺産」にしてしまっている点です。

名画も楽器も、コレクターのものになるの自由でしょう。

ですが、名画は多くの人の目に晒すことで、その価値が膨らみます。

楽器は絶えず、鳴らし続けなければだんだん木が痩せてくるだけです。

乾燥はすぐにヒビを生じ、湿気はカビの温床になります。

コレクターの手に眠り、いつしかサザビーズで競売に掛けられるなど、本当に価値を知る人から見れば、悲しい現実そのものでしょう。

今の日本では、そういうお金の使い方が増えてきているのではないでしょうか?

壊しては建て、建てては壊す安普請のビル。

ですが、本当に価値があるならば、姫路城や東京・東銀座の歌舞伎座のように、古きを温めて新しきを知る建築物に建て替える方法もあります。

お金を持った人は、才能ある人に具材を貸し出す、そういう社会を定着していかなければ、文化は育ちません。

中国では、お金のある若者が名車フェラーリを暴走運転して、衝突事故を起こし、動画サイトに投稿する事件がありましたが、本当に価値を知っている人ならば、これほど愚かで悲しいことはないでしょう。

お金で買えるもの、買えないものの区別をつける、それが本来の生き方

中国でのお金の話を少し持ち出しましたが、この国のお金を巡る価値観は、従来の欧米とは全く違うもの、というべきでしょう。 社会主義国家では、基本的に物流が自由ではありません。 翻ってアントニオの時代のイタリアはどうだったのでしょうか? クレモナは、アントニオが中年になった自分に、ハプスブルク家の領土になりましたが、ヴァイオリン工房はその後もしっかりと経営し続けられました。 それどころか、欧州の歴史は、王であっても民衆であっても、芸術を愛して止まない文化がすでに定着していたのです。 日本でもそれは元禄時代、あるいは化成文化などと華やかな時代がありました。 お金の価値を知る、それは過去の歴史を知ることでもあります。 素晴らしい、と思ったものには、あれだけ戦乱を生きてきた武将でさえ、金に糸目をつけずに茶碗を買い、武具に飾りを誇るのです。 文化は、心を豊かにしていきます。 その理由は、自分だけではない、先祖代々が築いてきた文化を通して「生きたお金の価値」を、身を持って知ることにつながるからなのです。 ストラディヴァリより新しく、そして素晴らしい名器がそろそろ出てくる頃です。 純粋に、楽しむための素晴らしいヴァイオリンが続々出てくる時代、待ちたいと思います。

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