人はどれだけ人からプレゼントをされていると思いますか?

shutterstock_274393130

始めに何かを与えられるのは両親から

皆さんは今までで生きてきて、誕生日プレゼントを貰ったり何でもない日に小さなお菓子を貰ったり食事をご馳走になったりと

どれくらい人から何かを貰ってきましたか?

結構、忘れていて思い出せないものかと思います。

プレゼントはお金を払って手に入れる物とは違って、誰かに無償で明け渡される物です。

誰かに物を貰った初めてはお母さんのお腹の中に居る時の栄養になるんでしょうか、そうでなくとも出生して初めて無償で貰う母乳かミルクは親からの物だと思います。

それから成人するまで続く両親の子育ては無償のプレゼントの連続です。

無償で与えられる物にはお金では変えられない愛情を感じる物ですね。

子供の頃に沢山のプレゼントを受け取った人は心が豊かになり、大人になると自分が他人に無償のプレゼントを沢山する様になります。

そうすると、それが返ってくる事も増えて幸せな連鎖が起こると言えますね。

こういった物は不思議です。

無償の行いはゼロから始まったもので、それに人類が幸せになれる為の鍵はある気がしてなりません。

ゼロは無く、存在が産まれた事への感動の感謝から無償のプレゼントが始まるのかも知れませんが。

人へのプレゼントにどのくらいお金をかけるのか

人から貰うだけでなく、自分からも誰かにプレゼントをあげる機会が何度もあったと思います。

その金額はその時持っている自分のお金の中から妥当な数字の金額で、かつ自分が相手にあげたい気持ち分を的確に表す様な金額の物をプレゼントしていると思います。

それは無意識にですね。

反対に意識的に金額を決めてのプレゼントの場合は、相手の事をきちんと考えなければいけないですね。

例えば貴方が親であるとして、子供に与えるおこずかいの金額はいくらが良いのでしょうか?

過不足なく、与えるのが良いとは思っていてもベストがどれくらいかはよく分かっていない方もいると思います。

日本の親が子供に与えているおこずかいの平均を取るとこうなります。

小学生で平均約1000円前後。

中学生は平均約2500円。

高校生だと平均5000円以上。

これを見て、まあそんなものかな。と思う方もいると思いますが、この中には平均が1000円ならば500円の人がいたり2000円の人がいたりして出来た平均なのです。

貰っているおこずかいが多くても少なくても子供に支障がきたします。

多いと子供の金銭感覚は鈍ってしまいますし、少ないと子供は周りの友達と同じ出費をするのに苦労する事になり、不満もストレスも溜まるでしょう。

意識的に金額を決めたプレゼントでは、自分の心ではなく相手の心が重要になりますからあげる側と子供との話し合いが必要です。

その地域や時代で必要なお金というのは、いくらでも変わる上に、本当の所はいつも当事者にしか理解出来ないものです。

必要な物を与えるというのは 愛情のあるプレゼントの一種に違いありませんから、聞くべき必要な声が耳に届く様にしていれば何も問題はありません。

奢られやすい人は子供の特性を持っている

子供から徐々に大人になっていくと、目上の人や知り合いがご馳走してくれる機会が出来てくる様になりますよね。

誰かに奢る機会の多い人といえば他人にとって目上の立場である事の多い年を召している方や、仕事上での役割が大きい人、食事会ではその場で一番稼ぎの多い人なんかが思い当たります。

そうした表面的特徴以外に、何故か平均に比べて人によく奢って貰いやすい人とあまり人に奢って貰う事のない人がいます。

その違いは子供っぽいか、大人っぽいかにあるんじゃないかと考えています。

誰かに無償のプレゼントを貰う存在の代表格として赤ちゃん。または子供がいるとします。

その無償のプレゼントを渡すのは、いつも大人で、大人はプレゼントをする側の代表格です。

奢って貰う時のその瞬間は普段がどうあれ、どうしても奢って貰う人が奢る人の下の存在になると思います。

いつも振る舞われる側は、誰でも振る舞う側より下手になりますが、それも無償のプレゼントを渡す側は親の立ち位置へと一時的にでもなり、無償のプレゼントを貰う側は同じ様に一時的にでも子供の立ち位置へとなるからだと理由付けられます。

小さな頃からある、その立ち位置の位置関係は変わらないものなのでしょうね。

ですので、奢られやすい人というのは子供の長所である愛嬌を持っていたり。

可愛がられやすい様な愛らしさを持っている人になります。

大人でその特徴を持っているだけでは、奢られやすいまではいきませんが

奢られやすい人は、その特徴の上に感謝を等身大に表す無邪気さや与えられた物を、その物の下に隠れた情ごと喜んで受け取る素直さも持っているのです。

誰かにプレゼントをする時は第一に「喜ぶ顔が見たい」気持ちがあるのではないでしょうか。

良い意味で子供っぽい人は、無償で与えられた情の分やそれ以上で、天然で相手のその要望に応えれる人なのです。

奢られにくい人は奢る側の特性の方が強く出ている

奢られにくい人は大人っぽい人だと提議付けましたが、大いに誉め言葉になります。

大人っぽいという事は周りから大人の立ち位置、つまり無償でプレゼントを与える側の人間だと思われているという事なので、自分は人から奢って貰った事が無い。と思っていても、それはプラスに捉えられる事です。

確かに奢られやすい人と比べれば人生で浮いてくるお金は少なくなると思いますが、奢られにくい人は逆に奢る事によって

相手から喜びや感謝と共に、色んな情を与えられる様になります。

物で与えた物をその瞬間に何の気持ちも出さず、物で返す事は不可能です。

何よりも先に、与えた無償には受け取った人の何らかの情が与えた人に渡されるものなのです。

愛されるより愛しなさいの精神です。

奢られやすくなりたい!ではなく、自分の生まれもった特性を知って、時には今まででとは違う行動を取るようにすると貴方の周りは不思議な程に円滑になるでしょう。

お金と愛情には因果関係がある

学校に通う子供は特に、お金が無くて貧乏であるというステータスは差別の対象になってきました。

女の子なら友達から聞かれる事の多い質問で、「お金を持っているけど性格が悪い人か貧乏だけど性格が良くて愛してくれる人か、どっちかしかいないならどっちを選ぶ?」というのがあるんですが、小学生の女の子までは殆んどが後者を選びます。

中学生辺りまでも同じ位だと思われます。

その子達が高校生、大学生と育っていって今の大人の女性達に同じ質問をすれば小学生の頃とは違った割合になります。

中でも子供の時にお金が無い生活をしてきた人は十中八九、後者を選びます。

誰かからお金を貰った時、嬉しさと共に愛情を感じますが、それは人間にとってお金が命と直結しているからなのでしょうか。

人間にとって心を満たす物はお金なのか愛なのか

お金が無く、生活水準の低い暮らしを長く過ごして一体どれだけの人が心が豊かなままで居れるでしょうか。

お金が無い時に人の心にもたらす影響は余裕の無くす事だと思います。

余裕が無い人間は、そうそう人に優しく出来るものではありませんね。

貧乏である場合、人と違うというコンプレックスが心に植え込まれます。

お金の劣りは、人間の存在自体の劣りであると勘違いしてしまいやすいです。

本来はお金があるから愛情を手に入れられるという事ではなく、お金が無いから愛情面で不安を覚えた。という方が先に起こっているのです。

なので、お金は表面上をいくら満たしても心を満たす事とは無関係で、愛情を持つ人は様々な愛情表現の一つとして生きていく為に必要なお金を使う【事もある】。程度の事なのです。

人が誰かに与えるプレゼントにはお金の中に愛情が入っている

もう一度皆さんが今までの人生で誰かにプレゼントして貰った事を思い出して下さい。 子供の時におじいちゃんやおばあちゃんに貰ったお年玉を受け取った時は、それはそれは嬉しかったと思います。 お正月のお年玉は子供にとってベストスリーに入るイベントだと思います。 お年玉をあげたおじいちゃんおばあちゃんは、どんな気持ちだったでしょうか。 あげたかったのはお金ではなく、これをあげる位の気持ちが貴方にあるよ。という表現の一つだったとはずですし、無償で与える事で望んでいた見返りは貴方の愛情を受け取って喜んだ姿だったと思います。 こんな風にプレゼントにはお金以上の意味が、いつも中に入っています。 お金、人間、愛情。この三つは一つずつ線で繋がっていて三角形になっている様な関係にあります。 どれかが酷く欠ければ他の二つは影響を受けざるを得ませんが、どれか一つでも守り通せたなら他の二つを手に入れる事は容易なんだと思います。

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でお金が無い.jpをフォローしよう!

人はどれだけ人からプレゼントをされていると思いますか?
Reader Rating 2 Votes