低所得者はなるべくしてなっている?

低所得者に共通する心理・行動の特徴がある

低所得者と言われて気分のいいものではないですが、最近低所得者と言う言葉が特に頻繁に使われ、自分の現状を知ると低所得者に自分も入っている事を知り、低所得者である事を自覚する人も多くなったことでしょう。

国税庁の『民間給与調査』によれば、給与所得者の約4割が年収300万円以下であり、そんな現実を知ると低収入の低所得者でも仕方ない気がするというものです。

低所得になるとお金の余裕がなくなり心にも余裕がなくなる、心の余裕がなくなれば自分勝手な心理的特徴や行動の特徴が出てくると言われていましたがどうもそうではないようです。

高所得者と低所得者両面の行動や心理的特徴は持って生まれたものであり、ただ運が悪いから、実力が伴わないからだけが低所得者になる理由では無いと言うのです。

低所得者にはそうなる人たち特有の「ダメに陥るマインド」とでも言えるものがあり、それこそが収入、ひいては所得に大きく関係しているのだと言います。

逆に言えばそうしたマインドを捨て、あるいは抑えることで低所得者からの脱却を果たすことも可能なのではないかと私は考えました。

そこで今回は低所得者になっていく行動や心理の特徴を知り、それがどういう影響を及ぼし低所得者になるのかを考察し、低所得者に特有の「ダメに陥るマインド」を知ることで低所得者脱却の方法について考えてみました。

低所得者は社会適正が低い

低所得者になる理由の一つとしてこの理由が挙げられます。

何を今更そんな事を言っているのかと思う人もいると思いますが、引きこもりやニートの事やコミュニケーション能力についての事ではありません。

例えば身だしなみについての意識。

身だしなみに対する意識が希薄でYシャツの下に柄物のTシャツを着て上司に怒られる人、全く体にあっていないスーツを着ている人、あるいは「仕事場で着替えるから」と部屋着のままで出勤してくる人などが低所得者には多い傾向があります。

身だしなみとはお洒落とは違い、人に不快感を与えないようにするために整えるものであり、整髪や服装などに対する意識が低いという事は人に対して気を配っていない事に他なりません。

時間についていい加減なところがある人も低所得者の人の方が多いと言います。

ギリギリまで仕事をしたり、クライアントとの約束の時間に5分10分遅れてしまう人、あるいはそもそもの時間管理が甘くて遅刻を良くする人と言うのも低所得者に多く見られる特徴です。

忙しくなければ時間と言うものの大切さは理解できず、忙しくない人程その価値を知る事ができないと言うもので、低所得者は忙しさを寧ろ嫌うところがあるのでこうした時間に対していい加減な考え方を持っていると言います。

整理整頓ができないと言う特徴もまた低所得者の人には多くみられます。

必要な資料がどこにしまったのか自分でもわからなくなったデスクを使う人、皆が使うものや場所を自分が使った後に全く片付けない人、デスクトップにいろんなアイコンが散らかり、よく探すのに手間取ると言う人もまた低所得者の人に多い特徴です。

こうした人を一般的には社会適正が低いとは言わず、別の言葉で表現します。

それが「だらしない人」というもの。

しかし別にだらしない人かどうかはそんなに問題ではないのです。もし自分ひとりの時間で自分だけが影響を受けるようなプライベートスペースであればだらしないところが出ても社会適性に影響はありません。

そのだらしないところが人に影響を与えてしまう人と、だらしないところが人に影響を与えない人の違いは色々あげることが出来ますが、一番大きな要因であり、低所得者になる理由の一つであるとも言えるのが「我慢が出来ない」という所にあります。

我慢が出来ない低所得者

低所得者は我慢と言うものが出来ないと言う共通の特徴を持ちます。

これもまた当たり前の事ですが、仕事がしたくないから辞める、欲しいものやしたい事を我慢できないからお金を使うという事ばかりではありません。

例えば先程のだらしないところが人に影響を与えてしまう人とだらしないところが人に影響を与えない人の違いはこの我慢が出来るかどうかです。

「人に迷惑をかけたらいけない」であるとか「人にだらしないと思われてはいけない」という事は誰もが頭をよぎることですがそれよりも自分を優先してしまう我慢が出来ない事がこうした違いを生みます。

また多くの人がしたくないのにしないといけない仕事へのモチベーションは総じて低いもの。

我慢という事で集中力を持ち、仕事をすることでモチベーションをカバーする人が多いわけですが、我慢が出来ない人は集中力もすぐ切れてしまい、気分転換と称したサボタージュやいい加減またはミスの多い仕事内容になります。

仕事に関係のないフェイスブックなどのSNSが気になり、仕事の間にも上司の目を盗んでチェックしている人や、発信さえ自分から頻繁にしていると言う人もいます。

そして何より多いのが人の話を聞けていないという事。

誰かと会話しているときにスマートフォンを弄る人、何かしながらも自分のしたいことや、やりたいことが頭の中を占めていて耳には入っていても頭の中に残らないと言う人、そうした人が多いというのもまた低所得者だそうです。

何かしたいという欲求は消費と直結していますし、多くの場合自分勝手な行動を選んでしまいがちです。

社会と言うのはお互いのためにお互いが何かをするために形成され、その際たるものこそが企業です。

多くの人が同じ目的のために何かをするときに自分勝手な行動をしてしまう人が社会のシステムにはじかれやすく、低所得者と言う存在になってしまうのは至極当然なのかもしれません。

低所得者だからそうなるのか?低所得者になる人だからそうなのか?

低所得者に見られる心理的・行動的特徴について大体わかってきましたがそれがあるから低所得者になってしまうのか、低所得者だからそうなったのかという所に対してははっきりとした答えがありません。

実際に低所得者になってから人が変わってしまったと言われる人のケースは多いのでどちらかと言うと「ダメに陥るマインド」を低所得者と言う状態こそが作り上げているとも考えられますが、それだけでなく低所得者と言う状態になり、そうした面が人に露見してきたと言う考え方も出来ます。

実際低所得者になりそうな特徴「ダメに陥るマインド」と言うのは自分が収入を得るかどうかに関係なく、所得の決まる子供時代から一定以上見られるもので、「ダメに陥るマインド」こそが低所得者になるかどうかを決める要因と言うのもあながち間違ってはいません。

同じぐらいの仕事が出来れば評価されるのはもちろん「ダメに陥るマインド」を持っていない人の方であり、人に信用されたり信頼されるのもまた「ダメに陥るマインド」を持っていない人の方です。

「ダメに陥るマインド」を持っている事の多い低所得者は低所得者からの脱却を果たせるだけの選択肢が少なく、無理な投資や下手なやりくりでより低所得者として深みに嵌ります。

低所得者である事が悪い事では無いと言うのなら話は別ですが、低所得者である事から脱却したいと思うのであれば、あるいは低所得者になりたくないというのであれば、自分自身の日ごろの行いが「ダメに陥るマインド」によって変わってはいないかをチェックすることで対応するのも一つの選択です。

自由を求めて、自分のやりたいことをやりたいから、そんな思いから低所得者になってしまった人もいるとは思いますが自由を得るにもやりたいことをやるためにもどうあったとしてもお金は必要なものです。

実際に「ダメに陥るマインド」があるから低所得者になってしまうのか、低所得者だからそうなったのか、が分からなくともお金に関しての、収入に関しての、所得に関して影響を与えることに違いはなさそうなので考えてみることをオススメします。
 

意識へのアプローチでの低所得者からの脱却

低所得者になればなるほど先程あげた社会適正の低さと我慢の出来なさ、我慢の限界が近いという特徴はたしかに見られます。 そしてそうであるとするならばこれら二つの特徴をどうにかすることで一定の効果があると考える事ができるでしょう。 もちろんお金に対しての事がそう簡単に解決するという事はなく、最低でも年単位の長い道のりになるであろう事は間違いないです。 しかし低所得者でいたく無いと言うのならば、お金の稼ぎ方や節約方法、あるいは生活態度ばかりだけなくて、これまで紹介した「ダメに陥るマインド」へのアプローチをすることが無駄になることはないでしょう。 実際のところ低所得の状態であってもお金の稼ぎ方を変えたり、投資をしたりするよりも「ダメに陥るマインド」を改善するように心がける方がお金がかからないので簡単です。 もちろん根気がいる事ですし根底にある特徴まで変えるとなると難しいことではありますが挑戦すること事態は誰にでも出来ます。 低所得に嘆く方、是非一度このアプローチも試してみて下さい。

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