物の豊かさと心の豊かさの違いはどこにあるのか?

日本国民は何の豊かさを求めているのか?

内閣府の「国民生活に関する世論調査」で「豊かさ」をどう思い、考えているかを聞くという項目があります。

その質問項目は「今後の生活において、心の豊かさと物の豊かさのどちらを重視するか」というとても面白い質問項目です。


この質問項目はかなり前から設けられており、この質問項目に対する答えから「日本人は物の豊かさを求めていたが、今は心の豊かさを求めている」と言われるようになったのです。

実際どういう変化があるのかと言うと1970年代前半まで、日本人は「物の豊かさ」を重視すると言う質問に対する回答が多かったものが、たった十年後の1980年代に入ってくると徐々に「心の豊かさ」が重視されていると言う回答へと変化し、ほぼ互角となり今では逆転しているというもの。

しかしこの質問項目自体がそもそもおかしいとは思いませんか?

生きるために必要なものが何もない状態で安心して、心が豊かであると言える人なんてどれだけいるのでしょうか?

逆に心の豊かさを求めていないのに何か物を欲しがり、物の豊かさを求めるなんて事があるのでしょうか?

私はないと思いますし、実際にこう聞かれてそんな事は無いと言う人は少ないでしょう。

しかし不思議な事に「日本ではある程度の物の豊かさは保障されてきたから今度は日本国民は心の安定を求めている」なんて事が言われています。

物の豊かさが満たされていて「消費税10%に増税」と言う話題に対してこれだけ反対の声が上がるでしょうか?

軽減税率の対象について多くのメディアが取り上げ、多くの人がそれについて様々な情報を集め、自身の意見や考えを発進するという事が起こるでしょうか?

この答えもまた「NO」です。

今回はまるで違うもののように言われている物の豊かさと心の豊かさと言うものについて考察し、人が求めているものは今も昔も変わっていないという事をお話しようと思います。

変わったのは表現方法のみ

物の豊かさ、心の豊かさと言うものは実質どちらも同じ物を指しています。

心の豊かさの方が求めるものの範囲が広いと言う考え方も出来ると思いますが、ここでは概念的な事や定義的な事の話をするつもりは一切ありません。

人が求める豊かさと言うものは生き物の本能として生きることが難しくない状態であり、人間として自分自身の充足感や満足感を味わえる状況の事でしかありません。


先程少し触れましたが心の安定を求めたり、何らかの沸き起こる欲求以外で人は物を求めることはなく、心の豊かさを求めて人は物を求めていると言えるでしょう。

人の欲求と言うものは際限がなく、一つ満たされたらまた一つ、あるいは3つも4つも沸いてくるものです。

そういう意味で物の豊かさを求めると言う気持ちがなくなるわけでも満たされる訳でもなく、心の豊かさを求めるようになったという事が起こると言うのはおかしいでしょう。

「衣食足りて、礼節を知る」という言葉があるように確かにある程度物の豊かさが満たされたなら、出来る事や興味関心が沸くものが増えることにはなりますが、物の豊かさを求めなくなるほどに満たされることなんて基本的にはありません。

余程のお金持ちで欲しいものは手に入れようと思えば大体のものがいつでも手にはいると言う状態になるか、世を捨て悟りを開こうとしない限りは常に人は心の豊かさを求めて物の豊かさを求めます。

安心できる、幸せを感じる、将来を考えられるようになる、などそうしたことを心の豊かさと表現するのであれば必要なのは物の豊かさ。

物の豊かさを求める理由は心の豊かさを求めるが故にのこと。

わざわざどうして「国民生活に関する世論調査」において、物の豊かさと心の豊かさを分離する必要がそもそもあったのかがこうして考えてもよく分かりません。

しかしその分離した思惑はこの時代に起こったある出来事からこの二つを分けて質問項目にした思惑が分かります。

お金持ちになるのは気が引けると言う思い込み

物の豊かさと心の豊かさを分けて考えるような質問項目が登場しだしたのは日本がバブル期を迎えた時期です。

多くの人がお金に困る生活をしなくても良くなり、国の経済が順調に回っていく中で殆どの人はこれからの明るい未来だけを想像していたことでしょう。

その経済の良循環を維持するためにも国は国民にドンドンお金を使ってもらわなくてはいけません。

お金は溜め込んでいくものではなく、使うものです。

豊かになりたい、つまりお金持ちになりたいという事が物の豊かさを求めていることと定義するのであれば、貯蓄をすることで財を成すことを良しとする風潮が世界大戦以後に強くなった日本において「お金を使わないことでなるお金持ち」に、なられては困るのです。

そこで登場した言葉こそ心の豊かさと言うものだと考えられます。

自分自身の欲求を満たすため、心の豊かさを感じ取るためもっともっとお金を使って行きましょう。

日本人は古来より清貧と言う考え方を根強く持ち、基本的にあまり財を成すという事に対してどこか抵抗感がある人種です。

お金持ちになったことを知られるのを嫌がる人や、お金にがめつい人や守銭奴と思われるのをことさら嫌がることからそれは分かると思います。

なのでこうして「物の豊かさと心の豊かさどちらが大事だと思いますか?」と聞かれると、どことなく物より心の豊かさが大事と答えたくなってしまうのです。

戦後復興しつつある中であればそんな事を気にすることもなく「物の豊かさを誰もが求め、それを言うのは普通」と言う状況ですので日本人は「普通」の事である「物の豊かさを求める」という事がはっきりと言えました。

しかしバブルに兆しが見え、その恩恵にあずかった人が多くなってくると「物の豊かさを求めると言うのは普通」ではなくなってきます。

すると日本人の多くが「普通」を求めて「物の豊かさよりも心の豊かさの方を求める」と言う声が多くなる訳です。

こうして日本経済のため思惑通りに人々はお金を使っていきました。

しかしバブルはそれでも終わりを告げます。

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