公的年金運用益はなぜ7.8兆円も赤字を出したのか?

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公的年金のシステムの問題はないのか?

先日、公的年金の運用の過程で7兆8,000億円の赤字を出したとの報道がありました。

赤字額の大きさにも驚きますが、そもそも運営で赤字を出すことで我々の受け取る年金に影響がないのでしょうか。


公的年金とは

公的年金とは、社会保障の考えから財政援助や税制優遇措置によって国が国民に支給する年金のことです。

公的年金には、老齢年金として国民年金、厚生年金、共済年金があります。

厚生労働省の調査では、公的年金の支給総額(年金総額)が2009年度に50兆円に達し、名目国内総生産(GDP)に対する割合が1割を超えました。

また年金の受給者数が3,703万人と前年度比で3.1%増え、加入者数は0.9%減の6,874万人に減少しました。

公的年金に拠出された掛け金は積み立てられ、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が運用しています。
2012年現在の運用資産の総額は約107兆円です。

日本では、すべての国民が公的年金に加入し老後に年金給付を受けるという「社会保険方式」による国民皆年金を採用しています。

つまり、公的年金加入者が保険料を納め、将来年金給付を受けることになっています。

ただし、一定期間以上の間保険料を支払わなければ年金を老後に受給できません。

給付は、積み立て方式であった頃に積み立てた積立金の取り崩しと、現役世代の保険料を年金給付に廻す仕組みで成り立っています。

しかし、現在の老齢年金受給者は保険料を払い込んだ以上の額の年金を受給していますが、現役世代は保険料に対する受給額が現在の老齢年金受給者ほど多くないことから、「年金の世代間格差」が問題とされています。

公的年金制度は戦後積立方式でスタートしました。その後、現役世代が納めた保険料を原資として老齢年金受給世代に給付されるという賦課方式に事実上移行しました。

世代間扶養の仕組みといわれています。

公的年金の運用とは

現在、GPIFの運用残高は140兆円ほどになっています。

これまでGPIFは積立金のほとんどを安全な国債で運用してきましたが、安倍政権になって運用方針の抜本的な見直しが進められました。

インフレが進むと債権価格が下落するため、債権中心のポートフォリオでは損失が発生するリスクが出てくるというのがその理由です。

2014年10月にまとめられた新しい運用方針では、国債の比率が60%から35%に低下し国内株の比率は逆に12%から25%に引き上げられました。

外国株を合わせると全体の50%が株式という構成になっています。

こうした運用方針の見直しについては、一部から株価対策ではないのかという批判が出ていました。

実際、GPIFのポートフォリオ変更に伴って数兆円の資金が株式市場に流入しており、空前の株高が演出されました。

結果として2014年度の運用実績は15兆2,922億円のプラス、2015年4~6月期の運用実績も2兆6,489兆円のプラスでした。

GPIFは自らの買いで株価を押し上げ、高い運用実績を上げたのでした。

8月に入って株式市場は、中国ショックをきっかけとした全世界的な株価下落に見舞われました。

当然のことながら、7~9月期の運用成績はその影響を受けることになりました。

6月末時点におけるGPIFの日本株の比率は23.4%、外国株の比率は22.3%であり、合計すると45.7%が株式で運用されていました。

6月末時点から現在までの間に、日経平均は約14%、ダウ平均株価は約8%下落していますが、外国株は米国株のみと仮定し、機械的にこの数字を当てはめると7.8兆円の損失が発生している計算になります。

2014年12月、民主党の長妻昭議員はGPIFが想定する損失額について質問主意書を提出しています。

政府は、想定される最大損失額が約21.5兆円になるとの回答を出していますが、この数字は上記の金融工学的な前提条件から導き出せる数字とほぼ一致します。

つまり、今回の株価下落で数兆円の損失が出ることは当初から想定されていたということになります。

ただ金融工学的には正しくても、これだけの損失額が出る可能性について国民の間で十分なコンセンサスが得られているとは言い難いと思われます。

実際に運用実績が公表された場合、数字の大きさに動揺が拡がり政治問題化する可能性は否定できないでしょう。

公的年金は高齢化の進展で、年金の給付額が年金保険料の徴収額を上回っており、GPIFの積立金は毎年3兆円程度減少しています。

つまり、何もしなければあと数十年で年金積立金がなくなってしまう状況なのです。

大きなリスクを覚悟してでも、期待リターンの高い株式にシフトしなければならない本当の理由はここにあります。

公的年金の運用リスク

現在、公的年金の運用方針における「標準状態」は内外の株式だけで50%、さらに外国債券を15%ほど持つ状態だとしています。
しかし、この状態は決して適切とは言えません。

その理由は2つあります。

まず1つ目は、国と年金加入者の年金を通じたお金のやりとりに無用な不確実性を持ち込むことが適当ではないからです。

仮にGPIFが10兆円なり20兆円なりの運用損を出したとして、それが直ちに翌年からの年金支給額に影響を与えることは当面ありません。

しかし、将来の年金給付なり、保険料なりには必ず影響が出ます。

運用も不確実だし、失敗があった場合の影響の出方にも不確実性があります。

公的年金は、国民にとってもっと確実に計算できるものである方がいいのではないでしょうか。

公的年金運用に株式投資が「無用」だというのはなぜでしょうか。
個人の運用なら、「リスクはあるがリターンが高いとして株式投資を勧めているのではないか」という反論がありそうです。

しかし、個々の国民は株式のリターンがリスクに対して有利だと思えば、自分の意思で株式に投資することができます。

国民には公的年金積立金を通じて、年金加入者あるいは納税者として間接的に株式投資を行う必要がありません。

2つ目は、公的年金が民間企業の大株主になることが望ましくないからです。

では、公的年金が国民のためにまとめて運用するのと、国民がばらばらに運用するのとでは、どちらがいいかのという制度設計の選択があります。
情報の管理の点でも、多様な投資家による価格形成の点でも、民間がリスク資産運用を行う方が最適だと思います。

公的年金は、過大な積立金の大部分を国民に返し、リスクを縮小した上で堅実に運営されるようになることが本当は望ましいでしょう。

あるいは、公的年金制度はつまるところ国と国民のお金のやり取りなのだから、積立金全額を米国のように非市場性国債で運用する選択肢もあるでしょう。

小泉純一郎元首相がかつて唱えた印象的なキャッチフレーズに「民間でできることは、民間で」というものがありました。

株式投資をはじめとするリスク資産での運用は民間でできることであり、民間の方がより良くできることです。

なお、政府が株式投資への奨励、市場の振興に気を遣ってくれるつもりなら、確定拠出年金やNISAのような税制優遇された運用の枠を拡げるなり、法人税が課された後の利益に対する一種の二重課税である株式投資収益への課税を廃止するのも一計です。

公的年金の運用計画

ところで、GPIFが策定した内外の株式が合わせて50%という運用計画は、どうやって作られたのでしょうか。

言うまでもありませんが、株式は0%でも100%でもない、50%という数字は常識的には期待リターンとリスクとのバランスから決まったはずです。

ところが厚生年金と国民年金の管轄主務省である厚労省は、「名目賃金上昇率+1.7%」という目標運用利回りをリスクを明示せずに与えました。

GPIFの運用計画を検討する有識者による運用委員会は、政府の中長期財政見通しを前提として国内債券100%の運用よりも目標利回りを下回る確率が小さなポートフォリオの中で、おおむねリスクが小さいポートフォリオを基本ポートフォリオとして定めました。

その際、25年という小回りのききにくいGPIFとしてもいかにも長すぎる期間が前提とされています。

そもそも国内債券100%のポートフォリオでは目標とする利回りが達成される可能性は乏しく、この基準ではかなり大きな比率でリスク資産に投資する必要がもともとありました。

運用計画の作り方として考えると、想定期間、経済前提の置き方、リスクの考え方など方々に問題を含みます。

「名目賃金上昇率+1.7%の運用利回り」という目標と、おそらくは「少なくとも国内株式ベースで20%以上のリスク資産運用」という安倍政権サイドの期待値を意識しつつ、苦しい辻褄を合わせて作ったポートフォリオだと推察します。

運用計画策定プロセスのあれこれを批判する以前に、おおもとはリスクとリターンとの関係を明示的に考慮せずにいきなり「名目賃金上昇率+1.7%」という運用目標を与えた厚労大臣(つまりは厚労省年金局)のやり方に最大の問題があったと考えます。

このため、金融の世界で通常「最悪」として想定する「マイナス2標準偏差」の事態が起こった場合、単年度で二十数兆円の損失が起こり得るレベルのリスクを取る、基本ポートフォリオができ上がりました。

また、これは主として政治の問題ですが、このレベルのリスクについて国民に対して十分な説明がなされて、かつ合意が形成されたとは到底思えません。

公的年金の運用の損失はある意味で不可抗力である

今回の公的年金の運用損失は、その額の大きさで世間の耳目を集めました。 しかし今までの運用益はそれを大きく上回っているのですから、今回の損失はある意味で不可抗力と言えます。

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