お金を稼ぐことで資本社会と格差社会では人生を変えられるのか?

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資本社会の中に自分を組み込む

「大金持ちになりたい。」

「こんな大金が今すぐ手に入ったら….」

「お金がない人生はもうイヤだ」

多くの人はこのような夢想をしたことがあるはずです。

一方で、一度も持ったことのない大金を手にしたら、そこから思いもしない運命に翻弄される人生もあると噂には聞くでしょう。

人間が生活する以上、「お金」は非常に大切なものです。

しかし、それは使い方次第で生き方そのものを左右させるほど、強い影響力を持つのです。

今世界中は、資本社会の中で格差社会が問題となっています。

そこで、資本社会の視点から「お金」を考えてみましょう。

 

なぜ貧富の格差が存在するのでしょうか?

フランスのノルマンディー出身の作家に、アルフォンス・アレーという作家がいましたが、彼はコント作家として、19世紀のコント作家として、有名な言葉を残しています。

「貧乏の良いところは、泥棒に遭う恐れがないところだ。」

彼らしい皮肉ともとれる言葉ですが、お金をたくさん持つということは、同時に一瞬で失う怖さも同時に持つことになります。

これは、お金が腐らず、必ず元本が保証される状態で保存ができる、すなわち貯金にあるといわれています。

株を保有する、あるいは不動産を所有することも同じです。

どれも所有権や証券を消失しなければ、価格の上下はあろうとも、ゼロになることは現実にはありえません。

しかし、この貯金というものを別の視点で見ると、実に興味深いことが理解できます。

この貯金を食料と考えてみましょう。

つまり食費です。

貯金はある程度の額に達して、減った分を収入で補えば、一定の食費として定期的に使っても元本は減りません。

しかし、「一定の食費」を守るのは、一般的には難しいと思います。

それは、人には生活の向上心と呼べる心理があるからです。

そのため、良い生活をするためには、高い収入を得なければ実現できないというサイクルがここに生まれます。

なぜなら、高い収入は、より高額な貯金額を積み上げ、食費の水準を上げることができるからです。

そして、旅行や趣味など趣向品に興味や関心を向けるのも、この貯金というバックアップがあるからこそ実現できます。

貧富格差の本質は、「格差社会」と呼ばれる社会構造の中にあると、俗に言われています。

収入や財産を上げるには、より高い階層の社会的地位や立場になる必要があります。

高い階層には、限られた人数しか存在できない構造があります。

一般的には、この階層のトップにあるのは、「資本」です。

資本はいわば貯金と同じですから、元本を減らすことはできません。

したがって、会社は常に高い収入を確保し、階層の上から順番に報酬を支払い、その末端が一般会社員、契約社員、派遣社員、アルバイト・パートなのです。

つまり貧富の格差とは、最初に貯金をどれくらい保有しているかが、非常に重要になります。

どのように貯金額を増やしていくのでしょうか?

わかりやすく具体的な数字で、簡単な計算で考えてみましょう。

例えば、今まったく仕事もなく、貯金もない人が初めて収入を得られたと仮定します。貯金はゼロからのスタートですから、

当然、

食費=貯金

となれば、差し引いて必ずゼロになります。

この時、借金は考慮しないことにします。

貯金の原則は、「一定の食費(出費)」に抑えることですから、初めはわずかな食糧で我慢する日々が続きます。

衣食住がある程度満たされるだけで、それ以上のことはできません。

しかし、少しでもプラスされれば、出費は一定以上出ていかないのですから、余った分は貯金に回せます。

ここまでは、誰でも一般に考えることだと思いますよね?

しかし、本当の格差はこの貯金に目的を持たせるのか。

そうでないのかの違いによって結果は大きく違います。

ここでこの貯金を、自分の資本、つまり財産と考えた場合はどうでしょうか?

人によっては、財産の形は様々です。

車、高級自転車、ブランドバッグ、あるいは家、そしてマンションかもしれません。

それを貯金のように消費することは、一般的には考えないでしょう。

つまり、貯金=資本とは、ずっと使えないお金なのです。

これは多くの企業の資産も同じです。

貯金を減らせば、生活レベル全体の水準が落ちてしまうからです。

したがって、低い収入の人が余ったお金を貯金だけに回し、一切使わない状態をつづけると、確かに生活レベルはしばらく低いままですが、貯金額は長い時間を経るとやがて一定レベルに到達します。

収入-生活費=貯金

貯金ー生活費+収入=貯金+α

このサイクルを続けます。

この考えは、経営の基本でもあります。つまり、自分のための銀行です。

利息はつきませんが、確実な元本保証があります。その保証とは、「貯金はお金ではないので使わない」という決意です。

資本を積みあげた先にあるものは?

例えば、貯金を会社の保有する資本と考えると、資本が増えれば新しい事業を起こしたり、設備増強をすることになるでしょう。

個人もこれと同じ考えを利用して、自分へ投資させます。

教育、あるいはパソコンやある種の技能訓練でも、資格でも良いでしょう。

いずれにせよ、食費のように恒久的に消費される出費ではありません。

一度出費すれば、それは工場がオートメーション用の産業ロボットを購入したように、生産性を上げるために使われます。

生産能力の高いところには、当然、より高い収入を得る手段が複数用意されます。

資格を得れば、社会構造の中で自分がいる階層を引き上げることも可能になります。

いずれにせよ、わずかでも収入さえ上がれば、

「貯金ー生活費+収入=貯金+α」

という、資本を増やす構図が出来上がります。

まずここで、重要なのは、社会構造の仕組みを自分が如何に利用できるか?の点にあることです。

これは貧富は関係ありません。

資本は、使ってしまえば減るだけなので、「 貯金+α」の原則を守れば、タイムラグがあっても、必ず増やすことができます。

問題は、「収入=生活費」の構図が問題であり、資本社会の中にいながら、自分だけ違うシステムを、ただ一人使っているのが格差の固定になっているのです。

つまり、資本社会に生きているのなら、自分も資本という生活には使うことができない財産を持つことが、非常に重要なのです。

生活は、レベルは上がっても習慣は変わらない

海外のニュースに、2013年、米イリノイ州シカゴ在住の男性が、スクラッチくじを使って、一度に当時日本円で8,800万円を当てて、わずか1か月後にシアン化合物を使って毒殺された事件がありました。

殺されたウルージ・カーンさんは、当選したことを家族や知人に話していたそうですが、賞金の使い道は、各種請求の支払いと、自分が経営するクリーニング店の投資に使うつもりだったそうです。

ここでなぜ殺されたかよりも、「自分が経営するクリーニング店の投資に使うつもり」という部分に、注目です。

これまで話したように、投資として使われるのは、資本であるはずです。

このケースは、資本はないにも関わらず、一度に一時的な高収入を得ただけです。

各種請求が来ていたこともあることを鑑みると、「収入=生活費」であったことは想像に難くありません。

人間の本音として正面から考えると、生活レベルは引き上げたいという欲求や願望はあっても、引き下げることは容易ではないはずです。

しかし、本来の生活水準にはない収入は、必ず出費に使われ、資本として「使わないお金」とはなりにくいものです。

つまり、投資に使うお金が無い中で、将来の自分への出費は普通は考えることは難しいでしょう。

例えば、8,800万円を手にして、その時点で仕事を辞めた場合、毎月18万円の生活水準レベルなら、40年で使い切ります。

そう考えると、この金額は決して高くはないのです。

興味深い高額所得者の人生

有名な話で、米国IT大企業マイクロソフトの創業者ビルゲイツ氏は、総資産は2015年で約9兆5,000億円ですが、1兆円とは、毎月1000万円を使っても、大抵の人の生涯では使い切らない金額であると言われています。

そのビルゲイツ氏が「投資」に使ってるのは、妻と創設したビルゲイツ&メリンダゲイツ財団であり、貧困国の農業開発、貧困層への低金利金融サービス、衛生設備や水設備支援のための慈善活動です。

その金額は、初期投資ですでに3兆円を超え、個人財産の85%をこの団体の寄付に使っています。

この方法は、資本社会らしく、株式の譲渡によって行われ、史上最大規模で、世界でもこれを超える人は現れていません。

慈善活動が素晴らしいという意味ではなく、ビルゲイツ氏は、この活動を「事業」として捉えていることです。

これは個人が行う事業としては、世界最大級規模であることは間違いありません。

「貯金ー生活費+収入=貯金+α」の構図が、ここでも生かされています。

そして投資を、最も効果的な教育やインフラ投資に充てています。

これも、大成功を収めたIT企業の創業者らしい、資本社会の頂点でも、考え方は結局変わらないことを意味します。

貧困国は、これにより生産性を向上し、やがて投資先を潤すことになるでしょう。

お金とは循環そのもの

マネーとはサイクル、「マネーサイクル」という言葉をある証券会社はスローガンとして掲げています。 面白いことに、ここでも、農業と、教育、そして環境などの取り組みへの投資へ資本を活用するという流れがあります。 農業とは食料、教育とは自分への投資、環境とは生活水準そのものでしょう。 まさにお金は使い方次第であり、資本は滅多に消費してはいけないものなのです。 資本サイクルの中に自分を組み入れる、それがこの社会では、正しいお金の使い道なのかもしれません。

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