黒字はよくて赤字は駄目は常に正しいのか?

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「黒字」と「赤字」という言葉の印象に騙されてはいけない

 一昨年前、ちょうどアベノミクスの是非についてさかんに議論されていた頃、同時に話題になっていたことがあります。

それは日本の「経常収支」に関する黒字額が減っていたことです。

マスコミなどからは、これをもって「日本の競争力」が低下しているというような言説もされるようになりました。

多くの人は「黒字」というのは儲かっている状態で、「赤字」は損失が出ている状態であると認識しているでしょう。

特に商売をしている人はそういう感覚が強いはずです。
 
ではこの「黒字」は常によいことで、「赤字」は常に悪いことなのでしょうか?今回はこのあたりを見ていきたいと思います。

「経常収支」「貿易収支」とは?

 
当時は、「経常収支」の黒字の減少に加えて、「貿易収支」の赤字がこれまでにないほど大きくなっていました。

その額なんと8兆円以上です。そのため日本経済がいよいよ駄目になるといわれたり、モノを売る力がなくなっているなどと言われたりもしました。

特に「国際競争力」という非常に定義が曖昧な用語が乱発される傾向があり、「日本は国際競争力がないから駄目だ」とか「国際競争力を求めて輸出に力を入れよう」などと様々なエコノミストや専門家が似たような論調をはってきました。しかも当時は消費税増税8%目前のことであったので、一部増税派のエコノミストや財務省から「指令」を受けたとしか思えないような一部専門家の人々はこれをもって増税の正当化を図るような言論をする者もいました。

 しかし、果たして「貿易収支」が赤字になっていることは本当に悪いことなのでしょうか?それを理解するためには、まず「経常収支」と「貿易収支」について正しく理解する必要があります。
 

「経常収支」とは、厳密に説明すると貿易収支・所得収支・サービス収支・形状移転収支の合計となります。「貿易収支」は後ほど述べますが、「所得収支」は海外投資による利益から海外からの投資による利益を差し引いたものです。

言い換えれば、国内の企業が海外で稼いだ分を国内に「還元」した分から外国の企業が我が国で稼いだ分を母国に「送った」分を引いたものです。

「サービス収支」は簡単にいえば、我が国を訪れた外国人が我が国の物やサービスに支払ったお金です。また、「計上移転収支」は主に発展途上国の支援のために出したお金のことです。
 
そして「貿易収支」とは、上記の「経常収支」の一要素であり、簡単にいうと輸出額から輸入額を引いたものです。

つまり、これがプラスならば「貿易黒字」であり、マイナスならば「貿易赤字」ということになります。

確かに、私達が日常用いる感覚で「赤字」が増えているという表現を聞くと、一部エコノミスト達のいうように「日本の所得を生み出す力が落ちている」という説明もある程度は的を射ているのではないかと感じるかもしれません。しかし本当にそうなのでしょうか?

我が国の競争力は落ちているのか?「国際収支」に見る。

 

実をいうと、経常赤字も貿易赤字も我が国の「競争力」が落ちていることを示しているわけではありません。

仮にエコノミスト達のいう「競争力」の定義が、我が国が「所得を生み出す力」であると考えても、経常収支や貿易収支の赤字をもって所得を生み出す力が弱っているということにはならないのです。
 
そもそも上記で述べた「経常収支」は「国際収支」の一つで、国際収支とは、「国や企業の損得を表すものではない」のです。

要は一定の期間における「(その国の)居住者」と「非居住者」の間で行われたあらゆる対外経済取引を計上したものです。
 

ここで「取引」という言葉に注目してください。通常、「取引」自体は「儲かった」とか「損をした」という指標にはなりません。全体としてみれば「取引」自体がそのような損得に関係することはないのです。これは会計で考えればわかりやすいと思います。
 
会計において、どれぐらい儲かったのか、または損失はどの程度を示しているのは、いわゆる損益計算書(P/L)といわれるものです。損益計算書においてマイナスが出たならば、確かにそれは損失ということになります。
 
では、国際収支とは国の損益計算書なのでしょうか?答えは違います。国際収支は単に様々な取引によるお金の出入りを示したものですので、その国の利益・損失を直接的に表すものではないのです。

そして、ここが重要なのですが、国際収支の一項目の黒字は、別の項目の赤字と相殺されて、「全体では必ずゼロになる」というのが国際収支のルールなのです。このあたりをさらに詳しくみてみましょう。

国際収支概要

 
国際収支とは即ち「その国に住んでいる者と住んでいない者との間の取引」を表すものです。

つまり、あくまでも取引をした経済主体(つまり人や企業)が「どこに住んでいるのか」というのが問題となるわけで、国際収支に記載されるか否かは国籍など関係ないということになります。仮に海外に本社がある企業があったとしても、日本に支社があるならばそれは我が国の居住者となり、国際収支とは無関係ということになります。ただし、取引自体が外国にある企業とのものである場合で、我が国にある店や支店がただの一時決済の場でしかない場合は、国際収支に計上されます。アマゾンなどをイメージするとわかりやすいと思います。
 
そして具体的に国際収支の項目をみてみると、国際収支は「経常収支・資本移転などの収支・金融収支など」が要素となっています。
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経常収支」は既に説明した通りで、特にそのうちの「貿易収支」はモノについての取引に伴う対外的な受け取りおよび支払いで、サービスについては「サービス収支」、そして「所得収支」は所得に関する対外的な受け取りおよび支払い(「第一次所得収支」)と経常移転に関する対外的な受け取りおよび支払い(「第二次所得収支」)です。また「資本移転などの収支」は要は対価を伴わない固定資産の対価や債務免除あるいは非生産・非金融資産の取得処分等の収支状況を表します。
 

そして「金融収支」とは、その名の通り対外金融資産と対外金融負債についての収支であり、金融収益と金融支出の差額です。これは経常収支の場合とは違い、ある金融資産について一定期間内に発生した差額が計上されています。
 

「国際収支」のポイントは「複式簿記」の原理にあり

 
国際収支の統計をとる場合、必ず「複式簿記の原理」で計上されます。

そして国内から出て行くものは「借方」に、逆に国内に入ってくるものは「貸方」に記録されます。
 
つまり、モノやサービスの輸出は貸方に記録されて輸入は借方に記録されます。

所得に関しては受け取りは貸方、支払いは借方です。政府による無償援助などは、援助した場合は借方、してもらった場合は貸方ということになります。
 
このように、複式簿記の原理では、取引において発生する借方・貸方の双方に着目しながら記載していくのです。簿記の知識がある人には当たり前の話ですが、知識のない人にはわかりにくいかもしれません。
 
重要なのは、取引は必ず貸方・借方の両方に「同じ金額」だけ計上され、双方の金額を合計して貸方から借方を引くとゼロになるということです。

つまり国際収支全体についてみれば「黒字も赤字も存在しなくなる」ということなのです。

要は、国際収支について赤字・黒字といわれるのは、実は国際収支全体ではなくて、個別の収支について言及する場合だけであるということです。

経常収支、資本移転などの収支、そして金融収支を個別的に取り上げた場合に赤字・黒字という表現がされるだけであり、国際収支全体としてみれば収支がゼロになるということなのです。さらに厳密にいうと、経常収支と資本などの移転収支を足し合わせたものから、金融収支などを足し合わせたものを引くとゼロになるのです。
 
これは大変重要なポイントです。

なぜならばメディアが騒いでいた「貿易収支が赤字になっている」そのウラでは、同じ額だけ「他の収支の黒字額が増えていた」ということになるからです。

全体として見れば必ず差し引きゼロになるわけですから、これは当然のことなのです。
 
つまり結局、複式簿記の原則に従って計上された貸方・借方の項目の増減にすぎない個別の収支だけを抜き出して、あたかも良いこと・悪いことであるかのように論じること自体が

「全く意味が無い」ということです。
 

ですから、経常収支や貿易収支が赤字になったからといって、それを理由に我が国の競争力が落ちたなどということにはなりません。

国際収支においては、「どこかが赤字になるならばどこかが必ず黒字になっている」わけですから、私達が家計簿をつけるような感覚で「赤字」や「黒字」を捉えると、実態が見えなくなってしまうのです。

一般家計と国とは違うのです

「国の借金」などという言説もそうですが、私達が一般的に使う用語を国全体のことに当て嵌めた場合、必ずしも私達が抱く印象が実態を表してはいないことがよくあります。   特に「経常収支」や「資本収支」など国全体の収支を表す指標をみる場合は、そのあたりのことに気をつけなくてはなりません。 そうでなければ、マスコミや「御用」専門家などの嘘に騙されかねません。 ※参考文献 篠原総一・野間敏克・入谷純(2001)『初歩から学ぶ経済入門‐経済学の考え方』有斐閣ブックス. 片岡剛士(2014)『日本経済はなぜ浮上しないのか アベノミクス第2ステージへの論点』幻冬舎.

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