銀行による信用創造と無からお金を作り出す仕組み

貸し出すことでお金が増える?摩訶不思議なお金の世界

「信用創造」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?

金融や経済に興味のない人には馴染みがないかもしれませんが、これは銀行が貨幣を「生み出す」機能として知られ、今の資本主義社会には欠かせない機能ともいわれています。

銀行関係の人や既に知っている人にとっては「釈迦に説法」ですが、意外にも知らない人が多い仕組みです。

そこで今回はこの「信用創造」について解説を試みたいと思います。

このシステムを知ることによって、お金が増える仕組みについて理解が深まるでしょう。

 

「信用創造」とは何か?

 
はじめに次のような状況を考えてみたいと思います。

かなり極端で常識外れな例ですが、理解のために我慢してください。税金などについても、とりあえずないものとして考えてください。
 
Aという人物が働いて10万円の収入を得ました。そして10万円のうち半分の5万円を生活費として使い、残りの5万円を銀行に預金したとします。

そしてその5万円を預けてもらった銀行は、それをBという企業に貸し付けました。

Bはその5万円を自らの事業のための設備投資として使ったとします。
 
Bという企業によって投資された5万円は、当然その設備を売った業者の売り上げとなり、Bという企業に勤めている人々の所得となっていきます。
 
誰かの消費や投資は、必ず別の誰かの所得になります。

これは経済の基本です。

いくら経済活動をする人や金額が多かろうが、この原則に変わりはありません。

つまりこの例では、もともとAさんの稼いだ10万円はすべて国民の所得、つまりGDPの一部として算入されることになります。
 
しかしここでふと疑問が沸いてきます。

このままAさんをはじめとして他の人々が経済活動を続けていたとしても、全体としての所得が増えることはないのでは?と。
 
実はその通りなのです。

このままではGDP(国民の総所得)は増えることがないのです。

なぜならば、決まった金額が市場と銀行を行き来しているだけで、全体としての経済規模は増えていません。

GDPが増えないということは経済成長していないということに他ならないのです。ではこの場合、どうすれば社会が経済成長できるようになるのでしょうか?
 
そこで登場するのが銀行による「信用創造」という考え方です。
 
信用創造とは、銀行が預金を元に他への貸し出しを「繰り返す」ことで、お金(通貨供給量などという)が増えていくことをいいます。
 

「信用創造」によって貨幣の供給が増える

 
先の例で、Aさんから5万円を預けてもらった銀行は、その5万円を企業Bに貸し付けたとしました。

では、Bが投資として使った5万円を売り上げとして得たCという企業が、さらにそれを銀行に預金したとすればどうでしょうか?
 
実は、銀行はその5万円を別の企業Dに貸し出すことができるのです(あくまでも説明のためですので、このあたりに詳しい方は預金準備制度などについてはとりあえず無視してください)。
 
銀行から5万円を借りたDは、それを設備投資に使いました。

その設備を売ったのはEという企業です。

そうなると、今度はその5万円はEの所得となります。

そしてEはその5万円を銀行に預け、銀行はそれをさらにFという企業に貸し出し、さらに・・・と無限ループのように続けることもできますが、このあたりでいいでしょう。
 
このように主に企業が借り入れと投資をすることによって、次々と所得が増えていくという現象が起こります。

特に現代の企業同士の取引において現金決済ということは考えにくいので、たいていは口座から口座にお金を動かすことになります。

したがって、仮にこれまでの登場人物が全て同じ銀行を利用していたとすれば、銀行側にとっては、Aさんから預金として預かったお金を動かすことなく「貸し出しがどんどん増えていく」ということになります。

これこそが経済成長の源泉であり、いわゆる「貨幣供給量」拡大の原理なのです。
 
もともと通貨というのは各国の中央銀行が「刷る」ものですから、それが借りられることで個人や企業の銀行口座に移ります。

そしてそれがさらに借りられて、様々な用途に使用されることによって別の個人なり企業の銀行口座に移っていくということになります。

その過程でどんどん貨幣の供給が増えていくということになるのです。

「信用創造」は完全無欠の「錬金術」か?

 
しかし、たとえ信用創造の仕組みによって次々と貨幣が生み出されたとしても、それによって増えた貨幣は当然、全てが現実の「キャッシュ」というわけではありません。

銀行としては、このような「錬金術」のような真似を繰り返して何か不具合は生じないのでしょうか?
 
確かに銀行にとって非常に困る事態はあります。

それは即ち、今でいう「取り付け騒ぎ」です。

ちなみにそのような事態を防ぐために、現在では中央銀行による準備金制度があるわけですが、はじめに信用創造の仕組みを利用した銀行は、この「取り付け騒ぎ」によって不幸にも潰れてしまいました。

当時は、金や銀などを元手に銀行家が信用創造の仕組みを考え出したばかりだったため、多くの人がこのシステムを理解していませんでした。

銀行の振る舞いを不信に感じた民衆は、一斉に銀行から資産を引き上げようとしました。

その結果、銀行の保有する金や銀は底をついてしまったのです。

結果として「信用」の元手を失った銀行は、あっという間に倒産してしまいました。当時「信用創造」は民衆から悪魔のシステムだと糾弾されたのです。
 
今でも「あの銀行は潰れる」という噂が流れると、信用が崩れ、顧客が一斉に預金を引き出すようになると銀行は潰れてしまうことに変わりはありません。

預金者が預けているキャッシュが全て銀行にあるわけではないからです。

「信用」によって、銀行は実際に存在する金額を遥かに超える量のお金を生み出すわけですが、このように「信用」という大前提が崩れてしまうと何もかも無くなってしまのです。

当時の銀行も、人々からの「信用」を失ってしまったために「取り付け騒ぎ」になってしまい、潰れてしまいました。  
 
しかし驚くべきことに、そこまで長い年月を経ることなく銀行の信用創造は認められるようになり、現在ではこの銀行の「信用創造」行為が経済成長に大きく寄与していることは広く知られています。

ではなぜこのような「錬金術」ともいえる銀行の手法が認められるようになったのでしょうか?

時代が「信用創造」を求めていた?

 
その背景にはいわゆる「産業革命」がありました。

実は当時の欧州諸国は、銀行が信用創造によって生み出す莫大なお金を必要としていたのです。
 
既に述べたように「信用創造」という仕組みを考え出した初めの銀行は取り付け騒ぎによって潰れてしまいましたが、結局、この行為は当時の法律によって正当化されることになりました。

人々の「不信」を払拭してあまりあるだけのお金に対する「需要」が存在したのです。

さらに、一つの銀行がさきに述べたよな「取り付け騒ぎ」が発生して混乱に陥ったときのために、中央銀行が各民間銀行に対して、資産のうち一定の額を中央銀行に預けるような法律を制定したのです。

これがいわゆる「法定準備制度」といわれるものです。
 
法定準備制度により政府が介入することで、中央銀行が保有する貨幣の限度額を決めるのですが、基本的にすべて政府が決めてしまうわけではありません。

準備率自体は任意であり各国ごとに異なります。

ちなみに現在では、たいていの場合その銀行が現実に保有している資産の額によることになります。
 
つまり銀行は、人々の「借金」から合法的にお金を創り出せるようになったというわけです。

これが現在まで続く「信用創造」システムの基礎となっていきました。

それによって、銀行が保有する資産とは「政府の発行した貨幣」と「預金準備率によって各民間銀行が各国の中央銀行に預けているお金」、そして「銀行自身が実際に所持している口座預金の総額」の合計となりました。
 
このように銀行が「信用創造」機能をもったことが産業革命を促進し、結果として当時の欧州列強に軍事力の増大と帝国主義を生み出す原動力として作用したことになるのです。

 

「信用創造」に関する様々な評価

 
ただし既に見てきたように、このシステムは実際、預金準備制度を背景とした信用創造によって「創られたお金」であることは確かです。

当然、このようなシステムは歴史的にも様々な評価をされてきました。
 
たとえばビル・トッテンは、その著書『アングロサクソン資本主義の正体』のなかで『(「信用創造」は)もちろん、銀行の信用創造が経済の発展に大きく寄与してきたことを理解しないわけではないが、それは金融システムの大きな欠陥と言ってよい』という趣旨の記述をしており、『信用創造を与えるのが民間銀行でなくてはならないという理由がどこにあるのだろうか?』と民間銀行がこれほどの「錬金術」を行使することに対して疑問の声を上げています。

彼はさらに、「世界大恐慌」も「バブル経済」もアメリカの「リーマン・ショック」も銀行が貨幣の創出権を握っていることが根本的な問題であるとしており、このシステムの根幹そのものに疑問を呈しています。
 
また経済学者のアーヴィン・フィッシャーは、やや皮肉っぽく『銀行は現実に存在するお金を貸すのではなく、自分達が現実には所有していないお金の供給を約束するに過ぎない』といっています。

やはり「現実には所有していない」にもかかわらず、そのお金を「貸し出せてしまう」ことに対して疑問をもつような人々は昔も今も多くいるわけです。
  

やはり悪のシステムなのか?

 
しかし冒頭で例を挙げたように、現在の資本主義社会では「信用創造」が経済成長の源泉となっているのは厳然たる事実なわけです。

文明も銀行が生み出す「信用」をもとに発展してきたことも否定できません。

つまり銀行が貨幣の供給にある種の「ブースト」をかけることで、私達の生活を豊かにしてきたのです。

それなくしてはGDPも横ばいのままでしょうし、産業的なイノベーションも起こりにくいでしょう。
 
確かにビル・トッテンなどの主張からもわかるように、政府ではなく「民間の銀行」がこのような力をもつことに対する批判は多いのですが、逆にいえば、民間の銀行が自らの経済活動の根幹として行うからこそ発展することができるのだという意見もあります。
 
このように、現代でも議論の的となる「信用創造」ですが、皆さんはどのような印象をもつでしょうか?
 
  

摩訶不思議な世界

「信用創造」は経済発展の基礎か、はたまた「悪魔のシステム」か。 評価は様々ですが、やはり大勢の評価は「資本主義を支える根本システム」ということになるでしょう。 銀行がもつこの摩訶不思議なシステムは掘り下げれば掘り下げるほど興味を惹かれるようになります。 少しでも面白いと思われた方は、是非とも関連する書籍などをお読みいただくことをお勧めします。きっと「お金」に関する視野が一段と広がると思います。 ※参考文献 ビル・トッテン(2010)『アングロサクソン資本主義の正体 ―「100%マネー」で日本経済は復活する』東洋経済新報社. ベンジャミン・フルフォード(2015)『知ったら戦慄する 嘘だらけ世界経済 今この世界を動かしてる「超」秘密』ヒカルランド.

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