ドイツは果たして一流の国家か? あまりにも感情的な人々の悲しさ

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2015年大晦日の「難民騒乱」は、あまりにも衝撃的だった

中東で起こっている出来事は、何がきっかけなのか、誰も覚えていないかもしれません。

シリアでの「イスラム国」を巡る戦闘、イランの核保有に関する経済制裁。

イラクの大量破壊兵器の疑い、そしてクウェート進行への連合国軍の戦いが、湾岸戦争へ。

イランイラク戦争に、パレスチナとイスラエルの砲撃とインティファーダ(パレスチナの投石運動)。

この地を治めるのは、イスラム教という宗教と、アラブ人という民族、そしてユダヤ教を信奉するイスラエルの複雑な関係です。

なぜ、この地は常に揉めるのでしょうか、戦闘が繰り返されるのでしょうか?

歴史を紐解くと、1299年から1922年まで620年余り続いた大帝国、オスマン帝国の存在が浮かび上がってきます。

オスマン帝国、つまり今の「トルコ」の先祖ですが、その最大領土は、1683年のとき。

西はカスピ海、東は北アフリカのアルジェ、北はハンガリーのブダペスト、南はホルムズ海峡という、実に広大な領土でした。

その衝撃は、かの「十字軍」をキリスト教皇と欧州各国(このころは、今のような統一されたドイツやイタリアはなかった)によって、結成されたことから理解できるでしょう。

オスマントルコの領土拡大の凄さは、その要所攻めにありました。

地中海を抑え、紅海、黒海、カスピ海、ペルシャ湾と欧州が世界貿易に欠かせない港を、ことごとく抑えられてしまったのです。

オスマントルコは海軍が圧倒的に強く、ギリシャもヴェネツィアも悩まされました。

その歴史は、長らくキリスト教国(欧州)対、イスラム教国(オスマントルコ)として欧州の人々によって深く刻まれてきたのです。

現在、ドイツの人口9,000万人のうち、300万人を超えるトルコ人は、親和的な扱いを受けていません。

教育、就職、結婚、住居など、トルコ人達は常に差別され、彼らの存在はドイツ人にとって「喉に刺さったトゲ」のような忌まわしいもの、という見方さえあります。

ナチスドイツの蛮行の贖罪を、トルコ難民の受け入れという形で進めてきたのは西ドイツですが、イスラム教はドイツではご法度なのは、ドイツ人の精神構造からは相容れないものがトルコ人にあるから、なのでしょう。

そして、2015年12月31日、旧西ドイツ、ノルトライン・ヴェストファーレーン州、ケルンで難民による「集団強盗強姦事件」は発生しました。

問題なのは、「旧西ドイツ」の「ノルトライン・ヴェストファーレーン州」であり、「ケルン」で起こった、ということなのです。

なぜ、それが大変な問題なのでしょうか?

旧東独で起こる暴動ではない、ここが問題だ

ここで、現代のドイツについて振り返ってみましょう。

1945年の敗戦により、ドイツは2分割されます。

西は連合国軍(米・英・仏)に割譲され、東側はソ連の傘下に入ります。

そして、東ドイツでも、さらに東側にあった首都ベルリンは、西側を3分割(米、英、仏)、東をソ連に占拠されてしまいます。

やがて、ベルリンには東側が一方的に壁を作り、バラ線を張り巡らし、番犬を走らせるという事態になりました。

それから、40年経った1989年、ベルリンの壁は崩壊します。

1990年、ドイツは再び「EINHEIT(アインハイト=統一)」を成し遂げますが、事実は人口3,000万人の旧東独を人口6,000万人の旧西独が吸収したわけです。

現在のドイツの政治を見ると、首相は アンゲリカ・メルケル という女性が務めており、東独出身のCSU党員です。

ドイツには2大政党のCDU/CSUとSPD、環境政党の 緑の党 、その他の諸党が議席を持っています。

このCDU/CSUですが、CDUは「キリスト教民主同盟(旧西独)」で、CSUは「キリスト教社会同盟(旧東独)」。

SPDは「ドイツ社会党」で、旧西独の政党なのです。

政治の世界では実は政党名は未だに再統一されていないのが、ドイツという国なのです。

さて、再統一後の様々な事件といえば、やはり旧東独側が主人公でした。

旧東独と旧西独では、鉄鋼、造船、自動車などあらゆる技術に格差が生じていました。

特に、自動車はその性能や商品価値の差があまりにも激しく、東独のトラバントとヴァルトブルクという大衆車は淘汰されてしまったのです。

西独は東独出身者を難民扱いし、出来の悪い人たち、というレッテルを貼りました。

事実、東独ではネオナチという若者が出現したのですが、それは経済的に困窮の度合いを深め、将来に希望が持てない若者層が、数々の凶悪事件を起こしたことでも解るのです。

これに比べ、ヴェストファーレーン州は、旧西ドイツの中間部、ベルギーよりにあり、デュッセルドルフやケルン、そしてボンという治安も良く、文化的な国際都市を控えていたため、観光客にも人気があったところでした。

それが大晦日の夜、ケルンでの集団犯罪の発生で、ドイツは唖然としたのです。

ケルン近くといえば、旧西独の首都 ボン。

ここにはCDUの本部もあり、あのベートーヴェンの生家もある平和な町です。

つまり、メルケル首相にとって、この地で多くのドイツ女性が乱暴されたことは、自分の本拠地が被害にあったことをも意味するのです。

そして、その衝撃は3日間の空白が物語ります。

この集団暴行事件を報じたマスコミは、翌2016年1月4日が最初でした。

正月休みがないキリスト教国にとって、元旦も2日もウイークデーです。

つまり、ドイツには3日間「正義」というものが失われていたのです。

アンゲリカ・メルケルは地雷を踏んだ。ドイツは欧州で十字軍を担ぎ出す

ここから、少々感情的なドイツ人の姿を投影してみましょう。

アメリカの雑誌「TIME」で2015年、今年の人に選ばれた、アンゲリカ・メルケル首相。

彼女が東独出身ということ、女性であるということは、ドイツ人にとって非常にシンボリックな感傷を持っているのは当然です。

ドイツは、過去常に大きいか、強い男性を首相に選んできました。

見た目では、第5代首相 ヘルムート・シュミット(在位1974年ー82年)は常にタバコを加えたダンディであり、第6代首相 ヘルムート・コール(在位1982年ー98年)は193cm、130kgの大男でした。

旧東独の最後の首相、ロタール・デメジエールが小男だったことを考えると、いかにも西独の強さが印象的にマスコミに映し出されたものです。

ドイツのマスコミは、日本人から見ればかなり「偏った方向」を向いています。

例えば、ドイツの原発停止を求めたのは 緑の党 という環境政党がはじまりでしたが、1980年代に初めて5%条項(ドイツ連邦議会選挙において、比例政党名投票数が総数の5%を超えると議席が与えられる)をクリアし、政権に参加するまでになるまでは、散々な叩かれようをしていました。

例えば、ドイツのテレビでは、連邦議会に議員になった緑の党員が、スーツではなくジーンズにシャツ姿でいることに、無礼だと罵ったり、蔑んだりしていたのです。

ところが、反原発運動が盛り上がり始めると、今度は180度報道を変え「人間として、あるべき姿を」哲学的に語り出す特徴があります。

サッカーで有名な「ブンデスリーガ」(連邦大会)というプロサッカーリーグは、今では日本でもお馴染みになりましたが、テレビ中継は試合中のみ。

ですが、サッカーの試合が始まると、サッカー場付近の住宅は、どの家もドアを締め、窓の外側にあるブラインドをおろします。

そうでなければ、負けたチームのサポーターが、腹いせにビール瓶を投げつけてきたり、放火をしたりと大変な騒ぎになるからです。

日本のマスコミが放映するドイツの姿は、清潔好きで、ルールを守り、冷静で論理的で、頑丈で優秀なドイツ車を引き合いに出します。

ですが、実際にドイツに住んで見れば、暴力的な一面や、自分の非を絶対に認めない頑固さ、そうかと思えば変わり身の早い思考性などが発見できます。

そうした彼らの気に入らない存在そのものが、トルコ人難民であり、ドイツ社会に溶け込もうとしないトルコ人に2世、3世の人たちだ、というわけです。

そこで起こったのは、今回の暴動です。

潮目は完全に変わった、それが2016年1月4日です。

ドイツ人の多くは、もはや自国がシリア難民の理想郷ではなく、自分たちも感傷的に難民を救うのだという夢から覚めたことに気がつきました。

そうなると、欧州の旗振り役だったドイツは、ドライブに入れていたギアを、いきなりバックに入れ始めることになります。

常に起こる、混乱という騒動は、大きな犠牲を払わなければ転機につながらないのです。

文化の違いは簡単には乗り越えられない。キリスト教的な「おせっかい」は歴史のルーティーン

ドイツの高級自動車と言えば、BMW(バイエルン自動車工業)とダイムラー・ベンツ(車名 メルツェデス)が有名です。

この2車種は、今日なぜ高級車として有利な地位を築けたのでしょうか?

実は、ドイツには「会社の幹部になった場合、BMWかメルツェデスに乗ること」という政府の「指令」が行き渡っています。

このような通達は、自由社会ではありえないのですが、ドイツ人の文化では、守るべきは自分たちの文化、という歴史が絶対です。

そのため、トヨタの高級車レクサスが、モナコ公国の公用車に指定されても、ドイツでは企業オーナーが乗ることはありえません。

もし乗っている、という場合は「プライベート」で購入しているケースのみです。

このような社会主義的な文化も持ちつつ、キリスト教文化を基本にするドイツ。

彼らは環境を守り、ドイツに住むならばその価値観を絶対視するあまり、他国から来た人々にもドイツ流を押し付け、それが正しいこと、素晴らしいことだと疑いません。

文化とは、常に衝突しあうこと

トルコ人は「ルールを守らない」「汚い」などと、ドイツ人が語るのは、本当でしょうか? トルコ人を受け入れるならば、トルコ人のコミュニティも認める、モスクも建てさせるなどの寛容性がなければ、誇り高きトルコ人も面白くありません。 こうしたドイツ人の姿勢は、シリア難民への「可哀想だから、ドイツで面倒を見てあげよう」というおせっかいさが生まれても仕方のないところでしょう。 文化とは、常に衝突しあうことで、より人間の寛容さと威厳さを作り上げます。 ドイツは一流国家だ、と手放しで語る人たちに言いましょう。 世界はそれほど単純ではないのです。

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