思考にかかる様々な「フィルター」とは?‐認識をクリアに!

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私達の思考にかかる「フィルター」に注意して、正しい認識を持とう

人間は「リスク」を避ける生き物だといわれます。

生きていくためには当然必要な機能なわけですが、それが正しい認識に基づいて行われなくなってくると、結果として明らかに間違った選択をしてしまうことになります。

そしてそのような判断の間違いを引き起こす原因として、思考にかかる「フィルター」があります。

たとえば重要な投資判断やビジネスにおける決定を妨げるのも、この思考「フィルター」である場合が多いのです。
 
そこで今回は私達の判断を惑わす思考の「フィルター」について掘り下げてみます。

「豊かさ」と「リスク」

 
人間は「リスク」をとるよりも「そのままでいること」を選んでしまいがちな性質をもっています。

たとえば自分でビジネスなどを起こして「豊かになること」よりも、安定した職業に一生就き続けて「そのままの状態でいる」ことを優先します。

そしてそれは究極的には「死を避ける」という強いインセンティブの賜物といえます。「死」というと大げさに聞こえるかもしれませんが、人間にとってもっとも大きなリスクは死んでしまうことです。

実は、人間はいかなる状況でもこの「死」を避けるような選択をするようにしているのです。

なぜリスクをとらずに安定した職のまま動かないかといわれれば、突き詰めると事業に失敗して、多額の借金を背負って首が回らなくなって・・・というような想像を無意識のうちに行い、結果として「死」の影が自分の周りに漂ってくるような事態を避けたいからです。

決して論理的な思考ではありませんが、少しでも自らの「死」に結びつくと(思い込んでいる)事態を何とか避けようとするのです。
 
なぜ無意識的に「死」を避けるかといえば、人間は結果として生命を維持し、後世に多くの生命をつなげて行かなければならないという本能があるからです。

そのため人間は、基本的に「豊かになるかもしれないが、死ぬかもしれないこと」よりも、「死なないけれども、現状のままでいる」ことを選んでしまうのです。
 
しかし現実には、どんどん「リスク」を冒して挑戦を続け、成功を掴み取る人も沢山います。

ほとんどの起業家は様々な「リスク」を覚悟の上でビジネスに取り組み、成功を目指しています。そしてたとえ道中で失敗することがあっても、再び立ち上がって挑戦を続けます。
 
この違いはどこから来るのでしょうか?
 
上記の例に則っていえば、その人の思考に「死」という「フィルター」が掛かっているかどうかによります。

特に「お金」に関して様々な問題を抱えるようになると、人は容易に多くの「フィルター」がかかってしまいます。

冷静に考えてみれば、事業に失敗したぐらいで人間が死ぬことはありません。

仮にあったとしても、それは自らが「死」を選んでしまうというパターンです。
 
具体的にどういう「フィルター」が掛かっているかといえば、端的にいえば、自分にとっての悪い出来事があたかも「恒久的に続く」かのような「フィルター」を自分の脳にかけてしまっているということです。

事業に失敗したというのは確かに一時的なマイナスでしょう。

しかし、再起して再びビジネスに取り組めば成功してマイナスを取り返せるかもしれません。お金の問題も解決するかもしれないのです。
 
しかしこの「フィルター」がかかっている以上、一度の失敗は連鎖的に新しい失敗を引き起こし、あたかもそれが永久に続くように思い込んでしまうのです。

そしてその精神的な連鎖を抜け出すことができなければ、極端な場合、そのまま自ら「死」を選んでしまうというような悲劇に繋がってしまいます。

これはあくまでも極端な例ですが、人間は大なり小なりこのような「負のフィルター」を思考の内にもってしまいがちです。

それによって正しく「現実」を捉えることができずにマイナスの選択をしてしまうことがあるのです。
 
このような事態を避けるために、自らが「現実」に対してどのような「フィルター」をかけてしまっているかを知ることが重要です。

「ステレオタイプ思考」の危うさ

 
私達の頭にかかる「フィルター」として有名なのは、いわゆる「ステレオタイプ」思考です。「ステレオタイプ」とは、「対象の見方がある特定の枠組みに嵌り切っていたり、態度や文章などが固定的であること」という意味で使われますが、謂わば「ある事実や現象に対する固定観念的な知識」であり、私達が人を分類したりする際の枠組みとして用いられます。

つまり、この「ステレオタイプ思考」のために、他人やある現象に対する解釈が、予め定められた特定の方向に歪められてしまうのです。

ちなみに「ステレオタイプ」のような思考の枠組を「スキーマ」と呼びます。
 
「ステレオタイプ」思考の特徴として、「過度な単純化」が挙げられます。

実はこれには利点もあって、種種雑多な情報の中から自分の求める情報をすぐに抜き出すことができるという点があります。

しかし同時に、抜き出した情報が役に立たない情報や有害な情報を孕んでいた場合、それを盲目的に受け入れることになってしまいます。

これによって、たとえばあるひとつの現象に、これまで自分が経験してきた解釈を勝手に当て嵌めて判断してしまったりします。

 しかしそのような現実離れした解釈はたいていの場合、幻想や思い込み、または妄想の類でしかありません。

このような「ステレオタイプ」的な思考の当て嵌めが、いかにして差別や偏見に結びつくかは、容易に想像できると思います。

 先ほどの事業に失敗した人を例に挙げると、一度失敗してしまった経験から「事業」や「ビジネス」というものに対して過度の偏見をもつようになってしまっています。

その人の思考には自分の経験以外の客観的な事実は入り込む余地がなく、自分の失敗経験という「スキーマ」でしか対象を捉えられなくなっているといえます。

その「認識」は「フィルター」がかかっていませんか?

 
本来であれば、未来には様々な選択肢がある筈です。たとえば、「今やっている仕事を辞めて新しい職場を探してみる」とか「家族のために仕事を辞めて自営業を営んでみる」などという選択肢もあるでしょう。

たとえその先で何らかのトラブルが起こったとして、その場で対処することもできます。

にも拘らず、先の例のように「そのままの状態」かまたは「最も悪い状況」の2つに1つを選ばなければならないという前提で物事を考えてしまう人がいます。

 いわば、目の前の現実に「フィルター」がかかり、それ以外の選択肢が伏せられているような状態に陥っているのです。

言いかえれば、「現状維持で安心感を得る」ことと「現状から抜け出したはいいが、結局は今よりも悪い状態に陥ってしまう」という二者択一だと思いこんでしまっているわけです。

冷静に考えれば、必ず悪い状態になることなど有り得ないにも拘らずです。
 
人間は「種の保存」という性質上、できるだけ「リスク」を避けようとする本能があります。

そのため、私達が現状から抜け出すことを考える場合、ついつい脊髄反射のように「マイナスの出来事」や「悪い結果」を過度に考えてしまうのです。

しかしそれは客観的に考えれば「妄想」の域を出ないことが多く、そのために沢山の機会を失ってしまっているというのもまた事実なのです。

 

「リスク」を過大評価する「フィルター」

「リスク」を過大評価してしまう例で代表的なものは、いわゆる「飛行機恐怖症」は多くいるが「自動車恐怖症」はあまり多くはないということが挙げられます。

飛行機に乗ることに恐怖を感じる人が、相当数存在するというデータがあります。しかし自動車に乗ることに同じような恐怖を感じる人は飛行機ほど多くはありません。
 
しかしよく知られていることですが、事故発生率でいえば自動車事故の方が圧倒的に多いのです。

極端なことをいえば、乗っている飛行機が墜落して死ぬ「リスク」よりも自動車事故などに巻き込まれて死ぬ「リスク」の方が全体としては高いという統計結果もあるのです。

これは私達の思考の「フィルター」の問題ともいえます。

自動車事故は日常的に起きているため、目新しさがありません。

そのため思考が「慣れて」しまい、事故自体を日常的なものと捉えてしまいます。

対して飛行機事故は、滅多に起こることはありません。

おまけにメディアなどで陰惨なものとして大々的に取り上げられます。

そのため私達の思考に自動車事故よりも飛行機事故のようが悲惨だと思い込んでしまいます。
 
つまり、私達の脳は起こるかどうかもわからない小さなことをその発生確率の何十倍、あるいは何百倍もの確率で起こるものと決め付けて、物事を判断してしまうことがあるということです。
 
まさに現実の認識に「フィルター」がかかっている状態といえるでしょう。

当然、そんな思考に陥ってしまえば、もともとリスク回避志向の強い人はさらにリスク回避的になってしまい、極端な場合は何も行動できなくなってしまうことになります。
 
このように考えると、現状から動けないでいる原因は、たいていの場合、単純に生起確率の異常に低い妄想に支配されているということができます。

「過去の出来事」と「フィルター」

 
また、「過去の出来事」に囚われてしまうと、現実世界を余計な「フィルター」を通してみるようになってしまいます。

たとえば、幼い頃に両親から「ウチは貧乏な家計だから、お前も決してお金持ちにはなれない」というメッセージを受け取ってしまう人がいたとします。

意外にこういうことを子供に言ってしまう親は多いのではないでしょうか?
 
すると、そんなことを言われて育った子供は「自分は決してお金持ちにはなれないんだ」という思い込みをするようになってしまいます。

このような「幻想」に囚われてしまうと、人間は、その「幻想」を「リピート」するか「ひたすらに拒絶」しようとします。
 
親の言葉を心の中で「リピート」してしまう場合、自分は貧乏なままの人間なのだという勝手な妄想を「現実」のものにしようとしてしまいます。

そして「ひたすらに拒絶」する場合は、その言葉を否定しようとするあまり、振り子のようにその逆の極端な行動に走る結果になります。

即ち、ひたすらに「お金」に執着するようになるのです。
 
実は多くの実業家の中にも、育った環境がひたすら貧乏で、貧困から逃れるかのように事業に邁進するような人が結構います。

その結果、自分や従業員の幸せを置き去りにして、ひたすら企業の売り上げの工場や資産を築くことだけを至上命題にしてしまうことになってしまいます。
 
一見成功した起業家に見えても、実は家庭環境などがボロボロという(うわべの)成功者はかなり多いといわれています。

両親に刷り込まれた「フィルター」がその人のその後の人生にまで強い影響を及ぼしている例ではないでしょうか?

「何もしない」というのも「リスク」なのです

 
場合によっては「そのままにしておく」という選択が悪い結果に繋がることだってあるのです。

わかりやすい例を挙げると、ブームのとっくに過ぎ去ってしまった商品を売り続ける企業を想像してみるといいでしょう。

過去に「この商品は売れた」という事実をいつまでも引き摺ってしまい、「次こそは」と同じ商品を生産して売り続けようとします。

当然、そんなものは売れるわけがありません。さすがにここまで愚かな企業は現実には多くはないでしょうが、過去に成功した「やり方」や「方法」をいつまでも続けている企業は多いのではないでしょうか?

既に市場環境が変わってしまい、過去のやり方では通用しなくなっているにも拘らず、「現状維持」を選んだ結果、益々悪い状況に追い込まれていくのです。

「今のままでいること」や「何もしないこと」自体も立派な「リスク」であるということを理解しなければなりません。

これは企業に限った話ではありません。特に昔の出来事への執着が強い人も、同じような状況になってしまうことがあります。
 
過去が未来を決めることなどありません。その「事実」強く認識しておかなければなりません。

昔はこうだったから、これから先も同じだというのは、全く根拠のない幻想でしかありません。

人間は今現在の行動を変えることで、どんな状態からでも自分なりの未来をつくりあげることができます。

これまでの人生がどうであれ、そんなことは未来には何の関係もないことなのです。

そんな未来への足枷となるような「フィルター」は、早々に取り払ってしまいましょう。

自分にはどんな「フィルター」がかかっているか?

思考が「フィルター」に支配されると、望みどおりの人生を生きることが困難になってしまいます。 特に経済状況や「お金」にまつわる「フィルター」は強力なものが多く、それに振り回されて冷静な判断を失している人が沢山います。 人生における重要な判断を正しく行うために、自分が刷り込まれている「フィルター」の正体を知りましょう。 そしてそれが有害な場合は取り除く努力をしましょう。 ※参考文献一覧 E.B.ゼックミスタ・J.E.ジョンソン(1996-2002)『クリティカルシンキング‐入門編』(宮元博章・道田泰司・谷口高士・菊池聡訳) 北大路書房. E.B.ゼックミスタ・J.E.ジョンソン(1997-2002)『クリティカルシンキング‐実践編』(宮元博章・道田泰司・谷口高士・菊池聡訳) 北大路書房.

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