一票の格差を無くす魔法「ゲリマンダー」これが公平選挙の実態だ

無意味な論争が永遠と続く、選挙制度改革の与太話

衆議院と参議院の二院制度を持つ日本では、選挙のたびに「一票の価値が不公平」と問題化されています。

2014年(平成26年)に行われた衆議院選挙では、一票の格差は最大で「2.13倍」あったことが分かりました。

人口調査をもとに、総務省が発表した内容では、「議員1人当たりの有権者数が最も少ない(23万1081人)は宮城5区」で、「反対に、最も多い(49万2025人)のは東京1区。その差は「2.13倍」だった」というのです。

実際に、この選挙での状況を確認していきましょう。

ちなみに「小選挙区」ですので、当選者は1人だけです。

・東京1区(千代田区、港区、新宿区)、有権者数 492,025人
 当選者 山田美樹  107,015票
 落選者 海江田万里 89,232票

・宮城5区(石巻市、東松島市、大崎市、遠田郡、牡鹿郡)、有権者数 231,081人
 当選者 安住淳    64,753票

この結果からどんなことが読み取れるのでしょうか?

1.議員1人あたりの有権者数の比較では、宮城5区=1 とすると、東京1区=2.13 となる

2.これを逆さまにすれば、東京1区の一票の価値は、宮城5区の半分以下となる

3.宮城5区では、6.4万票で当選できるのに、東京1区では8.9万票獲得しても落選してしまう

以上のことから、東京1区に選挙権を持つ人達は「不平等」と考えるのは、当然のことでしょう。

ただ、裁判で争われているのは、単なる「ちょっと変だ」程度のリアクションでは済まない、大きな論争がその根本にあるからなのです。

日本国憲法には、こんなことが書いてある

戦後に作られた、日本国憲法第14条には、次のような一文があります。

「一、すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」

さらに、憲法第43条には、こう記されています。

「一、両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する」

この2つの「文章」は、確かに文字通り「政治的に平等」、「議員は全国民を代表」という文句が入っていることが分かります。

ですが、それが何か?

多くの人はただ受け流してしまいかねない、その文句を、憲法学者や弁護士、マスコミ関係者は非常に細かく読み取ろうとしてきました。

彼らによれば、憲法違反である2倍もの一票の格差は、この14条と43条の条文で理解できる、と言うのです。

まず、14条の「政治的に平等」という部分ですが、これは選挙権を行使しようと、投票しても、他の選挙区との一票の格差があるならば、平等とはいえない、という指摘が該当します。

もうひとつ、「議員は全国民を代表」という部分。

これは、選挙民が投票する場合、「地元の利益に叶うような候補者を選ぶ」のではなく、「日本全体を考えて、候補を選ぶ」選挙で選ばれたのが、衆議院議員と参議院議員なのだ、と読めるわけです。

そうすれば、選挙区の区割りを引き直し、人口比でどこも1対1の完全な平等選挙にしても、問題は起こらない…そう考えるのが、一部の憲法学者や一部の弁護士のグループです。

実際に、日本の人口の10%を要している、東京都だけで、全衆議院議員の1割を選ぶとすれば、50人もの議員を小選挙区で選出することができるわけです。

2014年時点での、東京選出の衆議院議員は、小選挙区で25名、比例代表は東京選挙区で17名ですから、合計で42名に登ります。

ところが、完全平等選挙を行うとすれば、小選挙区で50名程度、比例代表も加えると67程度になることが予想されるのです。

こうなれば、地方選出の衆議院議員の「地元の有権者の声」は国会に反映されない…と、地方出身議員は力説しますし、その有権者も地方のマスコミも同等の考えを述べるのは事実です。

確かに憲法上は「国会議員は国民の代表であって、地方民の代表ではない」と読み取れば、どの地域選出議員でも、国民全体の声を生かすことはできるでしょう。

ですが、実際にはどうなのでしょうか?

投票してくれたのは、自分が選んでくれた選挙民です。

それを考えずして、憲法論に肩入れすることは、衆議院議員も参議院議員もできないのは当たり前、といえるのではないでしょうか。

一票の格差をなくした「ゲリマンダー」とは? アメリカ合衆国の実態を知る

さて、日本の選挙制度はさておき、一票の格差を是正したい有識者が「理想」とするのが、アメリカの下院選挙です。

アメリカ合衆国は、ご存知の通り50州と首都ワシントンDCの連合体ですが、この50州は宗教も民族も風土も文化も全く違う「50の国家」の集合体とも言われています。

2015年現在のアメリカの人口は、3億1,700万人。

人口の一番多い州は、ロサンゼルスやサンフランシスコを抱える「カリフォルニア州」で3,700万人。

逆に、人口の一番少ない州は、北西部に位置する「ワイオミング州」で、56万人、ちなみに鳥取県くらいの人口で、日本全土と同等の面積を持った内陸の州です。

合衆国の下院議員は総数435人、そのうち最大選出州の カリフォルニア州 は53人を数えます。

逆に、最小選出州は、アラスカ・サウスダコタ・デラウェア・ノースダコタ・バーモント・モンタナ、そしてワイオミングの各州の下院議員はいずれも1人だけです。

ここで考えなければならない点は、その「選出議員数」だけではありません。

選挙で最も大事なことは「区割」なのです。

アメリカの場合、各州が議会において選挙区の区割りを自由に決定することが可能です。

そのため、10年ごとに行われる国勢調査をもとに、選挙区の区割りが行われるのです。

2013年(平成25年)12月23日の読売新聞に、アメリカの選挙制度についての記事が掲載されました。

この時点で、アメリカの大統領 バラク・オバマは民主党選出、しかしながら下院も上院も多数派は共和党だったのです。

オバマ大統領は様々な法案を議会に提出しますが、ことごとく共和党の妨害に遭い、政府予算までが人質に取られた結果でしょうか、とうとう政府機能が一時中断してしまったのは、世界中が知るところでした。

なぜ、共和党がそこまで強いのか?

その原因が「ゲリマンダー」だったのです。

ゲリマンダーとは、マサチューセッツ州のエルブリッジ・ゲリー知事による「いびつな州議会議員選挙の区割」が火を放つドラゴン(サラマンダー)にそっくりだったことから、名付けられたものです。

1812年に線引きが引かれたゲリマンダー選挙区は、その後金科玉条のごとく、一票の格差是正の口実に巧みに利用されてきました。

その結果、2011年に区分けされた新しい「ノースカロライナ州第12区」は、南北に200Km、最大幅30kmで複雑に曲がったナメクジが這い回った跡のよう(読売新聞より)になってしまいました。

この12区は民主党候補が79%以上もの得票率で圧勝、ですが、この区を囲む5つの州では共和党が楽勝してしまったのです。

もしこの第12区の区割りがもう少しまとまったものであったならば、民主党と共和党の接戦が演じられ、民主党の投票も第12区以外に分散されたでしょう。

さすれば、選出議員も共和党に偏ることはなかったのです。

その結果が、2012年の下院選挙において、共和党の総得票数より144万票多い民主党が、201議席に対し、共和党が234議席になってしまったのは、周知の事実なのです。

一票の格差をなくす、それは大変大事なことではありましょう。

ですが、実際には政治を行う「土台作り」にさえ、きれいごとなど通用しないのは常識なのです。

では、日本でも一票の格差をなくした区割りをしてみたらどうなるのか?

日本の弁護士や著名人などが参加して旗揚げされた「NPO法人 一人一票実現国民会議」。

時々、新聞に一面広告を出すなど、精力的な活動を行っていることで知られているグループです。

メンバーには元内閣官房、元最高裁判事、弁護士、大学教授、ジャーナリストなど、多彩な顔ぶれで多くの賛同者を集めてきました。

公式サイトもあり、そこには面白い選挙区割の「想定版」が掲載されています。

例えば東京大学大学院法学政治学研究科の大学院生が作成した「町丁の境界を考慮した衆議院議員選挙仮想選挙区割」は大変な力作であり、全国300に線引きした選挙区全てが42万人ほどの人口に集約され、その格差はほとんどない状態です。

平成22年8月に設計された「第5番目」の仮想選挙区割を見てみましょう。

そこで、大変気になる状況があることが発見できます。

一例ですが、仮想「北海道第8区」は 札幌市北区の一部、西区の一部と手稲区・南区の4区を合区した選挙区になっています。

この合区の人口はやはり、42万人あまりですから、全国の選挙区同様格差は問題ありません。

地理的にもこの4区は全て接していますので、一見問題は無いように思われるでしょう。

ところが、地図上ではこの合区は実際には接していない「飛び区」が含まれているのです。

北区と西区、手稲区は国道や道々、市道で密接につながっていますが、南区はこの3区とも直接つながる道路は一本もありません。

実は、南区とこの3区の間には中央区という区が存在し、もう一方で一本の峠道があるきりなのです。

小林峠と称するこの峠道は、西区から南区へ抜ける唯一の道ですが、その間は中央区を通ります。

そうは言っても、地理上は南区は西区や手稲区と接している、にもかかわらず、道路はない。

これが、選挙区線引きの難しいところです。

人口190万を数える札幌市ですが、その6割の面積を持つ南区のほとんどは「無人の山岳地帯」であり、単純な人口割りでは完全に選挙区を飛び地化させてしまうわけです。

こうした問題は、この区だけでは収まりません。

東京一極集中の日本社会において、選挙区を人口割りで線引きすることは、大変難しく、まして憲法の規定を厳格に解釈しようとするならば「私の投じた一票が、東京中心の経済のためになってしまう」という落胆に変わってしまうのは、どうしようもないことではないでしょうか。

一票の格差をなくすことは、文字通り「簡単ではない」のが実情と言えます。

戦いを避けるための区割か、それとも平等意識そのものを重視するための区割りか

アメリカの選挙区区割りは「接戦」に持ち込ませないための、苦渋の選択であり、選挙技術のなせる技、という一定の評価があります。 それは、選挙に多額のお金がかかること、そして接戦に持ち込まれた場合、死に票がどうしても多くなり、地元民の対立が心配視されることです。 ですが、最初から圧勝する選挙区と、敗退がほぼ確定している選挙区があるならば、2大政党とも「より接戦の選挙区だけに」選挙資金や労力を投下すればよいことになります。 不思議な話ですが、高度な民主主義国家と呼ばれるアメリカ合衆国でさえ、実はこうした妥協策で、政治の根幹をなしているわけです。 翻って、日本はどうでしょうか? 考えなければならないのは、選挙制度に完璧を求めないということであり、一票の格差があることを是認しつつ、許容範囲を探ることではないでしょうか。 憲法に書いてある…それは誰でも言えることですが、憲法をより柔軟に活用する知恵も必要という事実です。 一票の格差は無いほうが絶対良い、それは誰もがわかっていること。 ですが、それを本当に行うには、今まで以上にコストと労力をかけることにもつながるのです。

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