看護師と医師が大ゲンカ! 医療はいったい誰のもの?

看護師不足は本当か? 毎年増え続ける「はず」の看護師が消えていく

日本人の100人に1人は「学校の先生(幼稚園から専門学校、大学まで)=149万人」と 看護師(正・准)=150万人(2014年)」。

日本の大学は国公立と私立を合わせて「775校」、そのうち 看護系大学 は「248校」(2015年度)で、3校に1校は 看護系大学 か 看護系学部学科 を持っている。

2013年の全国求人倍率は、一般職「0.97倍」、パート「1.9倍」、看護師は「3.46倍」(厚生労働省「職業安定業務統計」より)。

看護師が足りない、求人を出しても集まらない…

離職者がどんどん増加し、職場の看護師が定着しない…

夜勤の看護師がいないので、急患の対応ができない…

ここ数年、こうした報道が全国各地で増加しています。

ですが、本当に看護師は足りないのでしょうか?

単純計算では、看護系大学の卒業生は毎年少なくとも5万人。

そのほか、全国各地の医師会が持っている看護学校では、准看護師を育成し、現在でも40万人ほどの准看護師が資格を保持しています(准看護師とは、都道府県資格。これに対して看護師は「正看護師」といい、国家資格。

その違いは正看護師の補助役を准看護師が務める、と決められている)。

医師、看護師、薬剤師といった医療人は教育課程において、専門的な医学や保健学を受講しています。

そして、医師は6年間の大学教育の後、研修期間が必ず用意されています。

医師の「研修医制度」は、新人医師の様々な訓練の場であり、自分の医療環境の選択に不可欠です。

ですが、看護師の場合は、「研修」の機会はありません。

看護師資格を取り次第病院に「入職」し、そのまま即戦力となるわけです。

出身大学の大学病院に、そのまま入職する新人ナース、あるいは看護学校から県立病院や民間の総合病院に入ってくる看護師たちは、プリセプターと呼ばれる「新人を教育する先輩」のもとで、病棟看護や外来看護を行いますが、これは研修ではありません。

看護師といえば、女性が9割にも及ぶ職場環境で働き、結果として女性特有の人間関係や、出身校の違いによるスキルの差異など、様々なカルチャーショックが待っています。

高い倫理観や奉仕の精神を学び、大変猛勉強して取得したはずの看護師資格。

それをあっさりと「ペーパー化」して、別の仕事に進む人や、結婚を期に離職してしまう人が少なくありません。

つまり「資格は持てども、勤務していない」看護師がどんどん生産されている 現状 があります。

看護師も「大学院」に進む時代?

会員数 694,000人、日本最大の看護職の団体である「公益社団法人 日本看護協会」は、看護師個人々々が任意で加入する組織です。

多くの労働組合同様、看護職の地位と看護環境の向上、そして国の規定する診療報酬制度から認められる、看護報酬のアップを求めて、大きな影響力を持ちます。

日本看護協会は、政治団体である「日本看護連盟」を組織し、過去数人の看護師出身者を政界に送り出してきました。

看護師と政治、一見相反するような関係ですが、看護師は国家資格であり、尊い倫理観の職業性と共に、国民の医療と生命に直接関わる立場から、もっとも一般市民に近い存在であり、国政で訴求することが求められているのは、なるほど納得がいくでしょう。

さて、ここから看護師の新たな「資格」について話を進めましょう。

1995年11月、日本看護協会は初めての「協会内資格」を定めます。

その一つは「認定看護師」と言い、従来の「准看護師」「看護師」の上に位置する看護師資格となりました。

認定看護師とは、特定介護分野のスペシャリストであり、「救急看護」「皮膚・排泄ケア」が誕生します。

その後、「集中ケア」「緩和ケア」「がん化学療法ケア」など、2016年1月現在で21分野の認定看護師が誕生しています。

もうひとつは「専門看護師」と言います(2016年1月現在11分野)。

専門看護師は、認定看護師と同じく専門分野の看護知識と技術を生かし、患者と家族、地域の保健医療福祉関係者とのコーディネーター役を果たし、教育や研究などを行います。

認定看護師と専門看護師になるためには、看護師として5年以上のキャリアがあり、そのうち専門分野で3年以上の経験が必要です。

それだけではありません。

全国各地にある看護系大学の大学院に通い、2年間座学と実践を繰り返し、資格試験に合格しなければならないのです。

この2年間、受験者の専門分野によっては、全国に数箇所しかない大学の大学院に通うため、ワンルームマンションを借りて、一人暮らしをしなければなりません。

アルバイトなどできるような時間はなく、200万円程度の貯金を取り崩して学費と生活費に当てるのが普通、と言われます。

そこまでして、ようやく合格しても、実際にはその資格を活かせる病院は、大病院に限られており、資格があるからといって、給与が増える見込みもないのが現状なのは、この資格が「国家資格ではない」ことによります。

2016年1月現在、全国の認定看護師数 15,817名、専門看護師数 1,678名。

スペシャリスト看護師の誕生の裏に、何があったのでしょうか?

看護系大学が増えていることで、大学院も創設されるのは自然な流れとも言えましょう。

ですが、あくまでも「実践」の場で活躍するのが看護師、と一般的に目される中、大学院の存在を必要とする「認定看護師」「専門看護師」をわざわざ創設したのではないか?そう訝しがるのが、医師の集まりである「日本医師会」だったのです。

日本医師会が主張する「看護師の医療行為は危険」は、難癖なのか?

2010年6月16日、「社団法人 日本医師会」の定例記者会見が行われました(尚、2016年1月現在は「公益社団法人 日本医師会」に変わっています)。

その内容は「医行為の範囲の明確化(診療看護師資格の新設) に対する日本医師会の見解」というもの。

日本医師会とは、日本の開業医 84,000人 と 勤務医 82,000人 の合計 166,000人(2014年12月現在)で構成される、民間団体です。

ちなみに、日本の医師数は30万人。

ですから、医師会の考え方は「日本の医師の半数の意見」とみなしてもよいことになります。

では「医行為の範囲の明確化」と「診療看護師資格」とは何でしょうか?

まず、医行為=医療行為について、考えてみましょう。

「保健師助産師看護師法」という1948年(昭和23年)に制定された法律があります。

2001年(平成13年)に改訂されましたが、以下の総則については、そのまま受け継がれています。

「第1章 総則 – 第5条 この法律において「看護師」とは、厚生労働大臣の免許を受けて、傷病者 若しくは じよく婦に対する療養上の世話又は 《診療の補助を行う》 ことを業とする者をいう」

この 《診療の補助を行う》の《》は日本医師会が強調している部分。

むろん、法律には《》は記載していませんが、医師の立場からすれば「医療行為を行えるのは、医師のみであり、医師の指図があるときにのみ、看護師が補助的な医行為を行える」と主張しているのです。

医師会の主張はこうです。

医師免許を取得するには、6年間の大学教育を受ける必要がある。

その後、研修医制度などを経て、ようやく一般医師として活躍できるのは、医師が「高度な医学的判断と技術を持っているからであり、医学的な裏付けのない看護師が医療行為を行うのは、患者のリスクを高めることになる」からだ。

医療は、医師と看護師が役割を分担することで、成り立っている。

患者の急変などが生じた場合、責任の所在はどうなるのか?医師は医学的見地から、必要かつ十分な処置を行うことができるのに対し、看護師の持っている知識や技術では、患者を危険に晒しかねない。

これだけ強烈に「医行為の範囲の明確化」を求め、「診療看護師資格」に対して容認できない、と拳を上げているのはどういうことなのでしょうか?

2010年6月の定例記者会見、というタイミングからピンと来る方は、おそらくごくわずかでしょう。

実は、2010年6月8日に就任した 時の首相は 民主党の 菅 直人氏。

その1年前に、自民党政権から民主党政権に変わり、自民党時代にあった「規制改革会議」が廃止され、「行政刷新会議」と名称が改められます。

「事業仕分け」などで知られる、新しい試みが、民主党政権下で始まり、「規制・制度改革に関する分科会」が行政刷新会議に誕生しました。

下衆の勘ぐり、と言われようとも記しておかなければならないのは、日本医師会の実態とその「あゆみ」なのです。

日本医師会の会員は開業医と勤務医で構成、とされています。

ですが、現実は時間的余裕のある開業医でなければ「政治活動」は行えません。

政治活動とは、医師の安定的な収益確保であり、診療報酬をアップさせるのが目的の最重要項目です。

これは、労働組合と同様で、働く人たちの権利ですから、当然の要求でしょう。

一方政治家から見れば、日本医師会の政治献金は長らく自民党に利を及ぼし、その結果医師の既得権益は確保されてきた、というのは事実。

ここでいう既得権益とは、1979年に創設された「琉球大学医学部」を最後に、新規医学部、医科大学の開設を認めない、というスタンスです。

看護師がみるみるうちに増えていくのに対し、医師は全国80の医学部(医科大学、医学部)に限定されているため、定員数より多い数の医師が生まれてくることはありません(2016年4月に仙台市に「東北医科薬科大学」が誕生するのは、2011年の東日本大震災で、医師不足が喫緊課題となったことからであり、あくまでも「特例」である)。

つまり、日本医師会は自民党寄りの姿勢を取り続け、民主党政権下で自らの既得権益を脅かされそうになり、動揺を見せ、その結果高度な戦術を図っている、と解釈することもできます。

その徒花となったのが「診療看護師」問題だ、と考えるのは「日本看護協会」の方なのは、理解しやすい構図ではないでしょうか。

診療看護師とは、いかなる看護師なのか?

話がだいぶ複雑になってきましたが、医師の団体と看護師の団体が、それぞれの目的遂行のために時の政権に近づき、自分たちの要求を押し通そうとするのは、何も不思議なことではありません。

それは、医療という特別な「国家資格」だからこそ、認められる争いであり、日本国民の多くは医師と看護師の勤勉で熱心な姿、適切な診療と看護に信頼を寄せているのが現状です。

そこに、覆いかぶさるのは社会の変化、少子高齢化、人口減少、都市部への人口集中などの、ありとあらゆる問題です。

ひとたび「救急搬送された患者が、次々と病院から受け入れ拒否された」というニュースが流れれば、その背景が「医師不足、看護師不足」と短絡的に捉えられてしまうのも、いささか問題ではあります。

ですが、医師が少ないのなら、看護師が少しでも「医師の代わり」を務めれば、医療現状は良くなるのではないか、という考え方はおかしくはないでしょう。

診療看護師とは、医療行為を行える看護師という面だけではありません。

一番大きな項目は「医師の判断なしに、独自に行える医療行為」という部分です。

島根県にある 国立病院機構 浜田医療センター には、「クリティカルケア領域(呼吸器や循環器=肺や心臓などを煩い、重篤な障害や疾病を抱えている患者を看護する領域)」の診療看護師がすでに配置されています。

診療看護師、という資格は現段階にはどこにもなく、病院自らが判断した中で与えられた看護師の「ひとつの役割」となっています。

ここではまず、「胃ろうのボタン交換」があります。

胃ろうは、口から食べ物を摂取できない状態の患者が、胃に穴を開け、お腹のボタンから栄養分を流し込むことを言います。

脳梗塞などで、麻痺状態になった患者の中には、咀嚼が不完全になるために 胃ろう や 腸ろう が行われるケースがあります。

ただ、人工的な管を付けて、それを衛生的に保つには医学的な診断も必要ですが、看護師の経験値でも十分問題ない、と判断されれば、ボタン交換が許されるわけです。

この交換自体が医師でなければならない、というのではありません。

あくまでも「診断看護師」自らが患者の状態を判断(診断)し、自分で処置することから、診断看護師というわけです。

よく「バイタルサイン」と言われますが、血圧や脈拍などを計るのは、医師に代わって看護師が行います。

この検診の項目ひとつ、看護師は自らの判断(診断)で行うことはできません。

予防注射一本にしても同じことです。

医師が足りない、ならば経験値と医学知識、技術を持った看護師を育てればよい。

それは、大学だけでなく「大学院」を修了させ、国家資格にしてしまえば医師側も文句は言わないだろう。

その準備段階が「診療看護師」であり、すでに民間資格となっている「認定看護師」と「専門看護師」なのだ。

穿った見方では、こうした筋書きも読めていけます。

ですが、医療は本来誰のためのものなのでしょうか?

医師のため?看護師のため?医療法人の理事長のため?

そこが欠け落ちているのではないか、そう危ぶむ声がなぜか聞こえてこないのです。

医療はチームで行う。だから切磋琢磨するのは正しい。が…

ようやく、看護師と医師の反目の内側が見えてきたところで、結論に移りましょう。 日本の医療問題は、マクロ的には「年間の国民医療費100兆円」という財政問題があり、地域間の医療格差があります。 そして、医療関係者個々の就労環境や収入問題もあり、看護師の離職率の高さ、という事実もあるでしょう。 ですが、高齢化を「成し遂げている」のは、紛れもなく日本の医療水準の高さと、その全国的な医療普及によるところが大きいのです。 医師も看護師も、患者と同様、人間ですから、職業理念と日々の葛藤の戦いに苛まれているはずです。 ですが、主人公は患者となるかもしれない、いや、現在患者のひとりである私たちに他なりません。 医師の力を守るべきか、看護師に力を与えるべきか? これは、日本の将来にとって、大事な選択肢のひとつと言えるのです。

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