モンゴル帝国と流通革命‐「歴史」に見る「お金」シリーズ

shutterstock_177156338 (1)

「モンゴル帝国」が世界の流通にもたらした影響を知ろう

「モンゴル」という国について、皆さんはどのようなイメージをもっているでしょうか?日本人であれば「相撲の力士」や「ジンギスカン」を思い浮かべるかもしれません。

また、馬に乗って高原を駆け回っている姿をイメージする人もいるでしょう。

そのような漠然としたイメージだけで、モンゴルという国がどういう歴史を辿り、世界にどのような貢献をしてきたのか知る人は少ないのではないでしょうか?
 
今回は、「モンゴル」を知るということが「世界のお金の流れ」について知るために非常に重要であるというお話です。

強かったモンゴル騎馬兵

 
中世の世界経済において欠かすことのできない国があります。

それは騎馬民族の国として名高い「モンゴル帝国」です。

当時の彼らは、強力な騎馬軍を駆使して瞬く間にユーラシア大陸を席巻してしまいました。

そして中国地方から中央アジア、中東や東欧にまたがる大帝国を築き上げたのです。
 
とにかくモンゴル帝国は征服戦争に強い国でした。普段は部族ごとに騎馬主体で生活をしているため、基本的にモノを持たない文化であり、文字もそれほど発達していなかった(むしろ発達させる必要がなかった)ため、所謂「官僚的な作文」が乱発されることがなく、ほとんどの人事評価は戦争に強いかどうかという所が重要視されたのです。

すべての遊牧民が十進法などのやり方で軍隊が編成され、征服地から奪った品もその隊の階級と部隊に応じて平等に分配されました。

この辺りはローマ帝国でも運用されていた方法です。

そして特に優秀な騎馬兵は近衛兵として選抜され、要職につきました。軍隊は本隊、先鋒隊、輜重隊などから編成され、いわゆる「軍法」にあたる法令もしっかり整備されていました。つまり現代における「軍隊」の基礎がしっかりできていたために、周辺諸国を圧倒できるほどの強い国となったのです。 
 
モンゴルといえば戦闘能力だけはあるが、野蛮であるというような印象を持っている人もいますが、それは間違いです。

上記のような優れた考え方や文化をもっており、情報収集能力に優れていました。

綿密な作戦計画に従って合理的な戦争を行う画期的な国であり、このため周辺諸国をあっという間に版図に加えることができたのです。
 
その立役者となったのが有名なチンギス・ハーンでした。彼はもともと優秀で戦闘能力の高いモンゴル部族達を団結させ、アジアのみならずヨーロッパの一部をも手中におさめました。それまでは各地に諸国家が乱立している状態でしたが、彼によってモンゴルという一つの帝国の版図となったのです。

国際商業取引の先駆けとなったモンゴル帝国

 
チンギス・ハーンの下で大帝国を築いたモンゴル帝国は、軍隊だけでなく先進的な国家システムをもっていました。

実はこのシステムこそが、世界の経済や金融に大きな影響を与え、また後の「大航海時代」のきっかけともなっていくのです。
 
当時のモンゴル帝国は間違いなく世界最大の帝国であり、最強の軍事国家でもありました。

事実として、アレキサンダー大王のマケドニア王国以上の領土を誇ったのです。

しかし彼らの経済政策の特徴は「寛容と洗練」といえると思います。

自分達が元々もっていた文化を征服地に押し付けることはせず、占領地の文化や伝統を容認しました。むしろ有用な考え方は積極的に取り入れたのです。

その政策が結果として、それぞれの地の優れた文化を集め、洗練することに成功しました。

それがユーラシア大陸からヨーロッパの一部に至るまでの帝国全体に、多くの恩恵をもたらすことになったのです。

 彼らの下で栄えたもっとも優れた経済システムといえるのは「投資」と「配当システム」といえるでしょう。
 
まず、大帝国の下で諸国家の乱立がなくなり、「関税」が一括処理になったため、遠隔地貿易の儲けが増えました。

特にモンゴル帝国は宗教に寛容だったため、各地で頻繁に起こっていた宗教対立に直接的に関ることがありませんでした。

そのため様々な宗教を信奉する商人達も味方にすることができたのです。

特に支配地の中近東では、当時「オルトク」というイスラム商人集団が大規模な交易活動を行っていました。

モンゴル帝国は征服した地の商人は帝国の下で積極的に保護したので、彼らもモンゴル帝国の庇護下の下で活動するようになり、さらにはモンゴルの王族達によって、帝国の流通通貨である「銀」を貸し与えたのです。

つまり今でいう「投資」です。

商人たちは帝国が建設した施設を優先して使用することができ、交易で得た利益を王族達に還元するというシステムができていきました。

さらには一元化されていた「関税」システムも商人達の自由な商業活動を促し、結果としてその広い国土の間で活発な交易が行われることになりました。
 
このようにモンゴル帝国の時代、ヨーロッパ、中近東、東南アジア、中国にまたがる広大な地域において、自由な交易が行われました。

その結果、世界的な流通革命を起こることになったのです。

つまり「ヨーロッパとアジアの交易が盛んになるのは、モンゴル帝国以降」のことなのです。
 
また、モンゴル民族は耕作地に入植したり、戦争によって農地を獲得したりして農業を拡大しようという発想は特にありませんでした。

元々が遊牧民であり、移動しながら生きている人々でしたから当然といえば当然です。

そのため戦争によって占領した肥沃な土地に、モンゴルの人々が押し寄せてくるということはほとんどありませんでした。

そして上記の統治システムが根幹にあるため、占領地の住民は税金さえ払っていれば、以前とほぼ同じ生活ができたのです。

そしてこの時代のヨーロッパとは違い、宗教対立には帝国はほとんど介入せず、それぞれの宗教に寛容だったため、各々の地域の商人たちは活発に活動することができたのです。

世界レベルでの「お金の流れ」をモンゴル帝国が作り出すことができた理由がここにあります。

モンゴル帝国の優れた「配当」システム

 
モンゴルの人々にとって、当時の戦争はある意味「配当」を狙ったものでした。

彼らにとって基本的に戦争に行くこと自体が「儲け仕事」のようなものであり、征服戦争に参加した者や兵員を派遣した領主などは、戦争に勝てばそこから「配当」を得られるようになっていたのです。

それによって戦いへのインセンティブを与え、さらに征服した土地には自由な交易を許し、商人は積極的に保護する政策をとっていたので、流通がこれまでの世界では考えられないほどに発達することになったのです。

また、そのような商人達にお金を貸し与えたうえで、交易させて儲けさせました。

そして儲けた分の一部をさらに「配当」として受け取ることによって領主たちは現代における「株主」のような格好で懐を潤すことができるようになったのです。
 
つまり、モンゴル帝国は世界に先駆けて「資本主義的」な考え方をもっていた国であったということです。

「投資」と「配当」の考え方のもとで、帝国全体では土地のインフラを整備し、商人達に自由に交易をさせることで国全体が豊かになることを知っていたのです。

それまでは諸国家が乱立していたため、商人たちは関税などを何度も払わねばならず、またその地域ごとに決まりに制約されて商売をしていました。

それがモンゴル帝国のもとで各地が平定され、一気に交易の利益が増大したため、各地の商人たちは積極的に交易活動をするようになりました。

そして夜盗などに遭ってしまった際にも、帝国が保護してくれるので安心して遠隔地での商売ができるようになったのです。

その結果、帝国自体も「あがり」を得ることができるようになり、国全体が繁栄したのです。
 
残念ながらモンゴル帝国自体は、チンギス・ハーンやフビライ・ハーンが亡くなった後、まとまりを維持することができず分裂してしまいます。

しかし商人を保護して自由に交易させるという点では、分裂したどの国でも推進しました。
 
また既に述べたように国として宗教にも寛容だったため、当時のヨーロッパのように血みどろの宗教戦争になるような事態にはなりませんでした。

その点も、商業の繁栄を支えた重要な要素といえるでしょう。

史上初の「不換紙幣」と流通の発達。そして「大航海時代」へ

 
モンゴル帝国はフビライ・ハーンのもとで世界で初めてとなる「不換紙幣」を発行したことでも有名です。

当時の決済通貨は「銀」だったのですが、金額が大きくなると持ち運ぶのが大変でした。

そのため当時の人々は、徐々に「紙幣」や「為替」なども利用して取引するようになってきたのです。

今で言う「高額紙幣」なども積極的に発行され、交易の自由化を促しました。

今では各地で当時の紙幣が発見されており、モンゴル帝国がいかに広い範囲で交易を行っていたかを窺い知ることができます。
 
つまり貨幣となっていた「銀」「銅」の量よりも、圧倒的に商人達が流通させる「モノ」の量が多かったため、このような「不換紙幣」で代用することによって活発な流通を支えることにしたのです。

それほどまでに当時のモンゴル帝国では商業が発達していました。

その理由は既に述べた通りですが、この商業の繁栄こそが後の欧州における「大航海時代」の発端となったわけです。

モンゴル帝国の商業ルートを使ってアジアの物産がヨーロッパに流れ込むことになり、ポルトガルやスペインの人々はそれを目にして、アジアと何とか交易ができないかを考えたのです。

しかし中央アジアを通るとイスラム教徒によって高い関税を支払わされたり、場合によっては交易品を奪われてしまいます。
 
それを嫌った当時のヨーロッパ諸国が、当時発達し始めた航海技術を使ってアジアと直接取引することを画策したことから「大航海時代」となるわけですから、その発端となったのはモンゴル帝国だったということです。

歴史家の岡田英弘氏は「モンゴル帝国の存在によって世界史という概念が生まれた」と提唱されておられますが、まさにモンゴル帝国によって、アジアとヨーロッパや他の諸地域がそれぞれに関心をもつようになったといえます。

そういう意味では、まさに「世界史」を考えるうえで最も重要な国がモンゴルといえるのかもしれません。 

実は重要な国である「モンゴル」

これまで見てきたように、世界のお金の歴史や流通の歴史を考えるうえで欠かせないのが「モンゴル」という国です。彼らの先進的な統治システムや「配当」の考え方は、現代でも大 いに参考になります。 歴史を勉強することで「お金」についての洞察を得るための見本ともいえるでしょう。 ※参考文献一覧 岡田英弘(1999)『世界史の誕生─モンゴルの発展と伝統』筑摩書房. 岡田英弘(2001)『歴史とは何か?』文芸春秋. ジョナサン・ウィリアムズ(1998)『図説お金の歴史全書』湯浅赳男訳,東洋書林. 坂谷敏彦(2013)『金融の世界史』新潮社. 大村大次郎(2015)『お金の流れでわかる世界の歴史』KADOKAWA.

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でお金が無い.jpをフォローしよう!

モンゴル帝国と流通革命‐「歴史」に見る「お金」シリーズ
Reader Rating 5 Votes