ユダヤ人とお金の軌跡2‐「歴史」に見る「お金」シリーズ

ユダヤ人達が世界各地でどういう存在として扱われていたかについて

前回は「ユダヤ人」の起源と迫害の歴史について軽く触れました。

今回はその続きとともに、ユダヤ人達が世界各地でどういう存在として扱われていたかについて掘り下げてみます。

彼らの歴史を辿ることで、世界のお金の流れがどのような遍歴を辿ってきたのか、その一端を理解することができます。

ユダヤ人の特性

 前回の記事でも触れたように、古代イスラエル王国の分裂によってかつてヘブライ人とされていた人々は、古代イスラエル王国の南北分裂後、南のユダ王国をバビロニアに滅ぼされたことによって「ユダヤ人」と呼称されるようになったというのが通説です。

また、ユダヤ人は古代から為替の分野にさえ通じていたという記録が残っています。

為替というのは高度な技術が要求されるもので、金融の中心ともいえる概念です。

どうしてユダヤ人は、両替や為替に長けていたのかというと、これも以前の記事で取り上げたように「ディアスポラ(離散)」に関っています。
 
世界各地に散っていったユダヤ人達は独自のネットワークを使って交易などを行っていました。

各地で交易を行うということは、それぞれの地域の貨幣同士も交換する必要性が生じてきます。

つまりは「両替」の必要があるわけで、それを行うことができたのは当時ユダヤ人がほとんどだったわけです。
 
さらには両替というのは莫大な利益を上げることができ、同時に「金貸し」としても商売をしやすい事業です。

当時のユダヤ教では利子をつけることは禁止されてはいたものの、厳密には同じユダヤ人同士での話であり、それぞれの地域の人に貸すことに関しては事実上黙認状態にあったとされています。

このような流れのなかで、ユダヤ人達は両替商と通じて「金貸し」も行うようになりました。

そしてもう一つ、ユダヤ人達が積極的に「金貸し」を行うようになった重要な背景があります。

この背景を知ることが、ユダヤ人の特性を知る上で非常に重要です。

政策的にユダヤ人が「金貸し」となった理由

 
ウィリアム・シェイクスピアの有名な戯曲「ヴェニスの商人」には、シャイロックというユダヤ人の高利貸しが登場します。

この戯曲において、彼は高飛車でお金を借りた者には一切の容赦をしない傲慢な人物として描かれています。

ユダヤ人というと「金貸し」で借りた人間には容赦をしないというような勝手なイメージは果たしてどこから来たものなのでしょうか? 
 
実は、その背景にはキリスト教世界の統治政策がありました。

それはユダヤ人とキリスト教徒の「隔離」ともいえる政策だったのです。
 
当時キリスト教世界において、ユダヤ人はキリスト教徒の召使を雇ってはならず、キリスト教徒はユダヤ人の居住区に住んではならないという決まりができていました。
 
そしてキリスト教徒間の金銭貸借では、金利をとってはならないというものもありました。

これらの決まりは結果的に、金融という「汚れ仕事」をユダヤ人に押し付ける構造をつくってしまったのです。
 
どういうことかというと、当時はお金を払って武器を買い、戦争で略奪をしてその元を取るというのが十字軍などの軍に加わる人達の「食い扶持」でもあったわけです。

そして武器の調達のためにはじめはお金を借りなければいけませんでした。

しかしキリスト教徒同士では利子をとることが禁止されていました。

当然、武器を買うためには結構なお金がかかるわけで、無償でお金を融通してくれる人は多くいません。従って、利子をとってお金を貸すことができる「異教徒」のユダヤ人が金融の仕事をするようになっていったという事情があるのです。

当時は「金貸し」などの金融業は「汚れ仕事」というイメージが強かったので、ローマ教会がユダヤ人にそのような仕事をさせるように誘導したのだというのが通説となっています。
 
まして、ユダヤ人は土地を取り上げられていることがほとんどですし、先に述べたようにキリスト教徒の召使を雇ってはならないため農業などできません。

そして差別意識によって、当時幅を利かせていたギルドからも事実上排除されていました。

つまり、当時のユダヤ人の多くは自ら進んで「金貸し」になったのではなく、むしろそうせざるを得ない状況に追い込まれていたといえるのです。
 
さらに教皇「イノケンティウス3世」は、キリスト教徒で十字軍に参加した者は、ユダヤ人から借りたお金を返さなくてもよいという無茶な政令を出しました。

これによってキリスト教徒達の多くはこぞってユダヤ人からお金を借りるという行動に出たのです。

要は、教皇側としては十字軍に参加する者を集めたかったため、日頃から差別被害に遭っていたユダヤ人をさらに利用することにしたということです。

ユダヤ人達は生命や財産について一応は保障されていたものの、結局はキリスト教徒の差別意識によって「汚れ仕事」ととして金融業を押し付けられていたというのが実態だったのです。

「ヴェニスの商人」のようなユダヤ人像を多くの人がもっていますが、実際は彼らが金融業を営むようになったのは、このような迫害と差別が背景にあったことを忘れてはいけません。

しかしそこから金融のノウハウを掴んだユダヤ人達は、徐々に世界の金融システムの開発において大きな役割を果たしていくことになるのです。

 

「ゲットー」の起源と「ユダヤ人」

 
私達が「ユダヤ人」と聞くと、その迫害の歴史とともに思い浮かべる単語として、いわゆる隔離居住区である「ゲットー」があります。
 
世界で初めて「ゲットー」(と呼ばれるようになる存在)が作られた(というかユダヤ人の隔離されていた居住区がそう呼ばれるようになった)のは現ドイツのフランクフルトにある有名な「フランクフルト・ユーデンガッセ」といわれるものですが、このような存在が出来上がる以前から、ユダヤ人達は各地で事あるごとに迫害を受けていたのは既に述べた通りです。
 
「ゲットー」創設の背景としては、いわゆる「黒死病」が流行するたびにユダヤ人が原因とされたことが挙げられます。

特に1348年から翌年にかけて、欧州各国は人口の3分の1もの人が死亡する史上最大規模の「黒死病」に襲われました。

多くのユダヤ人達は「黒死病」から逃れるために、海外に逃亡していきました。

特に多かった逃亡先がポーランドでした。当時のポーランドは欧州でも指折りの大国であり、それぞれの地域に君主がいました。

彼らがユダヤ人の金融知識や商才に目をつけ、積極的に受け入れたため当時欧州で最もユダヤ人が多い地域となったのです。

つまり、君主達は商才のあるユダヤ人達に土地の管理を任せ、そこから得られた収益の一部を吸い上げる格好にしたのです。
 
こういったユダヤ人達はもともと金融技術などに優れていたことに加え、国としても優遇される傾向にあったため「ゲットー」ができる以前は、土着のポーランド人達の何倍もの資産をもっていたのです。

しかし国策として金を稼いでくれるユダヤ人を逃したくないと考える人々がいる一方、地元の聖職者達にとってはユダヤ人達は異教徒であり、何とか追い出したいという感情が強くありました。

つまり当時のポーランドの人々にとって、ユダヤ人は異教徒であり忌み嫌ってはいるものの、貴重な財源となる彼らにいざ出て行かれると困るという状況だったわけです。

事実、国王であるフリードリヒ3世なども、ユダヤ人に徴税権を与える代わりにお金を借りるというような有様でした。

しかし一部のキリスト教徒たちの裕福なユダヤ人たちに対する嫉妬や憎悪は相当なものでした。

彼らにしてみれば、ユダヤ人達は「汚れ」以外の何者でもないという認識だったのです。
 
そんな鬩ぎ合いの中で、ユダヤ人達を一箇所に追いやってしまおうという発想が出てきたわけです。

つまり「離散」を防ぎつつ、尚且つ街の端に追いやることで差別をする環境を作り上げようという考えです。

これこそがユダヤ人隔離居住区である「ゲットー」の起源となります。

言葉の起源自体は後のイタリアのヴェネツィア隔離居住区だとされていますが、世界で初の隔離居住区はこのような背景のもとで、1462年にフランクフルトに後に世界で「ゲットー」と呼ばれるはじめての存在が出来たのです。

「隔離」されても金融の中心だったユダヤ人

 
しかしたとえ居住区を決められ隔離されているとはいえ、当時金融のノウハウがあり、お金に関する多くの知識をもっているのはユダヤ人しかいません。

なぜならば別の記事でも述べたように、キリスト教世界では「金貸し」は忌み嫌うべき職業とされ、「利息」をとるということも多くの場合禁止されていたからです。

そのような商売を全てユダヤ人に「押し付けて」いたため、お金を自由に融通できる存在はほとんどユダヤ人だったのです。

 かくしてユダヤ人達は隔離された先でも金融の中心であり続けました。

「裕福」な狭い居住区には人が増え続けることになったのです。
 
しかし過密になった人口は不衛生を引き起こします。衛星状況が悪化した「ゲットー」の様子をみて、事情を碌に知らない人々はユダヤ人自体が不潔なものだという認識をもつようになってしまいました。このようなイメージが後に「ユダヤ人黒死病原因説」などのデマにも繋がってしまい、彼らはさらに厳しい迫害と虐殺の歴史を辿ることになっていきます。

しかしユダヤ人たちはそのような迫害の中でも、持ち前の金融技術などを駆使して現在に至るまで様々な場所で生き続けて来たのです。
 
 

「金融」といえば「ユダヤ人」という連想の根幹を知ろう

  ユダヤ人という存在を知る上で最も重要なのが「なぜユダヤ人達は金融技術に優れるようになったのか」という問いの答えを知ることです。 この背景にはキリスト教徒達の政策があることを知っておかなければなりません。 このことは、宗教的な対立や宗教が「お金」というものに対してどのような教えをもっているかということが深く関わっています。 実は「お金」の流れを知る上で「宗教」というのは、切っても切れない重要なファクターなのです。 ※参考文献一覧 ジョナサン・ウィリアムズ(1998)『図説お金の歴史全書』湯浅赳男訳,東洋書林. 坂谷敏彦(2013)『金融の世界史』新潮社. H.G.キッペンベルグ(1986)『古代ユダヤ社会史』奥泉康弘・紺野馨訳,教文館. 大村大次郎(2015)『お金の流れでわかる世界の歴史』KADOKAWA. 灘耕太郎(2008)『ユダヤ・マネー‐なぜ彼らは世界経済を動かし続けるのか』あっぷる出版社. ジャック・アタリ(2015)『ユダヤ人、世界と貨幣‐一神教と経済の4000年史』作品社. レイモンド・P・シェインドリン(2012)『ユダヤ人の歴史』入江規夫訳,河出書房新社.

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