大英帝国に学ぶ「お金」の運用‐「歴史」に見るお金シリーズ

世界に冠たる大英帝国(イギリス)

現在の国際社会における覇権国は、陰りは見え始めたもののいまだアメリカであるといわれています。

しかし、いわゆる帝国主義時代の覇権国家は、世界に冠たる大英帝国(イギリス)でした。

かの国がいかにして覇権国家となることができたのか、これを「お金」の流れを中心にみていきたいと思います。

そうすることで、教科書などで勉強する歴史とはまた違った角度から大国の発展の歴史をみることができ、「お金」というものがいかに国の発展にとって重要であるかがわかるようになります。

大英帝国による産業革命の成功と地政学的優位性

大英帝国は産業革命に成功した国ですが、その背景としては「蒸気機関」の発達や莫大な資本の蓄積に成功したことが挙げられます。

資本の蓄積という側面において他国よりも進んでいたために、当時各国で研究されていた蒸気機関の実用化に最も早く辿り着けたのだともいえます。

その結果、英国は圧倒的な規模の海軍力を誇るようになり、当時のドイツや新興国だったアメリカを足した戦力などものともしない程となりました。

ドイツなどは経済力では英国を抜こうとする程の力はあったものの、位置的にフランスやロシアに挟まれていたことで、海軍だけを増強している余裕がありませんでした。また、外洋へ向かう航路を英国がおさえてしまっていました。

つまり当時の大英帝国と面と向かって敵対してしまうことになると、海外への進出が事実上不可能になってしまう状態だったのです。

このような地政学的要因も、大英帝国が覇権を誇ることができた理由といえるでしょう。

無論、それだけが大英帝国が海洋覇権国家となった理由ではありません。むしろ、主な理由は「内政的要因」や「経済的な要因」によって資本力をつけることができた点でしょう。

英国が覇権国家となった理由

それでは、大英帝国がその発展の礎となる強大な資本力をもてるようになった要因は何だったのでしょうか?

ポイントは「立憲君主制」と「国債制度」、そして「イングランド銀行」にあります。

まず「立憲君主制」についてですが、これによって議会主導の経済政策が可能なりました。

有名なピューリタン革命や名誉革命などを経て、イギリスは「立憲君主制」を確立していくわけですが、それまではイギリスの国王が勝手に税を決めてしまうことが多々ありました。

既に「マグナカルタ」によって、国王は税金を勝手にとることは禁止されていたものの、それを平気で破る国王が相次いだのです。

これに対して、イギリス国民はピューリタン革命や名誉革命などの「革命」を通じで、国王に「課税の権利は議会にあること」をはっきりと確認させたのです。

これによってイギリスは「立憲君主制」を確立しました。

なぜかというと、課税権限や予算の制定権限をもつということは「国家の意思」を決めるということと同義なのです。

その「国家の意思」を、名誉革命を経て「議会」がもつことになったわけです。

ちなみに「立憲君主」について誤解している言説がされることが多いので、一応説明をしておくと、一言で言えば、有名な「君臨すれども統治せず」を体現する君主のことであるといえます。

立憲君主は憲法によって、その権力が規制されている君主のことです。君主の上に法が存在する体制ともいえます。

当時の大英帝国の君主は革命を経て「立憲君主」として確立されたといえるのです。ですから、憲法を無視して勝手に命令を出すことはできません。

憲法に予算権限などが「議会」にあることが明記されているわけですから、君主であってもこれを破ることは許されないのです。

そして当時の英国にとって、これは経済や財政における大改革であり、これが最終的に大英帝国を経済大国とする原動力となったのです。

そして、この財政の大改革の象徴として「国債制度」と「イングランド銀行」の設立があります。

これは当時のヨーロッパにおいて「貨幣経済」の先駆けとなったといっても過言ではない出来事でした。

つまり、イギリス経済の発展は「貨幣経済」へと移行したことによって大きく躍進することになったのです。

英国の中央銀行である「イングランド銀行」が設立されてからは、イギリスの国債を引き受ける代わりに通貨を発行できるという仕組みになりました。

政府が国債を8~10%前後の利率で発行し、イングランド銀行がそれを引き受けます。そして通貨を発行して民間業者に貸すという流れができたのです。

これは言い換えれば、政府が「格安」の利率で借金ができるということです。当時の利率の相場では考えられないほどに安かった英国の金利は、戦費の調達や産業化への投資にも大きなプラス要素となったわけです。

そして英国政府は、そうやって低金利で融通した資金を元手に強力な海軍をつくりました。

つまり、当時の覇権国家となった大英帝国の象徴ともいえる海軍は、ヨーロッパに先駆けて確立された「国債制度」と「イングランド銀行」に支えられていたということです。

そして、これらの経済システムによって他国よりも戦費の調達も楽になったことで、大英帝国は植民地の獲得競争で極めて優位な立場になることができたのです。

 

英国などの帝国主義列強にとって植民地とは「投資先」のことだった

経済学者の竹内宏氏によれば、資本主義がうまく成長するためには、資本の原始的な蓄積が不可欠であり、それには三つの方法があるといいます。

一つ目は、国内の民に重税を課し、低賃金で長時間働かせて資本を「搾り取る」ような方法です。

二つ目は、外国からの投資あるいは借金を主に利用するやり方です。

そして三つ目は、いわゆる植民地政策です。つまり、他国から金や銀などの資源や土地を奪い、奴隷として奪いその地の民を利用する方法です。

当時の欧州列強はこのやり方を利用して、資本蓄積を行いました。

ポルトガル・スペインは金や銀を奪い、アメリカはインディアン(とアメリカに渡ったイギリス人達が勝手に呼んでいた人々)の土地を奪って奴隷として働かせました。

そして大英帝国も奴隷を植民地で働かせて綿花や砂糖などを大規模生産し、膨大な利益をあげて、それを元手に自国の産業化を推し進めたわけです。

無論、一つ目の「国内での長時間労働」なども産業化を推し進めた要因としてはありますが、主にこの植民地への「投資」が資本力を蓄積させた最も大きな要因でした。 

さらに大英帝国は、ポルトガルやスペインなどが獲得していた植民地を、創設した強力な海軍を用いて次々と奪っていったわけです。

そして植民地から吸い上げた資源や農作物を使って広い範囲で交易をすることで、世界中からお金を集めることに成功したのです。

もし英国にとって何か不都合な事態が発生すると、艦隊を派遣して武力で言うことをきかせました。前回の記事で取り上げた「アヘン戦争」における大英帝国のやり方はまさにこれです。

英国植民地支配のポイントは「裏切り者」を出して利用することである

大英帝国に限らず、帝国主義を標榜していた列強はいかにして植民地を支配したのでしょうか?

ポイントとしては「現地で裏切り者を出し」て「対立構造をつくること」です。

特に植民地において民族の対立があった場合は、徹底的にそれを利用しました。

イスラム教徒とヒンドゥー教徒の対立を煽ってムガール帝国を弱体化させたり、前回の   

記事で取り上げたように、清国の政府中枢に賄賂をばら撒いて主要人物を排除するように仕向けたりといったやり方を好んで使ったわけです。

特にビルマでの植民地支配は過酷を極めたといわれます。ビルマ人を最下層民族として扱い、その監視に他の少数民族を据えたのです。

こんなことをすると、当然民族同士の間に深い憎悪が生まれるわけで、それが現代でも紛争の火種となっているわけです。

近年、アジアやアフリカの地域で起きた内戦や紛争の多くは、欧州列強の植民地政策の結果生まれてきたものなのです。

つまりは、諸悪の根源は欧州の帝国主義列強であるといえます。

ちなみに「植民地(コロニー)」とはこのような搾取の対象だったわけですが、その国の「領域(テリトリー)」とは違います。

よく戦前の我が国の「韓国併合」を「植民地支配」だったと認識している人がいますが、明確な間違いです。

当時の朝鮮半島は、大日本帝国の「領域(テリトリー)」だったわけであり、「植民地(コロニー)」だったわけではありません。

殊更に政治的な記述をする意図はありませんが、事実は事実として正しく認識しておくべきです。
 

「アメリカ」が発展した理由を英国からの「お金」の流れでみる


時世界最強の軍事大国であり、経済大国だった大英帝国に対して、アメリカは新興国であり、何とか大英帝国に独立戦争で勝利することができた状態でした。

実は、これまで述べてきたような有り余る資本をもっていた大英帝国の投資の「受け皿」となることで、アメリカは発展することができたとみることもできます。

たとえば、英国のベアリングス銀行などがアメリカによる領土の「買収」に協力していたりします。

この元手は「国債」だったわけですが、要は英国の投資家達がこの国債を購入することによって、遠まわしにアメリカの援助をしていたともいえるわけです。

つまり、国としての政策や態度とはまた違った形で、民間の資本が大英帝国から世界へと投資先を探して広まり始めていたということです。

世界各地の植民地が投資先であったことと同じで、投資家達にとっては新興国のアメリカも優良な投資先だったわけです。

その礎となったのが、既に述べてきたような大英帝国で発展した金融市場だったのです。

世界金融の中心となっていたロンドンからの資金を使って、アメリカは現在に至るまでの国としての基礎を作ったといっても過言ではないのです。

「お金」という観点から覇権国家をみてみよう

ある国が覇権国家と呼ばれる条件があります。それは軍事力と経済力がともに世界でトップであることです。 軍隊も食糧や武器などがないと運用できませんから、軍事力を支えるためには経済力が必要不可欠なわけです。 帝国主義が隆盛を極めた時代の覇権国家は「大英帝国(イギリス)」でした。 この国がどうして覇権国家になることができたのかを知る上で「お金」の流れを把握することが不可欠です。 そして、英国を初めとした帝国主義列強がなぜ「植民地」獲得に熱を上げたのかも、「お金」や「経済」に注目することで理解できるようになります。 「お金」の流れを知ることは、歴史を知る上で必要不可欠な要素なのです。 ※参考文献一覧 竹内宏(2013)『経済学の忘れもの―地政学で世界を解く』日本経済新聞出版社. 上念司(2105)『経済で読み解く大東亜戦争』ベストセラーズ. 大村大次郎(2015)『お金の流れでわかる世界の歴史』KADOKAWA.

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