老後の為に貯金をするのではない「人生を楽しむためのお金の貯め方」

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老後の為に貯金をするのではなく使うべき時に使うために保管してあるだけ

経済の自覚の前に自分の自覚のことを考えてみる。

自分という意識は、若いときからの延長線上にあるもの。だから、年を取っていく自分を鏡で毎日見るだけでは年を取ったなといった実感はなかなか湧かない。

そもそも実感できにくいと思います。
日常のこまごまとした作業におわれていればなおさらです。

もっとも結婚して子どもが出来て育ててという一連の流れの中にあっては、実感は全て子どもの成長に重きが置かれてしまうわけですから。

老後って?

ある日鏡の中に目尻口元の皺が目立つのを感じる。走り出したら思うほど早くない。あるいは、上げたつもりの足が思うほど上がってなくて引っ掛かる等々あげてみると結構出てきますね。

少しずつ不自由さが忍びよりそれを日常で実感してくるはずです。

こう言う暗いイメージはそれまでの生活環境や経済的な基盤にかなり左右されているようです。

それらが安定していたら多少緩和されて穏やかに受け入れられその速度までが違ってくるものです。
幸せに感じて笑顔が作れることで筋肉の刺激は若い時と同じぐらい活発に動きます。

テレビでみる人々がいい年を取られている姿は、常に笑顔、あるいは前向きな考えのもとで、暗いイメージをなるべく持たないようにしていることでしょう。

そして知れを可能になせるのはあくまでも充実した生活環境、つまり安定という部分なのです。

生きがいが若さを保ち老後を考えさせています。

生涯の仕事があればこの上なく幸せになれるもの。
言い換えれば生きがいです。

とある所に、年齢が93歳の女性がいます。
子守奉公に出てから80年間の長きにわたり働き続け、今なお、以前と同じとは言えないがまわりが驚く程の仕事をしている女性。

身体の不調を訴えながらでも自分がやらなくてはという使命感、来てくれる人に喜んでもらいから頑張るといっています。

死んだように寝るときもあるので身内はとうとう?と心配するくらいですが、まだまだやるべきことがあるから休んではいられないと言う始末です。

そういう自分にいることが宿命のように活躍し続ける彼女は生き生きとしています。
彼女にとっては老後等と言う台詞はそもそも無いのかも知れません。

むしろ仕事があるのからこそ、それが生き甲斐そのものになる。

そして若く居続けられるのです。どの人も同じ意見をもつ「動けなくなってしまう時期」それを老後と言うのであっても、
そうなったらそうなったということでやりきるタイプなのかもしれません。

つまり万が一倒れて動かなくなった瞬間までは老後ではなく、逆に入院介護生活のように全く身動きが取れない時期を指すのかもしれません。

彼女にとってはだから老後は長いものではなく本当に一瞬の出来事であったことになるでしょう。

老後はそこにはなく生きることそのもので、生き続けるだけのことだと思う。

貯蓄はしてないのか?

一人暮らしで貯蓄は十分とは言えないがすぐ生活に困ることもない家庭は多々あります。

貯蓄そのものは仕事に付随したものであり職種の選択肢や環境、成り立ち等々、様々な関係性で増えて言ったり減ったりもします。

それは元論自分の意思、つまり自分が望まなくても貯蓄環境に恵まれる人もいれば、ずっと身を粉にして働き続けても、ギリギリのものしか手に入れられない人もいます。

老人で活躍する彼女は当然貯蓄もあるでしょう。

死んであの世には持っていけないと思っていても、浪費をするわけでもなくあるいは一財産で豪邸を建てたりあるいは死後自分専用の寺院を作ると言う目的があるわけでもありません。

動けなくなった時に家族には迷惑をかけないで居たいという保険、つまり来るべき時の自分に仕えるように自分自身に預けているということです。
貯金とはまさにそこにこそ使い方の真理があるように思えます。

貯金はしなくてもいい?

お金を貯めると言うことはそれ自体に意味があるわけでもありません。

映画やテレビのお金持ちの演出シーンでニヤニヤしながら貯めている場面を見かけますが、
何かの為に貯めているという事に意味があるのです。

そして、その何かの為にが仮に達成されなかったとしても、別のことにその貯蓄をまわすということでも、
その人の成長があるといえます。

お金だけに固執し貯める場合、どんな仕事であっても、まず通帳のことが気になり、つねににらめっこをしながら毎日お金のことを考えてしまします。

そこには成長の言葉の微塵もありません。

むしろ、自分が生きていく上で必要な物は何か、何を目的に生きていくかを考え、手にするために一生懸命になった自分を評価する。

自分自身でも評価し、または他人にも評価してもらう。その結果に対する対価、それが貯金という形で結ばれているのではないでしょうか?

貯めることの前に走した自分磨きの延長線上で蓄えが必要になってくると考えることが先決です。

歯車にはならないで。

頑張っても思うだけではどうしようもないことも多々あります。例えば、家庭環境において、全く価値観が異なっている場合、
つべこべ言わす貯金しなさいとだけ言う親が居るかもしれません。

あるいは、貯金なんてしているほど余裕が無いから、節約することだけ考えなさいという言う家もあるかもしれません。

親や学校での小さい頃からの経済教育の必要性も多々あると思います。

老後のことを考えた貯蓄とはそうした経済教育を受けてきた家庭だからいえることで、今の経済状況、不景気低迷社会では刺さらない話しかもしれません。

でもむしろ、お金に厳しい世の中になってくれているからこそ、貯蓄の大事さ、単にお金をためたり節約したりするのではなく、
あの老婆のように、価値ある生き方の結晶として貯蓄はあるべきだと思うのです。

もし、そうした活きた姿勢を欠いたまま働き続け貯蓄をしてしまったら、それはただ、作業をこなすだけの歯車の人生で終わってしまいます。

そこで貯められる老後の貯金は老後の保険にしかならず自分を生かすだけの寂しい使い方で終わってしまうといえます。

どうせならでっかく行きましょう!

外車にのって新東名を颯爽とはしりSAに入ってくる。降り立つ姿は老夫婦。という場面を非常によくみます。 いい老後を送っているなぁと感心します。 本音でうらやましいと思う人は多々いるはずです。おそらく誰もがそういう生活にあこがれると思います。 だからこそ、そうした老後の安心をつかむ為に貯蓄ということを考えるのでしょう。 それは将来設定の計画として実行していくことしかないのです。 ただ、何度も問いかけたいのですが、それも人生のうちの一つです。小学校中学校は義務教育です。考え方を学ばせるための学校です。 次の選択は個人の問題です。家庭の問題です。皆が行くから高校、親の建前、世間体で行くのではありません。そうした外部の為に生をもらったのでしたら ロボットを作った方がいいのです。 自分にあった活き方の延長で老後を捉えその対価として貯蓄をすることが出来たならばSA以上の大舞台で満員御礼の花道を歩ける自分でいたいとは思いませんか?

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