お金を貯めている人の貯金額の平均は?

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少数意見ですから気にしないでみてください。貯金に平均なんてありませんから。

世の中には指針というものや標準と言うものが大好きです。

牛丼チェーン店に行くと昔は普通と大盛りしかなかったのに、
今はレディース用や、子供用、特大、特盛りと何でもかんでも状況を複雑にしたことをしてきます。

良い言い方をすればバリエーションが豊富という形になるでしょう。否定的な言い方ならば難しいとなるでしょう。
何を持って普通なのか大盛りなのか、そこにも指針という考え方があらわれます。

それを定めないと物事が不便になるからです。

当然お金を貯金するという場合を考えれば指針を示したくなるのでしょう。
でもまってください。それは何に対する平均なのか?

牛丼「普通・特盛り」の食べる人食べてもらいたい人を調べるべくもった指針から来る平均のように、
何か必要なことがあってのものなのでしょうか?

貯金の平均と時代の変化

かつては家柄や出身場所が問題でした。
世の中に出て行くことはそれなりに覚悟が必要だった江戸時代までの生活基準。

士農工商は絶対的な条件でその家に生まれたものはその家の家督を継がなければならず、
別の仕事に就くというのは勘当もしくは並々ならぬ努力が必要で一部とすら言えない時代でした。

そこから次は学歴社会がやってきました。

戦争時代も仕官になる人は家柄の延長で学校に行ける状況を作りやすかったが、それでも苦学生で学校に行くことは出来ましたし、
将来をその自分の頭で勝ち取った時代でした。

人よりもいい生活あるいは活躍できる生活のためにはいい学校に行くことあるいは早くからその道に進んで技術を得ることに終始していた時代です。
今は違います。学歴はサブ的なことになりつつあるのです。

理由はインターネットを介した情報の検索と難しいことでもパソコンがやってくれるので、手法がわかる人を雇えれば後は計算でも図式でも何でも作れてしまうのです。

学歴はそうしたことをアナログでやらなければ勝ち得ないものでやりとおした人が重宝がられたものです。

それを一発で行ってしまうパソコンは全くのデジタルで、学校に行かずとも出来たりします。

こうした生活は価値観すら変えてしまうのです。

素敵な魅力

生活環境が価値観から作られるのは否定できません。

これが好きこれが欲しい、あるいはこうした考えの元で生活を繰り広げたい。それは個人が持つ考え方で、何に価値を置くかということです。
多機能と言う言葉があります。

携帯電話のように電話もかけられ、インターネットやメールも出来、しかも写真や動画まで出来る。一つのものでいくつ物役割を果たすことが出来ることをいいます。

まさにいまはそうした多機能な人間が求められ、またそうした人間に近づきたいと言う価値観が広まってきているのです。

その価値観で繰り広げられる生活環境。果たしてどれほど貯金と言う考え方が必要になるのでしょう?
素敵な魅力さえあれば多機能型人間であればどこに行っても重宝がられ困ることすらないきがしませんか?

イタリアなどは、住んでくれれば家はただでどうぞと政府がプレゼントするそうです。それは永住権をもった日本人でも例外ではありません。
もちろん向こうにいって生活をして国を潤わせなければなりません。

しかし、魅力ある人であればお金を稼ぐことも自然にできてしまうのではないでしょうか?日本人ゆえに出来ることで事業を展開しあるいは貿易的な架け橋を行うことも可能でしょう。

イタリアのよさを存分に日本へネットを通して行うことで旅行代理店にすらなれる時代です。

貯金の意味

貯金は必ず必要だから貯めることいいます。
それは災害や病気、怪我といった危機的状況でも十分対応していけるようにと貯めるものです。

あるいは何かを新しく始める為にその資金としてタメルのものです。

一部趣味ということを除けばその2通りしかないはずです。

仮に平均と言う言葉をもし使うのでしたら、危機的状況の為に幾ら持って居ればいいのかの平均を知りたいという事につきるでしょう。
それでも、何を根拠に平均と言うのかは一概にはいえないどころかその人の堪えられる生活基準になってしまいます。

大物芸能人が、橋の下に細々とテントを張って生活する人と肩をならべて生きられるかどうかです。これは彼らを非難しているのではありません。実際の現実問題、
彼らの水準にはなれないから大物芸能人は今の生活を送っているのだと言う客観的な比較をしているに過ぎません。

上を見たら切りが無い下をみたら直ぐ地につく分けですから自分がどうしたいのかによって平均も変わってくるはずです。

危機の場合どの人も危機になるような災害ならば10万で1000万でも価値はありません。
自分だけが健康上で危機的になるのでしたら、それこそ、生活水準の半分までは我慢できるとか三分の一なくなっただけでもままならないのならばそれを崩さないような処置を取るしかないのです。

資金は保険金

事業を始めたいあるいは今の生活をもっと良くする為に勉強したいと言うことである場合、どうしてもお金がかかります。

しかし、平均をもとめられるならば、自分が出せる分を出せばいいという事にしかならないとおもいます。

かかるお金は資金であり、資金とはお金をかけた分確実にそのやりたいことがうまくいくようにと考える保険のようなものです。

多くかけたから多くのものが返ってくる。これは間違っているようで全く理にかなった保険のかけ方です。

多くかけたのに小さく戻ってきたと言うのはそもそも小さくかけるだけの価値しかないものに、大きく掛けただけと言うことの裏返しなのです。
本来であれば、事業や学業と言うのは小さな力で大きなものに成果を変えるというのが鉄則です。

車の駆動と同じです。大きなものをより大きなもので動かしているのは価値がありません。
象を育てるのに恐竜を飼うようなものです。

多機能を求める世の中にはあまりにも不必要なことをしていますね。

出来る限り保険金は少なくかけて多くのものを得られるようにする必要があるのですから、平均をもとめるならば限りなくゼロに近くというしかないでしょう。

サラリーマンでお金を貯めたい!

新卒で入った社員が一年目にしてお金を貯金したいといってきた。

果たして幾ら貯めたら生活に苦しまないで出来るだろう。あるいは幾ら貯められるだろうと悩んでいるとします。

でもちょっと待ってください。こんな世の中だからこそ、自分を守ることの大事さからかお金を貯めることに集中してしまうのでしょう。

不景気が引き起こす社会不安のあおりを受けすぎています。

いま新卒でやら無ければならないのは、どれほど会社にとって必要な人間になれるかという大きな課題があることをわすれてませんか?

貴方一人ぐらいの話ではなく、そうした人々が一人でもいることで、会社が経費をかけて人材を確保した甲斐があるのです。

日本の将来の為にその会社は存続しています。自分達の生活のためだけにあるような考えの会社ならば自然淘汰されて既になくなっています。

日本にとって必要な会社ゆえに、その会社に来る人はその未来をになう人材だと判断し採用したわけです。

いってみれば将来を期待され卵です。その卵がさらに卵が割れないようにカバーをつけるような貯金を考えていては駄目なのです。
既に安定した企業という殻がついていますから割れる心配はないと感じなければなりません。

ではどんなことをするのか?期待された人なのですから、会社にとって無くてはならない人になるような結果を出すだけです。

語学を磨いてもっと海外に出て行けるような人材になって会社の支えになる考え方や今抱えている問題点を解決できるようなもっとすばらしい考え方を見につけるべく

セミナーや勉強会に行くなどたくさんやれることがあるのです。

お金ではない!円は縁でしかない。

お金は預ければ多少は増えます。仲間が仲間を呼んでくるかのごとく増殖するものです。 それはそれで意味のあることで決して無駄なことではありません。 それでも限界があります。そして、使わないで居る以上に大事なことがあります。 今もらったお金の一部を使い本当に必要な出会いを作ることです。 自分の価値観では計れない、そんな人と出会うべく、毎月毎月出会いを求めていくのです。 投資金とはまさに縁を作るために必要なものなのです。

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