食費を節約する考え方を身につける方法

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食べたいものは食べられるものだけにしよう

食の文化は職と色といえるほど世の中には食べることに余念がありません。

レストランやお弁当あるいはお菓子に飲料。その仕事でさえ星の数ほどあります。
作る職人から携わるスタッフにいたるまでかなりいます。

目に飛び込んでくる雑誌やサイトはその作品とも言える食品の画像で色を添えています。

食べ続けても死にはしませんが、度を越えた追求はかなり危険なことにもなりかせんません。

映画にも取り出さされる食糧難

SF映画の中で常套文句のように出てくる世界の食糧難。

世界人口増加につき、食べられる物資がなくなるということです。

7000万以上の人口が毎年増えていて、2050年以降は食料需要率が今の数倍にもなるそうです。

水は何とかかき集めればコスト面の問題だけでまかなえそうですが、温暖化が進み蓄えることが出来ない地域は死活問題になるやもしれません。

一番深刻なものは食料を培うエネルギーの枯渇です。

食料需要率が数倍と言う場合、エネルギーはその何十倍も必要になるわけです。
理由は同じものを食べ続けられないという個人の味覚と文化の違いからです。

同じものならば同じように作るのですからエネルギーもそれを見越しておけば対応策は生まれるでしょう。

しかし、ある地域では生はだめ、ある地域では保存しなければ駄目といった場合には食料を食品にする技術とエネルギーが異なってきてしまうわけです。

だからこそ、映画が言うように食糧難に陥る危険性があるわけです。

大事に考えることではないですが肝には命じよう。

中国やインドのように多くの人がいっせいに欲をむき出しにしたらどうでしょう?

インドは他宗教が入り混じる国で独特の思想を持っています。それゆえに食べることに関しては諸外国と比べると落ち着いています。

三食カレーですから食材もそれで済みます。

一方中国はといえば共産主義で牛耳られていますから好き勝手はゆるされません。皆同じように択一されたことの無いように管理されています。

しかし近年、大幅な見直しから一般人が殆ど民主主義と変わらない動きが出てきました。

あれだけの数がいっせいに欲をむき出しにしたら輸入に頼る我々の所に食材は入ってこなくなります。
現にマグロは制限がかかってしまいました。

大事に考えることは無いまでも、そうした身近なところに迫り来る事実から目を背けてはいけません。

店が無くなる??

近い将来のことを考えると自分の食い扶持位は何とかと考えたくなる話しですが、食べることだけに重きを置かなければ十分何とかなるものです。

これを追求するとどうなるか、結論から言えば、食品関係者が不要になるか、店がなくなります。

そして最終的には食べることだけに特化した世の中に成るとさえ言われています。

理由は、食べることは最低限ともし政府がとなえたら、食べることで生計を立てるような専門店は「悪」というレッテルが貼られることになります。

最低限にもかかわらず贅沢なことをしていると成るからです。

しかし実際には今の嗜好品のタバコのように無くなることもなければ返って高くなったりします。つまり切磋琢磨されて、唯一残る店が繁盛するのです。

高額店が増えるとまたそういう店を出したいという人も出てきます。しかしあくまでも「悪」のレッテルがつきまとい続けます。

気が付くと世の中の人口は増える。しかも供給すべき店は政府の配給的なところか高い店となります。人口の増加は食べることでやっとという事になっていくわけです。

せめて節約くらいは。

夢のような話ですが実際のことを考えると嗜好品以上に深刻化することでしょう。ではどうやってその現実を先延ばしにするのか?

回避は出来ないですが違った価値観を作りその社会の到来をまつしかないようです。

節約です。

食べ物でも何でもそうですが私達に必要なのは、体の中に入れるエネルギーと社会で消化されるエネルギーです。

これに限りがあるというのですから節約しかないのです。

数個しかない飴玉、気が付けば山で遭難していた。そんな時どうするでしょう?
我慢に我慢を重ねて食べることを節約しないでしょうか?

遭難から逃れればたらふく食べられるからその時までの間の我慢と言うことで節約する。
しかし現代社会においては食糧難から解放される期待はない中での我慢であり節約です。

酸素ボンベを持ったまま深海に沈む潜水艦のようなものです。

どうせ死ぬのならと考えて無謀にならずに蓄え方や食べる量を考えたり品目を考えるべきだと思います。

また先の見えない恐怖から、その節約によって得られる蓄え、まわすことの出来るお金を生むことも出来ます。
これこそ次のステップに役立つのです。

節約から生まれた発想とは?

一ヶ月に使う食費は約25000円
多い人で約38000円だそうです。

外食やちょっと高い食料品を使った一人暮らしの人がです。

年間では相当な金額にいくことがわかりますね。

しかもこれが家族となると4人家族で約10万円は超えるのです。

贅沢と言われそうな金額ですがこうした状況がやがて来る食糧難を加速させているのです。
食費をいくらぐらいと言うことは決められません。

その人が使いたい分を使うのですから自由です。
あくまでも個人の自主性に訴えるより他ないのですから。

これがもし一ヶ月6000円程度で済む食費計算の節約ならばどうでしょうか?

24000円の家族の食費。76000円の節約です。

この金額がもし国民1億4千万人に通用したとしたならば2兆6600億円にもなります。

この分を新しいエネルギー開発に使う投資にしてそれこそ回避させることでもいい。
あるいはもっと勝ちのある生き方への指針として貯蓄してもいいでしょう。

稼ぐこと以上にロスをなくす考えで蓄えるべく事を実現した方が早いのですから。

考え方次第で節約の効果がえられる

節約ばかりでは息がつまり、ストレスになってしまうといえますが、もし食べること以外に生きがいを見つけることが出来て、 そういう仲間ばかりに恵まれたらどうでしょう? きっとみなで同じお茶を飲んでもそのお茶が、 本当に高価な味わい深いお茶の味になっているかもしれません。安いとか無駄を省いてということが日常で当たり前になった時に感じることなのでしょう。

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