誰の為に年金制度はあるのか?「そもそもの始まりは褒美と言う扱いだった」

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年金制度は誰のために存在するのかを真剣に考える

年金と言う言葉に良いイメージを浮かべる日本国民は恐らく今では極少数でしょう。

年金制度崩壊の疑い、もらえなくなる年金、そんな言葉と色々な噂と共に日本人の多くの人に浸透し始めた年金に対する不安。

実際のところ生命保険文化センターが行った意識調査によると、老後生活に「不安感あり」と回答した人の割合は86.0%と実に9割近くの人が老後生活に対して不安を抱えている結果が出ています。

更にこの「不安感あり」に分類された回答のうち「非常に不安を感じる」という不安の程度が高い人が25.0%もいると言う結果と、老後の不安についての解答で「公的年金だけでは不十分」と答える人が81.4%と8割を超える人が回答したのです。

働けなくなった後に納めて金額によって国がその後の生活を保障するという年金制度があるのに何故こんなに多くの人に不安感を与えているのでしょうか?

今回のタイトルはアーネスト・ヘミングウェイのとある長編小説を意識してつけています。

と言うのもこの小説、敵の動きを連絡の不備から察知できず決定された無駄な作戦を、無駄と知りながらも主人公が実行して命を落とすと

いう結末が今の年金の結末を連想させているように感じたからです。

激しく移り変わる歴史の流れに対応することなく、このままではいけないと知りながらも年金に希望を抱き続けて老後に辛い思いをする。

世論からして今の日本はそうした時代を迎えそうに思えます。

しかし日本の年金制度は本当にそんな信頼できない制度なのでしょうか?

しかし実際のところ100年以上日本がこれまで運営してきて大きな問題が起こらなかった年金制度自体がそこまで不安定なものだったとは考え難く、多くの人が漠然とした不安を抱えているのは偏に年金について知らないからと言う一面もあるように思います。

そこでまずは、年金制度がどんな目的で生まれ、どんな歴史を辿って来たのか、その始まりから見直して見たいと思います。

そもそもの始まりは褒美と言う扱い

日本の年金制度のスタートは、さかのぼること1875年に始められたとされている「海軍退隠令」と言うものです。

その内容は軍人を初めとする公務員に「国に対する無定量の服従義務の精神を培養する役割」を与えるために行われた「永年勤続に対する慈恵的特権的待遇」であり、国民のためではなく国のために行われた制度の一つでした。

「海軍退隠令」の翌年には「陸軍恩給令」が出され軍人以外の公務員に対しても次々と「永年勤続に対する慈恵的特権的待遇」を与える、恩恵的な年金制度が徐々に整備され、1923年に「恩給法」と言う形で統一されました。

色々と難しい言葉で説明しましたが簡単に言うと「働けなくなるまで一生懸命国のために働いたら褒美を得られる権利を与える」とすることによって国のために働く人に発破をかけたのです。

これに対して公務員以外の人、違う表現で言うならば国ではなく、民間で働く人たち向けの年金制度の始まりは、1940年と「恩給法」から20年近く間が開いた後に施行された「船員保険法」です。

こちらは「戦時体制下では」船員の医療や労災保険も国が一定の補償を与えるという要素を含む制度であり、国の指導のもと働く人ではな

いためか、「働けなくなるまで一生懸命国のために働いたら褒美を得られる権利を与える」に少しプラスの要素が盛り込まれました。

その2年後「労働者年金保険法」と言う工場で働く男子労働者を対象とした制度も始まります。

これはもちろん、いざという時の国の戦力になる人員への待遇を少しでも上げ、戦争の際の「国のために」と言う思いからの戦意高揚などを狙って行われたもので、「国のために生きる人間」になってもらうことを期待した国のための制度である面が見受けられます。

その後1944年に更にこの適用範囲は広がり男子事務員と女子労働者も「働けなくなるまで一生懸命国のために働いたら褒美を得られる権利」がもらえる「恩給法」の対象に入ってきます。

しかしこの適用範囲の拡大により「永年勤続に対する慈恵的特権的待遇を与える」と言う言葉の「特権的待遇」と言うところが適切でなくなってきたためか、その名称は「厚生年金保険法」に改められました。

日本の年金制度の始まりはこうした経緯で始まった「国のために一生懸命働く人材」を作るために行われた「国のための制度」であり、言ってしまうと戦争で有利な国になるため作られた戦争が存在したがために生まれた制度という事ができるかもしれません。

戦争の終わりと国民のためへの制度の変容

こうして戦前に誕生した年金制度は戦争のための制度とも言えますが、それが国民のためになっていたという面は確かにありました。

そのため戦後、戦争に関する法律や法令が軒並み撤廃されたにも拘らずこの「恩給法」「厚生年金保険法」の制度そのものは実際は残り、日本の政治や経済の移り変わりに合わせた形へと徐々にですが様々にその姿を変えていくことになります。

まず、公務員が対照となった「恩給法」は国からの恩を連想させるとして「各種の恩給制度」は保険料を負担する共済年金に切り替えられます。

国から恩を与えられていると言う形だとどうしても戦時中の日本のあり方を引きずる形を印象付けるとされたからです。

それに伴い1959年には国家公務員共済組合が、1962年には地方公務員等共済組合が誕生し、ほぼ現在の長期給付として基礎年金に上積みされる共済年金を支給する形になりました。

公務員以外を対象とした「厚生年金保険」もその形を変えました。

1954年、名前はそのままながらも「定額部分+報酬比例部分」という給付設計の採用と修正積立方式の採用などを行い、厚生年金保険法は全面改正されたのです。

ここまでが労働者のための年金についての話であり、公務員どころか労働者でもない人達が受けることの出来る年金制度はこれまでのところ登場してきません。

この時代まで社会はまだまだ労働力を求め、人々も労働することが当たり前であり、小さな子供と一部の女性は面倒を見られるだけの立場だったからです。

自営業者の人たちについては自営業であるがゆえに自己完結すること、つまり働けなくなった後の事は後継者を育成することで何とかすることが当たり前に求められていましたし、それ以外の人たちは国に守る余裕がなかったという現状もありました。

一応1959年に、そうした子供や女性の他の労働者でない人である高齢者などを対象とした福祉年金制度が開始されたのですが、これは保険料を徴収しない無拠出制の年金でどちらかと言うと生活保護が近いです。

しかしこの生活保護に近い年金制度が出来た2年後、これまでどの年金制度にも加入できなかった上記に挙げたような国が守ることを放棄していた人たちも加入できる拠出制の「国民年金法」が実施されました。

これにより全ての国民が何らかの形でいずれかの年金制度に加入する体制が整ったことになり、国民の全てが年金と言う制度を教授するが出来る体制が実現したのです。

この段階で日本の年金制度は戦争と切り離れ「国が国民のために作った、働けなくなったときのための救済制度」と言うものになっていきました。

経済と共に更に成長した年金

こうして変化した年金と言う制度はお金に関する制度であるため、その後に起きた高度経済成長の流れに合わせてより充実した制度に成長していきます。

高度経済成長で一番変化があったのはご存知の通り民間企業の成長であり、それに伴い個人の消費が増え、それがまた経済成長を促し、と言う正のスパイラルだったので年金に関しても厚生年金に関してとくに大きな変化が起こりました。

例えばどんな変化があったのかと言うと、分かりやすいところでは厚生年金の給付水準の引上げが行われました。

他にも老後の所得保障と言う意味では同じ目的で運用されていた退職一時金との調整を図るため、厚生年金基金制度が創設されました。

この厚生年金基金は高度経済成長の中で次々に誕生し、数の増加に伴ってお互いに競争原理が発生して厚生年金をどこよりも良い条件にしようとしていき年金制度をどんどん充実させました。

良い事だらけで終わってくれれば良かったのですがその後の昭和40年代に入るとまたかなりのインフレが起きてきており、良いことだけでは終わりませんでした。

多くの人の賃金は確かに物価の上昇に伴い上昇しましたが、過去に支払っている金額を変えることはできずこのままであると年金でもらえる金額は賃金とは違い変わりません。

そうなってくると物価の上昇のみが起き、極端に言うとついには支払われた年金で1週間も食べていけないようになってしまうという恐れが出だしました。

今なら1月生活していけるお金でパンが変えなくなると考えてみて下さい。

そうなるぐらいならいっそのことと今の価値のまま使ってしまいますよね?

こうした行動に国民が出ないように、年金の価値が下がることを恐れ、1973年には「物価スライド制」が導入され、厚生年金には年金額を計算するときのベースになる現役時代の給料の額を現在価値に修正して計算する「再評価」制度が導入されました。

こうして社会の変化にこれまでは何とか年金制度は食らいついてこれましたが、現在の世の中はその時よりも早く社会が変化し最低限必要となるものが変わり、一般的な社会生活と言うもののレベルが変わっているのです。
 

年金制度は崩壊しないがそれだけでは不足する日はやってくる

年金制度は今でも国民のために存在する制度である事に違いはありませんしシステムそのものは生きていますので年金制度崩壊の疑いそれそのものは起きませんし、もらえなくなる年金と言う言葉そのままの事態は起きていません。 では何故多くの人が不安になっているのかと言うと社会の流れや変化に、制度の変更やシステムの構築が追いつかなくなってきたからです。 単純にいって年金の価値が修正されて以前支払ったときと同じ価値の金額が手元に入ってきたとしても税金の金額は上がっていますし物の価値も年々上昇しつつあるので相対的に払ったときのお金の価値だけを合わされても足らなくなるのは自明の理です。 10年1昔と言う言葉がありますが1昔所の話では今はありません。 10年前スマートフォンは当たり前ではなかったですし、電子マネーの存在や、インターネットを使っての情報のやり取りが出来るのが普 通と思った人はいません。 更に短いスパンで見ても3年前マイナンバー制度を想像した人はそんなにいないでしょうし、真空状態にすることで食べ物を保管するとい う家電が出てくると本気で思っていた人もいないでしょう。 社会の変化の速度はだんだん速くなり、問題が起きそうだからと多少早めに気がついても、その対応が終わる頃には別の問題が発生してしまうというのは今の日本で年金以外でも良く問題にされている事です。 この記事の最初で書いた小説の主人公は「敵」の動きを把握できなかった「上層部」が無駄な作戦を主人公にさせたことで死んでしまいますが、無駄な作戦である事を知っていながら死なないための努力を全力でしたのかと言うと疑問があります。 もっと本気で模索したら何か方法はあったのではないでしょうか? 幸いな事に事前にこのままだと危ない、と思う事ができたなら国では手を打つのに時間がかかりますが企業や個人は早く動くことが出来る世の中です。 今すぐに年金だけに頼っていたら危ない世の中になるという事はありませんし、何か年金も新しい制度を導入することで危なくなくなる可能性だってあります。 それでもそうなったときのためどうするのか? それぐらいは自分が今のうちから考えておくことをおすすめいたします。

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