お金の力をコントロールすることが人間の強さである

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お金の強さが人の武器

人間は生き物のスペックとしては非常に弱い生き物です。

鳥の様に飛ぶこともできず、魚のように早く泳ぐことも出来ず、犬や猫よりも早く走ることも出来ません。

しかし人間は地上で最も強い生き物です。

その力は科学、あるいは頭の良さが武器だと言われていますが、同じ人間同士で戦う時に最も有効な武器はそれらではありません。

人間同士で戦う際にもっと有効な武器とはお金の力です。

どれほど科学力が高くとも人間同士であれば共有されることが普通の科学力でほぼその差はないと言えます。

頭の良さとてそれだけで人間同士で相手をなんとかできるほどのものかと言うと単純な力で簡単に覆されたり、権力や人脈、そしてお金と言う力で簡単に強者と弱者が入れ替わるのです。

爪でも牙でも筋力でもない人間同士においてのみ非常に有効な効果のあるお金と言う武器は当然力であると言え、お金の力が強いものは異性にモテます。

力が強いものが生き残り弱いものは死の危険が多いというのが弱肉強食の自然界では当たり前で、強いものの子孫が残るようにするため本能的に力の強いものに異性は引かれるのもまた生き物としては当たり前の事です。

そう考えると人間と言う生き物はお金の力がどれほどあるかで強弱が決められる生き物であると言っても過言ではありません。

そうした人間と言う生き物の一つの基準となる強さ、人間のみが持ち、人間同士だけで通じるお金の力を言うものについて今回は考察いたします。

お金の力は命を守る力

お金の力を人が求める一番の要因は命を守るために必要だからです。

命を懸けてまで働く人がいるようにお金が命の次に大事である事が人間社会ではよくある事です。

生き物が生きるために必要なものは何かと聞かれたならば絶対に必要なものは飲み物、食べ物そして生きる環境です。

水がなくてはあらゆる生き物、植物すらも生きることは出来ませんし、植物や単細胞生物ならばともかく多細胞生物である生き物は食べるものがなくては生きていけません。

それに加えて生きる環境も大事です。

陸で魚が生きられないように、水中で鳥が生きられないように生き物と言うものは自身に適した環境でなければ生きていくことが出来ません。

これはもちろん人と言う生き物に関しても全て当て嵌まり、これら三つがないと生きていけないと言えます。

そしてこれらを現代社会ではどうやって手に入れるかと言うとお金を対価に手に入れるわけです。

飲み物、食べ物をお金で買うのは誰でもわかることですが、最低限生きる環境についてはお金の力は要らないのではないかと思う人もいると思いますがそれは違います。

ホームレスであろうとサバンナやアマゾンに住む先住民であろうとも、とあるお金が必要な環境下にあると言えます。

それは何かと言うと国と言う生きる環境です。

もしその国と言う生きる環境にいなければ、人として認められる生き物ではないのだとすれば、人と言う生き物ではその瞬間なくなるのです。

こうした国と言う生きる環境がただで手に入っていると思われるような人たちだって別の誰かのお金の力でその環境を保てているのです。

そんな生きるのに必須とも言えるお金の力であるために人は犯罪を犯してでもお金を手に入れようとします。

実際に大きな借金を抱えた人など、お金がなくても犯罪を犯したくないから死ぬしかない、と命を絶つ人は日本にだっています。

世界を見れば明日食べるものがなくて犯罪に手を染める人と言うのは昔から今に至ってもいます。

飲食や環境だけでなく人が生きるのに必要なものは沢山あり、生きていたら病気になったり怪我をすることだってあるでしょう。

しかしその時、治療を受けるにも、治療を自分でするのにもどんな形であろうとも現代社会は最低限ある程度お金がなくてはどうしようもありません。

お金の力は命を守るために必要なものでもあるのです。

お金の力は人間であるための力

お金の力は「人」と言う生物である場合、最低限あれば良いといえますが、「人間」と言う生物で見た場合、突然多く必要となってきます。

「人」との「間」に生きているから人間と言われる訳ですが、人との間に生きるという事は社会で生きると言う意味でもあります。

例えば日本の縄文時代の暮らしを現代日本でしようとすれば不可能です。

狩猟採集で生きれるだけのものがただで手に入る場所なんて1000年前からありませんし、勝手にそんな暮らしを人の土地で始めたら犯罪者として逮捕されます。

この社会で生きていると言うために必要なものは時代や場所によって求められるレベルが大きく異なりそれに合わせて必要なお金の力も変わります。

その為「今の社会」で生きるための力が必要であり、その力こそがお金の力なのです。

衣食住が最低限であった時代ははるか過去、学校に通ったことがあるのは当たり前ですし、携帯電話も持っていない人は常識を疑われますし、パソコンを使ったこともない人も同じです。

では学校にはどうやって入りますか?

携帯電話はどうやって手に入れますか?

パソコンを使うために必要なものはなんですか?

それらは全てお金の力が必要です。

生き物としては確かに同じ人です。

しかし容姿端麗で身体能力も高いけど社会から完全に孤立して生きる「人」と、容姿も身体能力も普通よりも少しだけ下だけれどもちゃんと社会に参加して生きている「人間」であれば殆どの「人間」はパートナーに「人間」である方の人を選ぶでしょう。

人が人間であるためにもお金の力は必要であり異性にモテる最低限の要因でもあるといえるでしょう。

お金とは法の下の平等を享受するための力

お金の力は人が平等であることを守るための力です。

ある人はかっこいい人だから医療費がタダ。

ある人は凄く身体能力が高いから飲食代がタダ。

そんな世の中が平等だと思う人は誰一人としていないでしょう。

人間は自分達を「法律」と言うものの下に置く事によって平等であるとしています。

お金の力はこの「法の下の平等」を享受するために最低限必要なのです。

分かりにくいと思いますので簡単に説明させていただくと、誰でも際限なくやりたいことをできると言うのは逆に平等とはいえません。

そこで法律と言う社会が決めたルールに則り、評価されればされるほど、やりたいことをして良い権利が与えられると言うのが平等の一番根底のルールです。

評価され、やりたいことができる権利が形になったものこそがお金であり、やりたいことをどれだけできるかと言う力こそがお金の力と言えるのです。

お金は「なにをやったか」によってもらうので容姿がどうであろうと、身体能力がどうであろうと、生まれがどうであろうとも基本的にもらえるお金は一律平等。

やれることを平等にするのがお金の力です。

例えば19世紀後半のロシア文学を代表する文豪にして思想家であるドストエフスキーと言う偉人はこう言いました。

金こそは――取るに足らぬ人物を第一級の地位に導いてくれる唯一の道である。

この言葉の意味は「生まれ持った段階で他に何も持っていなくてもお金があればそれだけで評価されるようになる」という事です。

確かに生まれ持った環境や能力によって、お金を稼ぎやすいとか稼ぎにくいと言う差はあるかもしれませんが生まれ持ったものだけで人生が決まるという事がないのです。

この平等と言うものは、ルールを守らない者、犯罪行為を行う者を厳しく処罰することで平等を与えてくれるシステムですので、逆に言うとお金の力を持たないものは何も出来ません。

その為お金と言う力は平等である事を守ってくれる力でもあるのです。

お金の力は異性にモテる力

一般的にお金の力は男性が女性にモテる力になります。

動物の世界において力が強いものに異性が惹かれるように人間と言う生き物もまたお金の力が強いことで異性の気を引くことができるのです。

これまで説明してきたようにお金の力は人間社会で生きていくうえで必須の力。

動物が餌を探したり、外敵から身を守ったりするのと同じように人間もまたお金の力でそうしたことをしているといっても良いでしょう。

生活の安定は命の安全と同意義であり、お金の力があると言うだけで異性を引きつける魅力が有るといっても良いでしょう。

しかし、お金の力は使えば使うほどなくなるものであり、ただもっていると言うだけでなく、お金の力をどれだけ使えるか、お金と言う力を再び取り戻せる又は増やせるかが重要になってきます。

人間は他の動物に比べて満足することを知らない生き物ですので多く、又は大きくなる欲求を抱えています。

例えばお腹一杯食べられることを最初は求めたとしてもそれが満たされるようになると、より美味しいものでお腹一杯になりたいと思うようになります。

あるいはお腹一杯食べられるようになったら、今度は安全な家が欲しいと思うようになったり、綺麗な服が欲しいと思えるようになったりと違う欲求が芽生えてくるものです。

精神的なものや時間などお金の力では手に入れられないものもたくさんありますが、そうしたもの以外でならば確かにお金の力があれば円滑に、確実に手に入れる事ができます。

しかし使えばなくなる力であるため使うことを惜しみ、殆ど欲求を満たしてくれないとなるとモテなくなります。

惜しみなく使ったとしても次々と生まれる欲求に対応していくことが出来なくなるとお金と言う力を使い果たしてしまうことになるのでこれもまたモテなくなる要因になります。

その為お金の力の適度な使い方を心がけていなければいけないのです。

もちろん使ってばかりいるだけでは適度な使い方を心がけていたところでいずれはなくなってしまいます。

その為お金の力は常に増やし続けるぐらいの維持する力も必要となってくるのです。  

お金の力をコントロールすることが人間の強さ

お金の力は異性に対してモテるための力だけではなく、様々な人間同士での間で必要な力です。 希少な物が欲しいとき、殴り合いで解決するような原始的な世界であったならともかく、現代社会においてお金の力が大きい方者の方が欲しい物を手に入れられる可能性は高まります。 自分の子供を持つためにも、一人前に育てる為にも必要とされるのは個人個人の努力よりもお金の力を必要とするのが人間の社会です。 人間が何かをしたいと思ったときの大半にはお金の力が必要であり、社会と言う群れの中で何かをするために必要な力こそがお金の力なのです。 もちろんお金の力をコントロールできなければ自分も周囲も傷つけます。 大金を得ることによって人徳をなくして孤独になった人もいます。 あまりの大金を手にしたがゆえに金銭感覚をなくし、力を使い果たした後、社会で生きていけなくなった人もいます。 人間の社会の中でお金の力はなくては確かに困るものですが、コントロールできないほどのものであるならば持たない方が良いという所もお金は力と同じ性質を持っているといえるでしょう。 お金の力は強大で、持っていればモテますが、人間としての、人間にだけ通じる、人間の力であるその力をコントロールすることが真に人間としての力という事ができるでしょう。

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