イイ男や女はココが違う!お金がない人とある人の見極め方

shutterstock_308973545

お金がない人とある人では使う時の目が違う

物にはそれぞれ魅力というものがあります。

どんなものであってもその人にとっての魅力です。

それは、価値ともいえます。

価値は同じ物に対して多くの人が魅力的だという時におこる基準です。

そうした個々にとっての魅力あるものに対して人は常に探し求め手にいれようとします。

お金のあるなしに関わらず見出そうとする時、見る目があるかどうかになるといいます。

しかもその見る目が一生同じ見え方であることもなく、また人にとっても同じではないものです。

さらに言えばお金持ちの見方とそうでない人の見方に大いに差があるようです。


お金にいつも余裕がない人の見方

物を買うときの見極めについて、常にお金に困っている人はどんな目をしているでしょう?

“とにかく安いもの”

“大量でお得感があるもの”

“我慢して買わずに味わうフリをする”

大体こんなところではないでしょうか?

必要なものすら買えない手に入れられないという人であればそれはし方がないことです。

買う前に入ってくるお金の方に力をいれるべきですから見方も何もないでしょう。

ある程度ぎりぎりではあっても生活ができている人の場合、こうした物に対する執着心は安心材料として捉えてしまうものです。

タダで少ないお金、せめて食べ物や、せめて物は多く持ちたい、囲まれたいと思うことで十分安心してしまうということです。

コレクションというもの集めではなく、数で勝負という見方が身についてしまっているのです。

スーパーでタイムセールになると袋の中に詰め込めるだけ詰め込んで破れたらおしまいあるいは、これ以上はいらなければおしまいという販売方法があります。

そこまで買ってそれを元手に商売でもするのでしたらまだしも、生ものならば食べる前に腐ってしまうものです。

しかし、そういう目を持ってしまっている人にとってはあることで幸せ、囲まれていることで安心という事になるのです。

これは非難しているのではなくそういう見極め方だといいたいのです。

お金にある程度余裕のある人の場合は?

物欲に縛られるのが人間の本性でしょう。

原始時代は食べること、食うか食われるかの他に取れるか取れないがテーマでした。

時代はそうした毎日の不安材料を取り除くべく進化を続け農耕というストックの文化になりました。

物に対する蓄えが考え方の基本となり、より貯めたい、人以上に持っていたいと意識が変わります。

食べ物からそれと交換する物の到来で貯めたい持ちたいという欲が生まれたわけです。

お金に余裕がある人にとっては食べることの不安がないのですから、

“とにかく安いもの”

“大量でお得感があるもの”

“我慢して買わずに味わうフリをする”

を重視する必要はありません。

その代わり

“長く使えるもの”

“使っていて気持ちが良いもの”

“駄目になったらもっと機能のいいものを選ぶ”

こうした観点を持っているものです。

人の本性は物欲に満ちていることを彼らも十分承知しています。

お金に相当困っている人はそういう事に対して非難をしたがるものです。

しかし、もし物欲が駄目というのでしたら、世の中は栄えません。

日本も戦争からのあるいは災害からの復興はありえないのです。

原始時代に戻りなさいといっているようなものですから。

3つの観点を大事にしつつ物を選ぶ楽しさをもっている。

つまりある種の“ゆとり”みたいなものです。

たくさん持ちたいのならば、機能の違うあるいは常に使うもので常備しておきたいものという観点です。

そして、それを使うことでウキウキ、ワクワクしてくるくらい自分にとってうれしくなるもの。

テンションやモチベーションが上がることは次の物欲へのステップになります。

そのものへの欠点や改良点を見出せればもう一つ上のものをとなるのです。

別の見方

ロレックスと百円ショップの時計。

こだわる人はどこをみるでしょう?

そもそも機能的に見れば同じものでも長持ちをする安い時計はあります。

やすくてもいいものがあるにも関わらずあえて高級感のあるものを選ぶ理由もあるのです。

それは“はったり”です。

お金に余裕のある人は安心と確固たるステータスの為に本物というブランドで身を表現します。

それはそれですばらしいことでしょう。

しかし、そうでない人にとってもどの時計も同じであり出来れば用途だけを考えてお金をかけないものです。

実際は、バッタ物と呼ばれるまがい品に偽物等が横行しているものです。

それが意味する物は何かといえば、例え自分で買えずとも、それを持つ価値のある人間であることを証明したいということではないでしょうか?

いい悪いではなく、いま自分が出来る精一杯の努力は本物に近いものを持つことかあるいは中古でも自分に手が届くものを持つことになります。

人生の中の、確固たるステータスを一段挙げたという自負の念に身を置きたいことの現われなのです。

更にこういう観点も!

お金がないなりに物欲を上手に楽しむ人々も多いです。

それはまるでサッカー等のスポーツをしているかのようなものです。

サッカーはハンデがあって、手を使えません。

それゆえに一点をとるのに、広いグランドを動き回り時には肩や頭時には胸を使って器用にボールの行くへを追い方向を返る敵ニックが求められます。

この苦労は相当なものですから1点の重みというのがあるのです。

知っているサポーターはこうした1点に狂喜乱舞して選手よりも喜んだりする、それがサッカーです。

これがもし、湯水のごとくボールが入るようなスポーツならばどうでしょう?

次々にゴールが現れ手を使ってもいい、何だったらラグビーのようにかけずり回るような方法でしたら面白味もなにもない。

つまり、お金がないということで、それを苦労して楽しむという言うことに重きを置く場合もあるのです。

貯金がその一つです。

ないが為に貯める。

目標達成の為にどんな方法を使っても貯める。

節約節制、仕事量を増やし、不要なものを売るなど、その人が出来る最大限の努力をした結果のそれは、簡単に手に入れること以上の価値があります。

実は今の世の中では、無駄を出さないようにしつつ、近い目標を設定して達成していくという時代なのかもしれません。

個性を磨くことで観点も変わってくる

お金がある無に関わらず、見方を返ることで、物欲ももっとスマートにセンスの良いものに変わるかもしれません。

それを替えることによって何が生まれるのかといえば、今よりも一つ“まし”変化という部分に響いていくことです。

実は人は等しく成長するものです。

体が大きくなることも変化で成長ですが、単に拡大しただけです。

気持ちは変わりません。何もしなければ。

例えばいつもいつも赤ちゃんのようなしゃべり方で生きている中高年の人はこの世にはいないはずです。

体の大きさとともにあるいはそれとは別に意識の面において成長していくことでしょう。

この変化は蝶でいえば変態といえます。

それくらい劇的なものです。

卵から幼虫、幼虫からさなぎ、そして成虫ということです。

最初を考えたら全く想像出来ないほどの変化です。

これを人は個性というのです。

一生同じ観点で生きるのも個性です。

しかし、自分が生きていくうえで成長し変態していくのも大いなる個性です。

それに気づいた人は人と同じでは駄目ということを知っています。

人と同じということは同じものを選んでいれば安心するという事にほかなりません。

そこには個性はいらないのです。

同じ店に行った時その中に欲しいものがなければあえて買わないという個性を選べないのです。

何故その個性にこだわるのかといえば、“何か違うことをしないと目が肥えていかない”からなのです。

思うばかりで、行動に移さなければ目は養われません。

今まで行動してこなかったのですからこれからも行動しないのならば変わりようがありません。

動くことで、自分にふさわしいかどうかが見えてくるものですし、次のステップにすらいけます。

しかも、自分にばかり目を向けていたらそこで止まることを見出せたならば、人の為に行動しようとさえ変わってくるものです。

ロレックスは無理でも国産の自慢できる時計をアピールすることで周りの人も同じようにそれが欲しいという連鎖が生まれます。

つまり、一歩先行くリーダーになれることなのです。

品物の良し悪し

お金持ちはいいものを見続けているゆえに品物の良し悪しの判断に長けているといいます。 しかしそれは、別の言い方をすれば、本物志向なだけで、コスパに対する判断には通用しないこともあります。 ゆえに自分が選ぶもの以外は破棄という偏った判断をする人もいるでしょう。 しかし、良いものと呼ばれるものはその作品を作る作者がいてその人の思いがこめられているものであるならば悪しきものなどないものです。

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でお金が無い.jpをフォローしよう!

イイ男や女はココが違う!お金がない人とある人の見極め方
Reader Rating 2 Votes