「バチカンとお金」を巡る真実!神の国の人間たちの生き様

キリスト教とユダヤ教の歴史とは?

全世界で最も信徒の多い宗教は「キリスト教」、その数は 21億人 と言われます。

仮に、世界の人口が70億人ならば、世界の人々の 3人から4人のうち1人 は「キリスト教信者」、ということになります。

キリスト教の聖典(基本的な書物)は「聖書」であり、2種類存在します。

一つは「旧約聖書」、もうひとつは「新約聖書」です。

旧約も新約も「約」の字を使っていますが、これは「約束」「契約」の 約 の意味です。

旧約聖書は、ユダヤ教の聖典で、西暦換算で 紀元前3761年10月7日 が紀元ですから、西暦2015年なんと 5775年となります。

ちなみに、ユダヤ暦では 「西暦2015年9月14日」が、ユダヤ暦5776年1月1日。

旧約聖書は、イエズス・キリストが生まれたとされる、紀元1年より3700年も前からの暦を持つユダヤ人が、紀元前10世紀ごろから、紀元前1世紀ごろに書かれ、編集されたものです。

これに対して、キリスト教はイエズス・キリストが生誕する直前から、その布教と処刑、復活と昇天、そしてその後の弟子の伝道にまつわる話を掲載しています。

現在では、この新約聖書がキリスト教の経典となり、教義の基本となっているのです。

ちなみに、ユダヤ教は明確な「教祖」が無く、ユダヤ人が神から選ばれた民族、というスタンスを取ります。

面白いのは、ユダヤ人の場合「女系」で民族が継承されること。

母親がユダヤ人ならば、その子はユダヤ人となるわけです。

キリスト教の場合は、洗礼という儀式を受けて初めて入信し、名前を付けてもらいます。

欧州やアメリカで同じような名前が多い(例えば 男性なら「ジョン」「ピーター」「ポール」など、女性ならば「メアリー」「キャサリン」「エリザベス」…いずれも英語読み)のですが、これは名前から既にキリスト教信者であることがわかるのです。

キリスト教は、お金をうまく利用した

キリスト教は、紀元1世紀ころからアッシリア、イスラエルといった中東の地から、西へ東へと弟子たちが伝道へ行くようになります。

欧州ではカトリックの総本山「バチカン市国」がイタリア国内にあるのは、イタリアの中心部に教皇領があった名残であり、欧州諸国の王たちはこぞってバチカン詣でを行います。

その後、教皇と司教たちはピラミッドを構成し、お金と女性にまつわるスキャンダルを起こし、その反発からドイツでプロテスタント運動が起こり、イギリスでは国王自らが教祖となるイギリス国教会が独立してしまいます。

現在、キリスト教は世界中に信徒がいますが、宗派は3つから4つに分かれ、実態の分からない教祖がキリスト教の名前だけを使用するものも出ています。

ですが、こういったキリスト教の宗派全てが、実は同じ面を持っていることに注目していくと、面白いことに気がつきます。

それは、「お金におおらか」ということです。

世界で富豪と呼ばれるひとの多くは、キリスト教信者か、キリスト教信者の多い国の人々です。

ユダヤ人には富豪が多い、と言いますが、彼らの多くはアメリカや欧州で富豪となっており、キリスト教文化の下でお金を稼いでいる、といっても過言ではありません。

さて、バチカンを巡る「お金のおおらかさ」をもう少しみてみましょう。

サン・ピエトロ大聖堂は、世界のカトリック教徒(12億人)の総本山で、1626年に完成しました。

この世界最大規模の大聖堂を持つ、現在世界で最も小さな領土を持つ独立国、バチカン市国は、わずか0.44㎢。

東京ディズニーランドの面積が 0.47㎢ 、ディズニーシーが 0.7122㎢ ですから、いかに小さい国かがわかるでしょう。

ところが、19世紀半ばまで、教皇領としてイタリア半島中部全体が独立国家として存在していました。

ナポリ、ヴェネツィア、フィレンツェ、ミラノ、シチリアなど広大な領土を持っていたイタリア内の王国や公国、共和国などは、1803年から1815年までのナポレオン戦争(ナポレオン・ボナパルトが欧州全体で暴れまわった)のおかげで、1811年にはイタリア全土がフランス領土になってしまいました。

これが、イタリア人という「イタリア統一」運動に拍車をかけ、1870年にはバチカン以外の全ての教皇領が、イタリア王国に取り上げられてしまったのです。

教皇はこの事態に大変怒り、イタリア政府と国交を断絶。

現在の平和な関係をもたらすのは、皮肉にも第二次世界大戦の首謀者のひとり「ファシスト党」出身のイタリア王国第40代首相、ベニート・ムッソリーニでした。

1929年、彼はラテラノ条約という「取引」により、バチカンが「市国以外の領地を完全放棄」する補償として、7億5,000万リラ(現在価格で約1,000億円)を支払いました。

この7.5億リラが、どうなったのか?

これが、神の国の代理人、教皇ピオ11世によって腕利の投資家を配置、大変な成功を収めるのです。

2015年、フランシスコ教皇(法王という表記の場合もあります)は、バチカン銀行とよばれるこの巨額の資金の投資先に疑問を感じ、そこにマネーロンダリングや海外の不動産所有などを公開します。

チェーザレ・ボルジアとサルヴァトーレ・ルカーニア

生没年1475 – 1507、わずか32年の生涯を戦いに明け暮れた「チェーザレ・ボルジア」といえば、在イタリアの歴史作家 塩野七生 の小説でも、また映画でもおなじみの英雄です。

彼は、アレッサンドロ6世の「息子」であり、枢機卿のひとりでもありながら、自ら剣を振りかざし馬を駆ける大変勇猛な独裁家として名を馳せます。

チェーザレは、イタリア教皇領が最大規模に拡大したころの人物であり、父親から教皇領の資金を十分に得て、自ら軍隊を組織し、諸国を制覇しようと試みます。

その動きはフランス王国で恐れられ、キリスト教徒として相容れない「悪魔」呼ばわりされ、最後にはスペイン王国軍の一人として参戦し、非業の死を遂げます。

実は、似たような話が現代のイタリアにも存在します。

サルヴァトーレ・ルカーニアは、生没年1897 – 1962。

彼はイタリアからアメリカに渡ったマフィアの大ボスであり「コーサ・ノストラ」と呼ばれるイタリア系マフィア最大の犯罪組織の立役者でした。

シチリア生まれのルカーニア一家は、貧しかったため、サルヴァトーレが9歳の時にアメリカに移住。

彼はアメリカでビッグ5と呼ばれるイタリアマフィアの5大組織を結束させ、第二次大戦後に移民権がないことから、イタリアに強制送還されます。

その後、アメリカとイタリアの間を麻薬ビジネスでのし上がり、63歳で死亡。

この間に、稼いだ資金がイタリアの銀行とバチカン銀行とを往復していたのは、言うまでもありません。

イタリアマフィアは、信心深いキリスト教。

これには理由があり、ムッソリーニが徹底的にマフィアを徹底的に弾圧し、自ら無神論者と称し、キリスト教を蔑視したことから、バチカンとマフィアが手を組んだ歴史が今日まで続いている、と言われます。

チェーザレは、マフィアではなく「傭兵」として各国の王に支えながら、教皇領を拡大し、自ら汚れ役を果たしてイタリア統一の夢半ばで倒れますが、サルヴァトーレの場合は、犯罪組織を指揮しながら、バチカンの資金に大きく手を貸し、結果的にキリスト教カトリックの地盤を、世界に拡大することに成功したのです。

人口800人、100人のスイス兵に守られるバチカンの姿

バチカン市国の主、フランシスコ教皇。

第266代のローマ教皇は1936年生まれ、陽気なアルゼンチン人です。

2014年、彼はイタリア半島の南部、カラブリア州で「マフィアとの決別」を宣言します。

イタリア半島を「ブーツ」の形に例えれば、そのつま先にあたるカラブリアは、約200万人の人口のうちで、25歳以下の半分は就職口がなく、犯罪率がイタリア全土でも飛び抜けて高いことが知られています。

ギリシャ劇場など、遺跡も多いことから人気があるのですが、日本人旅行者は旅行代理店から、イタリア南部への旅行は「勧奨されない」のが常識。

ひったくり、置き引き、車上荒らし、ニセ警官、ATM引き出しの後に付きまとわれて強盗…などは日常茶飯時といった土地柄で、その中にマフィアが大きくのさばっているのは有名です。

フランシスコ教皇は、こうしたマフィアの非道さを「破門」という強烈なアクションで、訴えます。

2015年のバチカン銀行の収入は、前年の97%減。

人間的な魅力に溢れる、教皇フランシスコが、本当に神の国の代理人になれるのかどうか、それはキリスト教社会全体の協力が必要となります。 お金を巡る大きな戦い、それはお金の使い方やお金の出所などにも気を使わなければなりません。 永世中立国スイスから、100人の衛生兵が守るだけの世界最小国家、バチカン。 実は、私たちの日常生活同様、世界最大の宗教組織のトップも、非常に人間臭い問題に追われているのが現実なのです。

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