世間で言われる自己啓発はただの資本の無駄遣い

自己啓発に無駄な投資をしていませんか?

世間一般で「より高い能力」、「より大きい成功」、「より充実した生き方」、「より優れた人格」などの獲得を目指すため自己をより高い段階へ上昇させようとする自己啓発をする事が広く求められています。

確かに人間が生きていく上でそうした志と言うか目標と言うものがあったほうが励みになり、より人生に厚みを持たせることができるというものです。

しかし今の世の中で言われる自己啓発と言うものの多くを学ぶことでそうした効果が得られるのかと考えた時、そうではないという事が多いです。

言ってしまえばそもそも世間で言われるようなことをしていたところで本当に自己啓発にはなっていないからそうしたことが起こるわけです。

とは言え、そうした自己啓発と言われるようなものの中身に問題があると言うのではなく、受け手側の自分自身が意外と自己啓発と言うものを受けたりやったりしてみても、あまり効果が出せないような育ち方を私達日本人はしている事にこそ問題があります。

自己啓発と言われるような「より高い能力」、「より大きい成功」、「より充実した生き方」、「より優れた人格」などの獲得と言うのは勿論出来るに越したことはない訳で、子供のころから学校や家庭で「目標を持ちなさい、目標を立てなさい」と言われて私たちは育って来たはずです。

しかし「自己啓発」出来るようになるにはそうした育て方では本来できるようにならないのです。

もっとも子供のころを嘆いたところで始まりません。

その為、今一度自己啓発と言うものを正しく理解し、本当の意味で自己啓発をする事ができるようになれば、世間で言われる自己啓発と言うものが如何に資本の無駄遣いであったのかが分かるぐらいには変われます。

今回はそうした本当の自己啓発をできるようにするために、自己啓発と言うものについて考察してみました。

自己啓発が必要である人など本来いない

自己啓発の意味は最初の方で繰り返してきたことですが、本来ならば生き物が生きていく上でわざわざそれを意識しなくてはいけないことは基本ありません。

頭も体も基本的に使わなければ使わないほど衰えて行き、現状維持をするためにも最低限のアクションをとることが必ず必要で、向上心がなくなると言うのは現状のままで問題がないからこそ起こる現象なのです。

それってつまり何も問題ないのですから自己啓発が必要ないという事が出来ます。

その反対に向上心が必要な状態であった場合は現状をなんとかする必要に迫られていると言う状態です。

なのでわざわざ自己啓発という事を意識せずとも自然とより上を目指すと言う行動を取っている状態ですからやはり自己啓発と言うものは必要ないと言えるでしょう。

では何故世の中では自己啓発が必要な事だと大きな声で言われているかと言うと、他人に対して自己啓発をさせたい人がいるからです。

基本誰かを自分の思い通りにするという事は相当な労力を必要とする事で、中々出来る事ではありませんし、出来たとしても今度はそれを維持させるのが大変です。

なので相手が勝手に自分の思う通りになってもらうという状態が望ましい状態になります。

そこで用いられるものこそが「変わっていって貰うために投げかける」と言う手法で「こうあるべきだ」「ああするべきだ」と言う物事のある形を決めてそれに向かわせるようにする事が「自己啓発」と名付けられている事がある訳です。

もちろん「自己啓発セミナー」であったり「自己啓発が出来る本」と言った人に自己啓発をさせることでお金になるからという事ばかりではなく、「社会人のあり方」「世界で活躍するビジネスマンとは」と言うような形の自己啓発をさせることで自分の思い通りの人になってもらおうという意図がある事もあります。

そしてそうした自分のためではない自己啓発を私たちは子供のころからけっこうさせられてきた経験があるはずです。

例えばテストの点数、受験と言ったものが正にそれの代表です。

自己啓発と言うものが嫌になる原因

自己啓発が必要だと世間で言われている理由は実は「人に自己啓発をさせたい」という理由が多いという事は分かってもらえたでしょう。

そしてそうした人たちの「人に自己啓発をさせたい」という理由が徐々に人から自己啓発をしたいと思う気持ち、向上心を奪っていくことになるのです。

例えば先程あげたテストの点数、受験と言ったもので考えるならば、本気で自分のためと思いながら向上心から良い点数を取ろう、必ず受かろうと思えている人こそが結果を出している事が多く、親や社会と言った自分以外が決めたようなものに達するために頑張らされることが多いと結果に繋がりにくくなります。

なぜなら自分のためにならないから向上心が働かなくなる訳です。

勿論マイナスを回避するためにも向上心と言うのは働くのですが、あまりにもマイナスを乗り越えられたと言う感覚を感じれなければそれは向上心が意味を成さないと判断してしまう要因にもなります。

人間の学習能力と言うものは高いので、意味がないと思ったことは段々しなくなっていきます。

自己啓発についても同じ事が言え、向上心があっても意味をなさないと段々する事に意味を感じなくなっていくものです。

ある程度プラス方向に進みながら自分の本心から何かがしたい、何かをする必要がある、と思えなければ自己啓発の根幹を成す向上心は働きにくく、維持も大変になるのが極々普通の事。

日本の教育方針では下がらないようにするための自己啓発はやらせても上がるための自己啓発をさせないので社会に出るとどうにも「目標を高く持て」「もっと上を目指せ」と言われるとめんどうくささを先行して感じることが多くなるのです。

なので自己啓発をこれからはやっていけるようになりたいと思った時はまずプラス方向に向かうための、あるいは上がるための自己啓発の成功を感じれるようにならなくてはなりません。

具体的で明確な行動と基準を作る

自分のための自己啓発をしていけるようにする必要性がまずある。

そしてそのためには自分のためのプラス方向への結果が感じられる自己啓発をする必要があるという事までは分かっていただけたかと思います。

こうした所謂「成功体験」と言うものをするためには目標の高い低いという事よりも「実感出来る」事が必要です。

その為、具体的で明確な行動基準を作ることが求められます。

例えば先月よりもお金が稼げるようになるという事に対して自己啓発しようとするならまずは何をしてお金を稼ぐのか、いくらのお金を稼ぐのかを具体的に、明確にする必要がある事が分かると思います。

お金が稼げるようになるというのはとても分かりやすい基準で、数字として増えたか減ったか、あるいは変わらないかが誰でも直ぐに分かるので実は成功体験を比較的感じやすい自己啓発対象だとも言えます。

例えば残業を多くする事で1万円先月よりもお金を稼ごうと言う目標を立てたとしたら、残業をできるような自己啓発として生活習慣の改善や、勤務態度の改善、思考を切り替えるための勉強などが必要になります。

こうして具体的で明確な行動と基準を作るともし達成できなかったとしても、自己啓発としてやることの具体性の足りなさに気づけたり、意味を成さなかったものがどれなのかがはっきりと分かる事が多くなるので向上心自体がなくなりにくくなり、再チャレンジすることがしやすくなれるという訳です。

成功体験をするコツは、冗談でもなんでもなく成功するまでどれほど挑戦できるかであることですので、こうして自己啓発する事に対して具体的で明確な行動と基準を作る事で向上心が力を取り戻し、やがては自ら自己啓発がしたいと思うようになれるという訳です。
 

本当の自己啓発は無駄に資本を必要としない

これまでの事から世間で必要だと言われているような自己啓発にわざわざお金や時間といった自分の大事な資本を投資する必要は実はないのだという事が理解していただけたかと思います。 そもそもそうした自分の意思からでない、他人や社会から進められた自己啓発をしたところで「凄いな」「いいことだ」で止まってしまって自分の中で習慣化できるほど長く残ることはあまりないのです。 自己啓発とは文字通り自分自身のために、自分自身の意思で行う事でこそ意味を待たせることができるのです。 成功するため、より良い生活のため、そうした他人が言う事で始めた自己啓発では資本の無駄遣いになって終わる可能性がありますので、まずは本当に自分がしようとしている事が「自己」啓発なのかをもう一度考えて見て下さい。

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